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高校球児、公爵令嬢になる。  作者: つづれ しういち
第六章 北壁への参戦、本格化です
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2 トリスタン殿の天幕です


「お、俺の腕が」

「足が──」

「なんだこれ、すげえ……!」


 テントの中には、治癒が終わった兵たちの嬉しそうな声があふれた。同じ治癒者の魔導士たちも医官たちも、一様に驚いた顔で俺を見つめている。

 そりゃそうだ。たったいま、血が吹きだして骨が見えていた患者の腕が、なにもなかったみたいに元通りになってるんだからな。


「……ふう。ひとまずはこのぐらいかな?」


 俺は額に浮かんだ汗をぬぐった。一応自分で体調チェックしてみたけど、それほど疲弊していない。

 うんうん、だいぶマナの扱いに慣れてきたかも。

 と、急に周りが騒がしくなった。


「あっ……ああ、ありがとうございます!」

「マグニフィーク少尉どのですね? あの、噂の──」

「この治癒力、本当にすばらしいです!」

「信じられませぬ……!」

「我らの命をお救いくださり、ありがとう存じますっ……!」

「こらっ! 散れ、散れ!」


 つまり、前回と同じ状態だった。

 治癒者の魔導士たちだけじゃなく、元気になった兵士たちもみんなしてどっと俺を取り囲んでしまったんだ。

 またもやクリストフ殿下とベル兄たちの出番になる。


「触るな、貴様ッ! 少尉だとは言え、彼女は公爵家の令嬢なのだぞっ!」


 殿下、特にひでえ。俺の手を握ってた兵士の手を、手刀でぺいっと叩き落してる。容赦ねえわー。


「シルヴェーヌに万が一にも伝染病がうつるようなことがあってはならぬであろう! 控えよ!」

「あの~。殿下……?」


 俺、完全に半眼だ。

 いや皇子。理由、それだけじゃねえよな?

 ぜってえそれだけじゃねえよな?

 ま、いっけど。

 俺だって、むくつけき男どもにやたら体をさわられてえとか思ってねえし。下手したらどさくさに紛れて抱きついてきそうな奴までいるから、守ってもらえるのはありがてえわ。

 そもそもこれは、シルヴェーヌちゃんの大事な嫁入り前の体なんだしな!


 そのあとも、テントには続々と怪我人が運ばれてきた。

 俺はブノワの要請に従ってその人たちを次々に治療していった。

 ひたすら淡々と。

 ま、仕事だしな!


(……あれ?)


 そうこうするうち、俺はふと微妙な雰囲気に気がついた。

 いや、気のせいかもしんねえけど。

 治療が済んで喜んでいるらしい兵士たちの一団の中の数人が、なんとな~く微妙な顔をしてお互いに目配せをしあってるみたいに見えたんだよな。

 男たちは、ちょっとガッカリしたみたいな青白い顔をして、俺に向かって頭を下げると、ぞろぞろと天幕を出ていった。なんとなく重い足取りで。


(なんだろ……?)


 なんか、治療に問題でもあったのかな。

 でも、俺はすぐにまた次々運ばれてくる患者の治療のことで頭がいっぱいになっちゃって、それきりそのことは忘れてしまった。





「本日は初仕事、ご苦労だった。マグニフィーク少尉」


 その日の夜。

 俺はトリスタン殿の天幕に呼ばれた。殿下とベル兄も一緒だ。


「初日はどうだったかな? なにか不都合なことはなかったか」

「癒された直後の将兵が、喜びと感動のあまりにシルヴェーヌに無体な真似をしようとするのは困ります。あの場でも申しましたが、彼女に流行(はや)り病でもうつされては()()ですし」

「って殿下。俺が答える前に、なに答えてんだよ~?」

「事実じゃないか」


 ふんっと殿下がそっぽを向く。子どもかい!

 もうなんか俺、ここんとこ完全にこの人のツッコミ役になってね?

 トリスタン殿は「そうか」と苦笑まじりに俺たちを見た。ああ、やっぱイケオジ。笑うとよりイケオジ。顎ががっしりしてて健康そうな、でも野性味あふれるイケオジ……。

 ぜってえ女にもてるよ、この人。いいなあ。あやかりてえ~。

 俺も女の子にもててえ~!


「いま現在、特にこの隊内で流行している病はないが、確かにな。そこは全軍に通達が必要だろう。俺からも伝えておこう」

「ありがとうございます」


 いや殿下。勝手に礼を言ってんじゃねえわ。

 ベル兄もだぞ。そこで「ぶくくく」って笑ってんじゃねえわ! 顔かくしててもしっかりわかるぞ!

 俺はひとつ溜め息をついて、あらためてトリスタン殿に向き直った。


「あの……。ここんとこ、魔族の攻撃が激しくなってるって聞いてましたけど。なんか理由があるんですか?」

「ああ、そうだな」


 トリスタン殿は柔らかかった表情をすっと真面目なものに戻した。


「今のところ、魔族どもの内情についてはよくわからないままだ。こちらも一応、適宜むこうに間諜(かんちょう)をもぐりこませてはいるんだが。人間は、どうしても魔族に正体を見破られやすくてな」

「う。そーなんスか……」


 間諜(スパイ)はおそらく魔導士で、自分の姿を変えて見せる魔法の使い手なんだろう。でも、魔族は人間とはいろんな感覚が違っているから、ほんのちょっとした匂いとか、声とか、体温とかの違いでも正体を見破られてしまいやすいらしい。

 だから、あんまり魔族側の情報は多くない。

 人間側よりもずっと狂暴で体の大きな種族が多いことはわかってるけど。

 逆に魔族は、巧妙に人間に化けて帝国にスパイを送り込んでいる可能性が高いんだそうだ。


(……ん? そうすると……)


 この間の皇后陛下とトリスタン殿への暗黒魔法の呪い。

 あれを計画した奴は、もしかしてそういう魔族と通じてた……ってことじゃねえのかなあ。呪いだとかいう魔術は黒魔法とも呼ばれていて、《癒し》などの白魔法とは真逆の方向性を持つ。人間でも操る人はいるけど、多くは魔族が得意とする魔法だし。

 俺が恐るおそるそんなことをしゃべったら、トリスタン殿は目をすっと細めた。そこからぐっと声を落とす。


「……そうだな。その可能性は大いにあると俺も考えている」

「やっぱりッスか?」

「というか、姫。そなたは《結界》を張れるのか?」

「は? ……あ、はい。そんな強力じゃねえけど、一応……」


 これはまだ自分の家にいる間に、家庭教師についてくれた魔導士のおっさんからひと通り習ったやつだ。初歩の初歩ではあるけど、俺みたいなのが張っても一応機能はするはずだった。


「では、今お願いしていいか。ここからは密談になるゆえ」

「あ、はい……」


 そうして俺は言われるまま、トリスタン殿の天幕を覆うようにして適当に《結界》を張った。



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