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高校球児、公爵令嬢になる。  作者: つづれ しういち
第五章 事態は急転直下です
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14 聖騎士さまからの要請です


「その儀はどうかご容赦を」


 だれよりも先に答えたのは皇子だった。


(おいおい)


 俺、がっくし肩を落とす。萎えるっつーの。

 もー、この皇子は。そりゃシルヴェーヌちゃんを心配してんのは嘘じゃねえだろうけど、そこまで過保護になんのもどーかと思うぜー? 前ならともかく、今は一応シルヴェーヌちゃんだって騎士なんだし。

 第一、俺の意思は? まるっと無視?

 皇子以外もほぼ似たような感想みたいで、なんとなく生ぬるい視線で皇子を見つめている。


「……ご婚約者であられる殿下がそのようにおっしゃるのはごもっともなれど」

「いやまって。『ご婚約者』じゃありませんよ?? そこんとこは間違えないで、聖騎士さまっ?」

「シルヴェーヌ──」


 いやだまれ。皇子はだまれ!

 そんなへちょっとしたわんこ顔したってダメです!

 話がいっそうややこしくなるわ。


「……左様ですか」


 トリスタン殿は頬を引き上げ、にかっと笑っただけだった。

 うわー、ワイルドだわー。男っぽいわー。かっけえ~。

 じゃなくって!


「では、そういうことにしておきましょうぞ」

「はあああ?」


 そういうことにって何よ? なんでよ??

 ま、いいや。とにかくだ。

 話は要するにこういうことだった。この北壁で、後衛とはいえ強力な《癒し手》にそばにいてもらえることは大変心強い。ただ、大きな呪いを受けたり怪我をしたりして、最も危険な立場にあるのは前線の兵士たちだ。これは当然だな。


 すでに死んでしまった者を救うのは、不可能とまでは言えないけどかなり難しい。術式も難しくなるし、相当なマナも食う。《癒し》を施すなら、傷や呪いを受けてから早いに越したことはないわけだ。

 要するに救命は、とにかくスピードが命ってこと。あっちの世界でも、こっちの世界でもな。


「ゆえに、軽傷の者はこれまでどおり所属の《癒し手》どもに任せ、急を要する状態の兵らを特に、マグニフィーク少尉に任せたい」


 ついでながら、患者を治療する優先順位を決める、いわゆる「トリアージ」は担当の医官が行ってくれるという。そりゃそうだろう。俺みたいなぽっと出の《癒し手》がいきなりそこまでできるもんじゃないからだ。俺自身もそんなことは自信ねえし。

 クリストフ殿下はその話の間じゅう、腕組みをしてずっと難しい顔をしていた。ベル兄も似たような顔だ。


「おっしゃることは当然だと思います。しかし──」

「シルヴェーヌにそこまでさせるとなると……」

「あのっ。ちょい黙っててくれません? ふたりとも」


 俺はとうとう我慢できなくなって(さえぎ)った。


「あの、殿下。それにベル兄も。ここはやっぱり、俺の意思が優先されるべきじゃないッスか? 心配してくれてんのはわかるし、嬉しいとも思うけど──」

「いや、だめだ。そなたには戦場がどういう場所かがわかっておらぬ」

「そうだぞっ。戦場には、どんなきれいごとも通用しない。今まで公爵家で『蝶よ花よ』とばかりに育ってきたお前が急に前線へなんて、無理がありすぎだろ!」

「あ、うん……。それはまあ、そーなんだけども」

 皇子はトリスタン殿に向き直った。

「いくら騎士だとは申しても、彼女はこの若さ。しかも女性なのですよ? いくら騎士になったとはいえ、公爵閣下も公爵夫人も、彼女が前線へ出ることなど想定もしてはおられますまい」


 あ、うん。パパンとママンはきっとそうだよな。

 思わず納得しそうになったけど、トリスタン殿は簡単に「うん」とは言いそうにもなかった。むしろ余計に真摯な固い表情をつくり、膝を進めて言い募る。


「そこは重々理解しております。もとより自分自身、戦況がここまで逼迫(ひっぱく)しているのでなければ斯様(かよう)な要請はおこなっておりませぬ」

「……と、いうことは」

 ベル兄がさらに緊張した声になった。

「左様です」


 言って聖騎士どのはひとわたり俺たちの顔を見まわした。冷静そのもので小動(こゆるぎ)もしていないのは宗主様だけ。この方はもちろん、戦況についても十分な情報を持っているからだろうけど。


(ってことは、まさか──)


 あとのみんなはそれぞれに緊張した面持ちだ。

 もちろん、俺も含めて。


「先日来、魔族の攻撃はより激しさを増しておりまする。最前線で戦う魔導士、騎士、一般兵らの損耗(そんもう)はより激しくなっており、死者と傷病兵の数は増えるばかり。ここで、新たな、しかも強力な《癒し手》たるマグニフィーク少尉のお力が顕現したことは、兵らにとってどれほどの希望になっておりますことか。皆様方には、ご想像もできぬことではありましょうが──」


 いや……うん。それはわかる……と思う。たぶんだけど。

 戦場の兵士たちをこの目で見たことがなくたって、そのぐらいの想像はつくよ、俺だって。

 「ゆえに」と言って、トリスタン殿はほとんどテーブルに額をこすり付けるほどに頭を下げた。いや、本当に打ち付けたもんだから、ゴツンと痛そうな音がした。


「無理は百も承知の上。ここはどうか、素晴らしき《癒し手》たるマグニフィーク少尉のお力を、前線にて発揮していただきたい。ひとりでも多くの将兵をお救いいただきたいのです。この通りにございます。どうか平に。平にお願いを申し上げる」


 部屋の中は、またしてもしんとした静けさが支配した。


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