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高校球児、公爵令嬢になる。  作者: つづれ しういち
第五章 事態は急転直下です
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5 火急の報せがやってきます


「なかなか興味深かったぞ、マグニフィーク少尉。鷹チームも虎チームも、全員()()()()()()だった」


 その日の夜。俺たち第一騎士団の野球チームは、騎士団長閣下の部屋に呼ばれた。あ、エマちゃんはさすがにいないけどな。

 閣下の部屋には、審判をしてくれた副団長閣下もいらっしゃる。


「あ、ありがとうございます。副団長閣下も、審判ありやとあっしたあ!」

「こら。礼ぐらいはちゃんと言わんか!」


 つっこんできたのはもちろんベル兄だ。

 すでにこれがいつもの風景になっちまっている俺たち兄妹を見て、閣下おふたりもチームのメンバーも、わっはははと明るい笑声をあげる。


 はあ、いいよなあ。

 和気藹々(わきあいあい)ってこれだよな。

 こうやって互いのコミュニケーションを円滑にし、友情をはぐくみ、互いを思いやる心を育て、体を鍛えて健康にする。そうすることで、心もいっしょに健康にする。

 互いに競争することも、自分の弱さにうち()つことも、ものすごく必要で大切だけど、スポーツをする中でいちばん大事なところってそれじゃないかと思ってる。

 これぞスポーツの良さ! スポーツの醍醐味ってもんよ。


 ……だけど。

 俺は念願の野球の試合ができたことで、すっかり浮かれきっていたかもしんない。

 いま俺が所属しているのが騎士団であり、それは一応軍隊であって、どこかでだれかと戦うために──つまりは、誰かを傷つけるために組織された集団だってことを、ついつい忘れてしまっていたかもしれない。


 その(しら)せが入ったのは、それからほんの数日後のことだった。

 北壁から第一騎士団へ、とある緊急の要請が入ったんだ。



 


 その日、俺たちは訓練場で、朝からいつものように剣術の訓練をしていた。

 だけど、頬の肉をぎっちりと引き締めた副団長閣下が呼びにきて、訓練は即座に中断。俺たちはすぐに閲兵式のときの広間に召集された。

 

「えっ。あれは……」


 雛壇の上に立つ騎士団長閣下の隣に、見覚えのある人がぬっと立っているのを見て、俺はぽかんと口を開けた。ほかの団員も似たような表情だ。

 長い銀色の髪。銀色の目。白い長衣。

 雪国からきた精霊王かと見紛(みまご)うような荘厳な姿。あれは見間違うはずもない。

 魔塔の宗主、グウェナエルだった。

 騎士団長は、みんなが揃うとすぐに口を開いた。


「みなに火急の(しら)せがある。詳しいことはこちらのグウェナエル殿から直接お話をいただくゆえ、みな、心を静めて聴くように」


 場はしんと静まり返っている。だれも、こそりとも音を立てない。

 俺にはわかった。すでにみんなの中に、「嫌な予感」とでも言うような何かがピリピリと走っているのが。

 例によってまるで水の上を滑るような静けさで、グウェナエルが進み出た。


「栄えある帝国の第一騎士団の皆様。お久しゅうございます。本日はみなさまに心苦しい報告をせねばなりませぬ」


 魔塔の主人(あるじ)の声は、べつに張り上げているわけでもないのに豊かに朗々としていて、この広い空間の隅々にまで届いた。


「北壁の守りが、魔族どもに破られる危機に(ひん)しております」

「……!」


 ざわっと場の空気がゆらいだ。肌を刺していた緊張という名の「ピリピリ」が「ビリビリ」に変わる。


「さらに残念なことに……聖騎士トリスタン殿が、瀕死の重傷を負われました」

「えっ……?」


(なんだって──)


 聖騎士がやられた?

 あの聖騎士殿が?

 あの光り輝く英雄が?

 いったいなぜ。

 どうしてそんなことに……?


 みんなの疑問が泡のように空間を満たしていくのが目に見えるようだった。

 でもそこはさすが、訓練された騎士団だ。だれも何も言わず、ただじっと宗主の次の言葉を待つ。

 俺も唇をかんだまま、拳をぎゅっと握って宗主の声に耳を澄ませた。


「具体的に何が起こったのか。調査はさせておりますが、いまだ解明されておりませぬ」

 内容とは裏腹に、宗主の声はどこまでも静かで落ち着きはらっている。なんか、聞いててジリジリと腹がたってくるぐらいに。

「現在はみなも存じているとおり、北壁には第八騎士団が詰めております。本来ならば次は第九騎士団の番ですが、ともにこちら第一騎士団のみなさまも、急ぎ援護に向かっていただきたい。……とくに」


 その時だった。

 すっとその銀色の視線がこっちに向いて、ぴたりと止まった。


「……え?」


 ばちっと目が合っちゃって、思わず声を出しちまう。そしてこちんと固まる。

 そうなんだ。宗主グウェナエルはまぎれもなく、俺をまっすぐに見つめていた。


「そちらのマグニフィーク少尉殿には、早急(さっきゅう)に現地へお運びいただきたい。そのたぐいまれなる《癒しの手》を存分にふるっていただきとう存じます。とりわけ、重篤な状態のトリスタン殿に」

「…………」

「時はあまり残されておりませぬ。トリスタン殿の受けられた恐るべき呪いと傷は、あちらの《癒し手》の手には負えぬものにございました。今は魔導士たちが交代で《時遅れの儀》を使い、どうにか時を稼いでいる状態。できますことなら今すぐにでも、わたくしと共に空間を跳び越え、現地へおいでくださりませぬか、マグニフィーク少尉殿」


(な……っ)


 あまりのことに絶句する。

 喉がからからで、うまく声が出せない。

 え、いま? 今からかよ。

 今すぐに……?

 知らず、ごくっと喉が鳴る。ひりひりする。


 場は再び、しんと静まり返った。


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