8 そして実技試験です
「心配してくれてありがとなっ。でも大丈夫。これでも師匠たちにビッシバシに鍛えられてきたんだからよ」
「いや、しかし──」
「そんなことより。なあ、名前きいてもいい?」
「えっ」
「だって、そっちはこっちの名前をもう知ってんだろ。それって不公平じゃ~ん。これから同僚になるかもしんねえのによー。俺にも自己紹介してくれよー」
男は完全に面食らって、眉を八の字にしてしまった。早々に「こりゃだめだ」とあきらめた顔だ。
「……アンリだ」
「あっそ。じゃあアンリ。俺と当たったら、手加減ナシでよろしくな。ぜってえ約束だかんな? 手ぇ抜いたら許さねーし。あ、ここにいるみなさんもなー? よろしくたのむぜ~?」
声をわざと大きくして、耳ダンボ状態になってた周囲の男どもにも聞こえるようにする。
周りのやつらの反応は色々だ。目をぱちくりさせたり、面白そうな顔をしたり。
ざっと見た感じ、そんなに性格悪いやつはいなさそうで、ちょっとほっとする。
そりゃそうか、一応みなさん貴族の息子、つまりは紳士なんだからな。それに、なんてったって「帝国を守る栄えある騎士」になろうかっていう野郎どもなんだしな。
とはいえ、相手が女だからって嵩に懸かっていたぶる奴ってのがこの世にはいるからよ。
ま、そんな奴ぁ俺がこの手でギッタンギッタンにするまでだけど。
「いや、無茶言うなよ……」
アンリが微妙に肩を落とした。
「とにかく。試験で怪我やなんかはしないでくれ。女が怪我するところなんて見たくないんだよ、俺は」
「それは俺もだけど。でも、なんでよ」
「寝覚めが悪すぎる。縁起も悪い」
そうそう、うんうん、といわんばかりに周りの男どものうち数名がうなずいている。ちぇ~っ。
「あっそ。でも、そんなの約束できねえよー。訓練中、擦り傷や打撲ぐらいは日常茶飯事だったんだぜ? うちの師範のみなさん、わりとみんな容赦なかったしさ。めっちゃスパルタでよー。何度も死ぬかと思ったわ、マジで」
「……そうなのか?」
アンリ、完全にびっくりしている。
「ま、『大怪我はしねえ』ってぐらいなら約束しねえこともねえけど」
「じゃあそれでいい」
アンリの声はほとんど溜め息と同じだった。
「『大怪我はしない』。たのむぞ、マグニフィーク公爵令嬢」
「長え」
「は?」
「それ長えから。めんどくせーし。シルヴェーヌでいいよ、アンリ」
「えっ? いや、そういうわけには──」
「じゃなっ。そろそろ時間だぜ~?」
ひらひらと手を振って、ぽかんと見送る男どもを後目に、俺はとっととつぎの試験場である前庭へ出ていった。
◆
「うおおおっ!」
「ぬううううっ!」
「はああああッ!」
──さてさて。
怒号の連呼を並べててもしょうがねえんで、結論から言おう。
俺、どちゃくそ強かった。思ってた以上に。フンス!
体術の対戦でも剣術でも、さらに馬術でも、かなりの高得点を挙げたと思う。事前のことがあったから、対戦相手も遠慮せずにかかってきたと思うんだけどな。
俺はわりと短時間で相手の剣を弾き飛ばし、地面に沈めることができた。
まあアレだよ。
うちの師匠連中のスパルタの成果ってやつだよ。
俺はよく知らなかったけど、なにげにこの国の豪傑ぞろいだったみたいだからな、あの人たち。なんか伝説の勇者的な。うへえ。
みんないい年したおっさんやじーさんだけど、めちゃくちゃ強かったかんなあ。
「それまで! 勝者、マグニフィーク公爵令嬢、シルヴェーヌ!」
俺に剣を弾かれたやつも、軽々と「巴投げ」(ってこっちでは言わねえだろうけど)を食らったやつも、一様に呆然とした顔だった。
要するに「なにが起こったのかわかりません」って顔。
……うん、ごめんな。
でも先に「舐めてかかんなよ」って警告はしたかんな? 俺は。
もちろんこっちは軽量級だし、スタミナもねえし、筋力だけの勝負ならぜってえ負けるし。重量級の奴にがっつり体を掴まれたらヤバいってことは分かってた。だから、そこはちょこまか逃げ回った挙げ句のことだけどな。
それで一瞬の隙をついた。
まあなあ。だからって、俺もうぬぼれるつもりはねえよ?
なんだかんだ言っても、やっぱり「女だから」って侮って掛かった奴も多かったんだろうしな。それはそれで、「修業がたりぬ」って師匠連中なら言うだろうけどな。
あ、そうそう。
そして俺は、ちゃんとアンリとの約束も果たした。つまり、大怪我どころか擦り傷ひとつ作らなかった。まあ作ったところで《癒しの手》の持ち主だからな。ちょちょいと魔法で治しちまえば済むことだ。
というわけで。
数日後に公爵家に届いたのは、幸いにも「騎士団合格」の手紙だった。
家族のみんなは驚いたり呆れたり。パパンとママンは心配が先行した感じで、長兄アルフレッドと姉のテレーズは呆れてるって感じだったな。
もちろんエマちゃんたち侍女とメイド一同は大喜びでお祝いを言ってくれ、ささやかなお祝いパーティまでしてくれた。
んで。
夜になって、シルヴェーヌちゃんもさっそくお祝いを言ってくれた。
《よかったですね、健人さん。おめでとうございます!》
《うん、ありがとー。いよいよ騎士団入隊だ~!》
《はいっ。がんばってくださいね。わたくしも、ケントさんのご活躍を拝見するのが楽しみです》
そこからは大忙しだった。入団準備でなんやかやとね。
騎士になるとなったら、一応は叙任式っていうものもあるし。
その日、俺は支給された第一騎士団の制服に身を包み、最低限の私物だけを持って、晴れて皇宮に向かった。
騎士団内ではどんな高い身分の者も自分の従者をつけることは許されていない。基本的に自分のことは自分でやる。俺にしてみりゃそんなの当たり前の話なんだけど、それをはじめて知ったエマちゃんはひどく残念そうだった。
「えっ。私はついていけないんですか……?」
いやまて。
まさか、本気でついてくる気だったんじゃねえだろうな。





