3 ついにシルちゃんとつながりました
──そして。
そんなことがあったにも関わらず、後日、キラキラ店長のとこにすごい注文が入り始めた。想像以上の勢いで。
ついでながら、俺は事前に「とりあえずデザイン料だけはもらってもオーケー?」って店長に相談し、売り上げから五パーセントだけ俺の財布に入るように交渉させてもらっていた。
「せいぜいこづかい稼ぎ程度かな」と思っていたら、ドレスの人気が思った以上にすごくって、結構な収入になりそうだ。店長は嬉しい悲鳴をあげている。従業員を増やさないと回らない勢いらしい。
でもま、球場を作ったりなんだりで野球関連の出費がかさんでいた分、こっちでは収入もないとね! シルヴェーヌちゃんに怒られると困るんで。いや、泣かれちゃう方が俺的には困るかな。そうなったら目もあてらんねえし。
こう考えたのには、実はクリストフ皇子の助言があったからだ。
「ケント。単にデザインするだけじゃなく、デザインの商標登録もやっておくと、あとあといいかもしれないぞ。より、そなたの臨時収入につながるだろう」ってな。
こう言われてから、俺は店長と相談して、俺のデザインしたこのタイプのドレスには内側に「S・M」(つまりシルヴェーヌ・マグニフィークね!)のイニシャルをデザインしたマークを刺繍してもらうことにした。
こうすることで、店長からデザイン料をもらうだけじゃなく、他の店が勝手にこのデザインを使うことができないようにしたわけだ。
しかしSMか……あっちの世界じゃぜってえ使えねえやつだなー。うはは。
というわけで、キラキラ店長のとこ以外の店がこぞって俺のところに「あのデザインを使わせてもらえませんか」と訪ねてくるようになっちゃった。
つまり、ますます収入の増加につながったわけだ。
なるほど皇子、あったまいい。
ああ、そうそう。
アンジェリクは相変わらずの謹慎中。
基本的に自分の部屋から出てこないし、親から言われた平民を助ける慈善事業をほんとうにイヤイヤやっている。……どのぐらい成果がでてるかは知らないけど。
まあ、まだパパンからのお許しが出てねえとこを見ると、たいして成功してなさそうだけどなー。
とかなんとか思いつつ、日々を過ごしていた俺だったが。
ある夜、遂にそれは始まったんだ。
◆
《ケントさん……ケントさん》
自分の寝室でぐっすりと眠りこけていた俺を、呼び起こす声がした。
「……んが? なんだ……?」
その声は、何度も何度も俺を呼んでいたらしい。まだ夢の中なのかなと思いながら上半身を起こしたところで、こんどははっきりと頭の中に声がひびいた。
《ケントさん! 聞こえていらっしゃいますか》
「えっ!? ……も、もしかしてシルヴェーヌちゃんっ?」
《……はい。ご無沙汰をしております。よかった、やっと声が届きましたわね》
優しくて可愛い声は、かなりほっとしたように聞こえた。
「なになに、どしたの? なんで急に君の声が聞こえるようになったの」
《あ、ケントさんは声をださなくて大丈夫ですわ。周囲の者に聞きとがめられてはいけませんし》
「あ、うん。だねだね」
というわけで俺、頭の中だけで言葉をつむぐことにする。
《前から、こちらで夜になるたびに呼びかけてはいたのですけれど。なかなかケントさんの耳に届かなかったようで……》
《そうなんだ?》
《はい。でも、最近あなたが魔術師に師事してマナの使い方を学んでくださったでしょう? それでずいぶん、声が通りやすくなったようなのです》
《あっ……なーるほど》
俺、拳でぽんと手のひらをうつ。
ってか、ききたいことが山ほどあるぞ! えっとえっと、どれからきけばいいかなあ。
《あの、シルちゃん? いまどーしてんの。君はいま、どこでどうやって生きてんの》
《ああ、はい。実はあれからずっと、あなたの代わりにケントさんのお身体に──》
《うおお!? やっぱそーなのお!?》
こりゃまたびっくり。いや予想の範囲内ではあるけど。
《は……はい……》
そこで急に恥ずかしそうになるとこは、やっぱお嬢様だあな~。
いや俺は別に気にしねえよ? 君にマッパを見られようがなんだろうが。
逆に俺のほうが気をつかっちまうわ。
《あっ、気にしないでね? 俺、ちゃんと君の体とか見ないように気をつけてっから。むやみに触ったりとかもしてねえし……これほんとよ! ほんとーに!》
と、シルちゃんがくすくす笑ったようだった。
《はい。存じ上げておりますわ。実はこちらからはそちらの様子がよく見えておりましたもの。ケントさんの素晴らしい手腕、人の心をつかむ技……本当に感服しておりました》
《えっ? ……いやそんな。大したことないっスよ~。うへへへへ》
ついつい照れる俺。いやそんなことしてる場合じゃねえわ。
っつうわけで、俺はマシンガンよろしくあれやらこれやらシルちゃんを質問攻めにしちまった。シルちゃん、最初のうちこそ面食らったようだったけど、ちゃんと順を追って説明をしてくれた。
《まず、わたくしはケントさんに謝らなくてはなりません》
《は? どーしてよ》
《わたくしとケントさんの魂がこうして入れ替わってしまったこと。それは恐らく、わたくしのせいだろうと思われるからです》
シルちゃんの話はこうだった。
あの頃、ヴァラン男爵の息子との縁談がもちあがってウキウキ、そわそわしていたシルちゃん。
でも、屋敷内の侍女たちやアンジェリクはそれを陰で嘲笑っていた。
ある日たまたま、シルちゃんはそれを物陰から聞いてしまったんだってさ。
『どう考えても嫁き遅れになりそうだったあの醜いお姉さまが、やっとプロポーズしてくれる殿方を見つけたようね』
『そうですね。でもあれは、どう考えても公爵家の後ろ盾狙いにございますわよ』
『そんなの、決まってるじゃない』
高く毒々しい笑い声はアンジェリクのものだ。表情にも声にも、醜いあざけりがみっしりと塗りこめられている。
実の姉をここまで貶めて憎まなきゃなんないものなんだろうか?
いくら自分の狙ってる皇子がシルちゃんを気にしてるらしいって言ってもよ。
俺にはまったく理解できねえ。
その後の会話もさんざんなものだった。
『あんなにも醜く愚かなお姉さまに、本気で好意をもつ殿方が地上にいるものですか。せいぜい北壁の外の醜い魔族ぐらいじゃなくって?』
『お嬢様のおっしゃる通りですとも!』
『それに引き換えアンジェリクお嬢様へのひきもきらない結婚の申し込みの数ときたら!』
『いやあね、あんなのとわたくしを比べないでよ』
あっはははは、という薄っぺらい皮肉と嘲笑の渦。
シルちゃんの眼前は真っ暗になった。
凄まじい衝撃で、本気で頭を殴られたみたいだった。
(いや。もういや……!)
ぼろぼろ涙をこぼしながらうずくまり、赤い髪を掻きむしって「消えてしまいたい」とシルちゃんは願った。
こんなところに生きていたくない。
こんな自分でいたくない。
なにもかもいや。この体も、わたくし自身も。
わたくしなんか、いっそいなくなってしまえばいい──。
魔力を扱う技術も身につけていないのに、恐ろしいほどの魔力を秘めていたシルちゃんは、そのとき暴発したんだ。
──「暴走」。
それはまさに、そう呼んでいいものだった。
 





