1 師範たちともプレーしちゃいます
「いち、にい、さん、しー!」
公爵邸の中庭。
俺は例によって、朝から訓練にいそしんでいる。
ただし今は俺ひとりじゃない。
「公女様、もっと体幹を意識して。腕だけで剣を振ってはなりませぬ」
「あ、はい!」
「体とともに剣の重心を意識なさってください。そうすれば、振ったときに体をもって行かれません。下半身を安定させるのです。さ、もう一度!」
「はいっっ!」
走り込みや柔軟体操なんかは野球でやってるのとほぼ同じ。あれから、天気が悪くない限りは毎日続けている。天気が悪くても、屋内で練習できるように場所も確保してるけどね!
さらに、そこへ剣技と武術の師範がついてくれることになり、俺の日常は急に多忙になった。
シルヴェーヌちゃんの体形は、もはや「この体のどこにぜい肉があるんですか?」ってなぐらいに締まってしなやかになっている。コルセットなんてもう死んでもしたくねーけど、ほぼ必要ナシ状態。
元気はつらつ、食欲旺盛だけどちっとも太ってないし、むしろぴちぴちだ。お肌もなめらか。
快食、快眠、快便! これだよ!
って貴族の令嬢に「快便」はNGかな? うははは。
そしてかなりキレイ。たぶん。
ここ大事なんだもんね、シルヴェーヌちゃん的には。
部屋で鏡を見てみても「けっこうな美人じゃーん?」と己惚れられるぐらいには、シルヴェーヌちゃんはちゃんと美少女だったのだ。単純に、太っていたことでそれをそこなっていただけで、もともと素材は良かったってことね。よかったよかった。
というわけで、この頃は多忙なスケジュールを縫って、ドレスを着てはちょこちょことあちこちのパーティやお茶会にも顔を出している。
とはいえ、ほんのちょっとだけだけどな。マジクソ忙しいから。
早朝の訓練の後、朝食をとって座学。
こっちは騎士団入団の準備のためのものと、魔塔から派遣されてきた魔導士の師範による魔法一般に関する勉強と、魔力制御の実技の両方だ。
基礎的なことはシルヴェーヌちゃん自身が本を読んで学んでくれていたんで助かってるけど、それでも学ばなきゃならないことは多かった。特に実践編のほうは。
なんでこういうことをしてるかって? 理由は明白。
要するに、先日の魔塔での《試しの儀》以降、俺は皇帝陛下から、聖騎士になることを許可されたんだ。もちろん試験に受かれば、だけど。
もし受からなかったとしても、すさまじい《癒し手》としての力をもつ魔導士として国に貢献することを期待されている。ってか、そっちに関しちゃ断る選択肢はゼロです、実際。
パパンとママンは鼻高々だ。騎士については「女の子が怪我でもしたら……」って日本の普通の親みたいなこと言ってるけどね。ちょい笑っちゃった。
そもそも女が騎士になった前例もないことだから、陛下から許可がもらえたことだけでも御の字。当然、クリストフ皇子と皇后陛下の口添えがあってこそだったと思う。
「いちにっさんしっ、にーにっさんしィ!」
「お嬢様、がんばってー!」
「うぃーす、エマちゃん、ありがとー!」
俺が元気よく走り込みに励んでいると、脇からエマちゃんの可愛い声援が飛んでくる。やる気、爆あがり。
そんなとき、師範たちはみんな困った顔で目を細めた。
「なんと申しますか……公女様は、なんとも少年のようにございますなあ」
「お元気でなにより」
「うむ。以前とはくらべものにならないほど活動的になられたという噂はまことにございましたな」
師範たちは、陛下とクリストフ殿下の口利きで紹介されたこの国随一の強者ばかり。いかにも強そうな強面のオッサン連中だ。剣術に体術、馬術などなど、おぼえなきゃなんないことは多い。
本来なら魔塔や武練場に出向いて学ぶべきところなんだけど、今回は俺が公爵家の令嬢だということで、特別にこの公爵家に師範たちを招いて学ぶことを許された。
ま、どうやらパパンとママンが、シルヴェーヌをなるべく自分たちの目の届くところに置いておきたかったからみたいだけどな。「そんな、甘やかされても困るんだけどなあ……」と思いつつ、心配のあまり涙ぐんでるママンを見たら、俺もなにも言えなくなった。
「ほんじゃ師範、いきまっすよ~」
「おう、いつでも来られよ」
ひゅっ。パシッ。
ひゅっ。パシッ。
……もうわかるね?
俺とエマちゃんと師範たちは、休憩時間にはこうやってキャッチボールなんかも楽しんでいる。たまに訪れた皇子やベル兄がまざることも多い。
ちなみに、俺が女なうえ公爵令嬢だってことで、師範たちは最初のうちこそ面食らっていたようだった。「どう接すればよいものか」とか「顔にケガでもさせたら一大事なのでは」と、色々戸惑うことも多かったんだろう。
でも、俺があんまりあっけらか~んとしてるもんだから、いい意味で当てが外れたらしい。んで、最近ではずいぶんなじんできている。
ってことでこうやって、しょっちゅう一緒にキャッチボールなんかもやっているわけだ。よかったよかった。
「いや、この『キャッチボール』とやら申すものは、なかなかどうして楽しゅうございますなあ、公女様」
「でしょでしょ?」
「はい。この『バット』とやらで『ボール』を打つのも気分がスッキリしていい気持ちにございます」
「うんうん、わっかる~! んでも、ほんとはこれだけじゃなくって、ちゃんと野球の試合がやってみたいんスよね~、俺としては」
「ほう? 試合にございまするか」
「そそ。ほんとは九人対九人で試合をするスポーツなんで。ちゃんと細かいルールもありますしねっ。審判も必要だし。せっかくうちの領地に、やっと球場もできたとこだし~」
「ほほう。それは興味深い」
ある程度のキャッチボールが終わると、俺はおもむろにグラブをバットに持ち替える。俺が打った球を、それぞれの人に受けてもらう練習、つまりノックだ。
「んじゃ、かるーく打ってみますんでー。俺が指名するんで、そのひとが捕ってくださいねー」
「はーい、お嬢様!」
「了解した」
「右に同じ」
「左に同じ」
「前にも言いましたけど、なるべく体の真ん中で捕れるようにがんばって~。じゃ、まずはエマちゃーん」
「はーい!」
カキーン。パシッ。
カキーン。パシッ。
うーん、いい音。
打ち上げてみたり、足元に転がしてみたり。
師範たちはさすがの運動神経だけど、エマちゃんもなかなかいい感じ。瞬発力があるし目がいいし、なにより足が速い。
この子、意外と才能あると思う。





