18 不覚にもきゅんとしました
皇子は今や、まじまじと俺を見つめていた。
なんだろう。なんかもの言いたげだなあ、さっきから。
あんま見つめすぎるのはちょっとやめてほしい。顔に穴あいちゃうから。
んで、なんか耳が熱いんスけど。
「えっと。んで、そうこうしつつも、もとに戻る方法も探すってことで」
「なるほど」
「野球については、まあ個人的に俺が我慢できなくなっちゃって。ずっとボールに触ってなかったし、辛抱たまんなくなっちゃって……どーにもこーにも、こっちの世界でもやってみたくなったんですよ」
「……なるほど」
皇子、ちょっと苦笑している。なんだよー。
「ベル兄や殿下のことも巻き込んじまったけど……でも楽しかったでしょ? あれ、コミュニケーションツールとしての意味もあるっしょ? ボールのやりとりしてると相手のこととかわかるし、自然に仲良くなれるしー」
「そうだな」
皇子、なんとなく目が優しくなった。
やっぱこういう顔するとイケメン度があがるよな~、くやしいけど。
「そなたの言うとおりだと思う。あれは私も楽しかった」
「でしょでしょ? 野球は騎士のみなさんのレクリエーション……つまり気晴らしね。それにもいいと思うんだなあ。狩りみたいに血なまぐさくもなんねえし、女の子でもできるし。もちろん平民のみんながチームを作るのもアリだろうし。ちょっとした空き地があれば、子どもだって楽しめるしね!」
「そうか……。なるほどな」
「そんで、いずれはチーム同士の対戦とか。ああっ、できたらめっちゃ楽しそう!」
俺の目、たぶんキラキラしてる。
「対戦……?」
「そうッスよ~。向こうの世界じゃ、チーム同士で戦うリーグがあってさ。それだけで食ってるプロの選手もたくさんいたんだから。世界中にいろんなチームがあってさー。みんな、それぞれ贔屓のチームがいて、そりゃもう熱烈に応援するんだ。大人も子どももな。チームや選手のグッズなんかも売られてて、ファンには垂涎モノのプレミア商品なんてのもあるんだぜ~」
「そうなのか」
「うんうん!」
ああ、こっちの世界にもプロチームなんかできたりしたら楽しいだろうな~。
想像したらちょっと滾るわ~!
夢が広がるわあ!
ま、ついつい夢中になりすぎて英語を使いまくりの説明だったんで、皇子にはいまいち理解できてないだろうけど。
「もしもそんなことになったら、またエマパパに色々お願いしなきゃだね~?」
「えっ。うちの店でよろしいのですか……?」
エマちゃんがびっくりした顔になる。
「もっちろん!」
俺、サムズアップ。そんなの当然じゃん!
皇子が俺とエマちゃんを見比べるようにして言った。
「そうか。こちらのお嬢さんのご実家の店だと言っていたな」
「そそ。道具やウェアの製作をエマパパやほかの職人さんたちに頼んでたのは、腕が確かなのはもちろんだけど、すでに稼いでる公爵家御用達の職人より、平民として頑張ってるみんなの生活の足しになったらウィンウィンだなって思ったからだし。みんなとは、これからも取引できたらいいなーと思ってるんで」
「お嬢様……!」
エマちゃんが感極まったように声を詰まらせた。
「なんてもったいないお言葉でしょう。ありがとうございます。どうぞ今後とも、父の店をよろしくお願いします」
「いやいや。お願いするのはこっちだから。これからも、どうぞよろしくね」
頭を下げたエマちゃんの目がうるうるしてる。嬉しくて言葉も出ないみたい。
皇子はそんな俺たちを見て、妙に満足そうな笑顔になっていた。……なんで?
「……ふむ。騎士と、《魂戻しの儀》と『やきゅう』か。わかった」
「は?」
いや「わかった」って、なにがわかったんだ? この人。
「そなたの今後の行動については、私もできる限り協力させていただこう」
「ひえっ? いやありがたいッスけど……なんで?」
皇子、意味深な目で俺を見返した。
な、なんかいやな予感。
「そなたが、私がプロポーズした唯一の相手だから──だな」
「え、ちょっと!」
なにをしれっと言うとんじゃい!
ひとの話を聞けや、このスルー皇子。
大体その話、終わったと思ってたのにい!
憤慨して反論しようとした途端、またずいっと近づかれて、俺は再び「ひいっ?」と枕に背中をおしつけることになった。
「いいか、ケント」
「は……はいい?」
「そなたはひとつ、勘違いをしている」
「は? なにがッスか」
「《魂替えの儀》というのは基本、魂の似通った相手とでないとほぼ成功しないと言われている」
「……はい?」
「つまり」
言って皇子、にっこり笑った。めっちゃめちゃいい笑顔で。
こいつは「得意満面」てやつだ。そしてイケメン皇子の笑顔は狡い。
ったく、顔のいい奴は顔を武器にするから困るわー。
「そなたとシルヴェーヌ嬢の《魂》は、非常に近いものだということだ。性別こそ違うが、本質的な部分では非常に似ている。同一人物と見做されるほどにな。そうでなくては、そもそも《魂替え》など不可能なんだ」
「え、ええ……?」
「つまり、そなたは『ケント』でありながら同時に『シルヴェーヌ』であるとも言える。──ゆえに」
ぐいとまた顔を近づけられる。
すぐ脇でじっと見ているエマちゃんの視線が痛い。そして熱い。
なによその「じっくり観戦モード」はよお! 片手に架空のポップコーンカップが見えるのは俺の気のせい?
「私は、そなたへのプロポーズを取り消しはしない。……決してな」
──きゅん。
(え?)
いや、ちょっとなに?
なにこの「きゅん」。
俺は頭の斜め上あたりに浮かんでる妄想上の自分の「きゅん」を見つめて絶句した。そして比喩的な意味でわしづかみにし、形而上学的な意味で力まかせに握りつぶした。一瞬で。
空想上の自分の右手で、めっためたに。こなごなに。
グッシャア!
……なかったことにしよう。
うん、そうしよう。





