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高校球児、公爵令嬢になる。  作者: つづれ しういち
第三章 なにがあっても拒否ります
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13 すげえ音が鳴りました

 皇帝と皇后が、しずしずとこっちに近づいてきた。


(え……)


 まず驚いたのは、皇后陛下のあまりの変わりようだった。これがなんと、記憶にある陛下とは全然ちがっていたんだ。

 え、これ本当に皇后陛下?

 あんなにやつれてつらそうだった雰囲気がいっさい消えて、今はとても血色がいい。見るからにはつらつとしている。生き生きとして、とても健康そうなんだ。

 しかも、もともと若く見えたのにさらに十歳ぐらい若返って見える。今にもそこらへんをたったか走り回れそうなぐらい。


 対する皇帝陛下は、さすがに堂々とした威厳をお持ちの方だった。そしてさすが、イケメンのパパはイケメン。うちのパパンよりだいぶ無骨な感じのする、精悍なイメージのイケオジだ。髪は金色。瞳は知的で鋭い感じ。

 いやもう、とにかくびっくり。いろいろと。

 お二人は、ゆったりとした足取りでベッドのところまでやってきた。


「へ……へいか……」


 俺は慌てて起き上がろうとしたけど、やっぱり体は言うことをきいてくれなかった。ああっ、もどかしい!

 と、エマちゃんが素早く背中を支えて上体だけ起こしてくれた。


「ああ、いや。どうかそのままで。シルヴェーヌ嬢」


 陛下は片手で俺をおしとどめるようにした。声まで落ち着いててシブい感じ。

 俺はどうにかこうにか、前に教えてもらった陛下へのご挨拶を思い出して口にしてみた。


「て、帝国の……太陽に、ご挨拶を……もうしあげ、ます」

「うむ。どうか楽にしてくれ」


 目を細めて微笑み、ひとつ俺にうなずくと、陛下は皇后陛下をベッドのそばにいざなった。皇后陛下は待ちかねたように俺の手を取った。

「シルヴェーヌ嬢! ああ……よかったわ。ようやく目を覚ましてくれたのね」

 俺の手を握る両手の力はとても強い。本当にしっかりしている。病弱だった前の状態が嘘みたいだ。

「本当に心配していたのよ。ずいぶん長い間意識がもどらなくて。クリストフも、どんなにか心配していたことか」


 涙をうかべたその瞳にも体全体にも、生きる力とよろこびと、たぶんすんごい感謝がみなぎっている。


「帝国の、月に……ごあいさつを、もうしあげます」

「ああ、もういいのよ。そんな挨拶なんて気にしないで。どうかそのまま楽にして、シルヴェーヌ嬢。あなたに無理はさせられないわ。わたくしたちは、すぐにお(いとま)しますからね」

「はい……」


 両陛下は互いに目配せをし合うと、すっと居住まいを正したようだった。


(え……っ)


 俺は停止した。

 皇后陛下が軽く頭を下げてらっしゃる。背後の皇帝陛下も同様だ。

 皇帝陛下と皇后陛下が、そろって臣下の娘にこんなことをするなんて。まちがいなく異例中の異例だろう。超びっくりだ。


「ひええっ!? へ、陛下……? あ、あのあの……っ」

「このたびは、まことにありがとうございました。あなたには、どんな感謝の言葉を述べても言い尽くせないほどのことをしていただきました。あらためて心からの感謝を申し上げます。マグニフィーク公爵家、シルヴェーヌ嬢」

「へ……いか。な、なにが……?」

「ああ、どうか無理をなさらないでね」


 皇后陛下はうっすらと目に浮かんだ涙をおさえて、それでもにこにこと笑ってらっしゃる。本当にうれしそうだ。


「憶えていらっしゃらないかしら。あなたはあの時、わたくしを長年のあの苦しい病から解き放ってくれたのですよ。あの素晴らしい(いや)しの力を発現させてくれたのです。わたくしの上に、遺憾(いかん)なく」


(え。癒しの力……?)


 そういえば、なんかそんなようなことをした気がしなくもない。

 でもあれは、たぶん俺自身っていうよりも本物のシルヴェーヌちゃんの願いだった。あのとき聞こえた優しい女の子の声。あれはたぶん、シルちゃん本人だったと思うんだよな。


 昔、幼いときに傷ついた小鳥を癒したシルヴェーヌちゃん。彼女には、もともとそういう能力があったんだと思う。気づいていたのは少年だったクリストフ殿下ただひとりだったみたいだけどな。

 なんで彼女がその能力を人に知られないまま、自分でも気づかないままだったのかはよくわかんねえけど。

 だってこの世界の人たちは、幼いときに魔術師による「試し」を受けて、もっているマナ……つまり魔力の量をはかられているはずだからだ。多少金がかかるから、平民なんかはされないことも多いみたいだけどさ。

 と、皇帝陛下が皇后陛下の肩に手をおいてゆっくりと言った。


此度(こたび)の件については、なにをもってしても我が感謝の意を伝えるには足りぬということはわかっている。何と申しても、我が命よりも大切な皇后の命を救ってくれたのだからな」

「へ、へいか……」

「これまで、魔塔の魔導士たちにも何度か癒しを命じたのだが……どうもうまくいかなかったのだ。何重にも掛けられた高度な呪いであったようでな」

 

 そうなのか。

 確かにあの時感じたのは、心底ぞっとするほどの深い恨みや呪いのイメージだった。そんじょそこらの癒しの力じゃ、あれを跳ねのけるのは難しかったってことかもしれない。


「またあらためて余からも感謝を示したいと思っている。余にできることであれば、できるかぎりそなたの希望を叶えよう。きっとそうすると約束しよう。この場のみなが証人ぞ」

「い、いや。そんな──」


 と言いかけたときだった。


──ぐうううう~きゅるるるるる~ぎゅごおおおるるるう。


 なんか凄まじい音がした。

 ……俺の腹から。


 もう一度言う。俺の腹から!!

 一瞬、場の空気が凍りつく。


(うわわわわ。さっ、最悪……!)


 そう。それは俺の、とんでもない腹の虫だった。

 かあっと全身が熱くなる。くっそ恥ずい。なによこれ!


 クリストフ殿下がびっくりした目で俺を凝視してる。

 この世のものとは思えないものを見ちゃった人の目で。

 いやちげえだろ! そこのイケメン!

 そこはしれっと聞こえねえふりするか、うまいことフォローするところだろー!



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