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高校球児、公爵令嬢になる。  作者: つづれ しういち
第三章 なにがあっても拒否ります
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12 両陛下のおなりです


 ぱかっと目を開けたら、見知らぬ豪華な寝室にいた。

 天蓋つきの大きなベッドに、絹の寝具──


(いやちょっと待て。これ二回目じゃね?)


 と思ったのと、すぐ脇から「お嬢様ああああ!」ってエマちゃんの泣き声がしたのが同時だった。


(んんっ……? なに? どうなってんの……?)


 起き上がろうとしたけど、なんだかうまく行かない。妙に体が重いんだ。全体にだるっだるだし、腕を上げるのもひと苦労。体じゅうのエネルギーがみんな抜けちまったみてえ。

 でも、眼球だけはとりあえず無事に動いた。

 枕もとにエマちゃんの顔がある。涙でびしょびしょで、ひどくやつれた顔だった。

 俺の胸がきりっと痛む。そんな顔、はじめて見たから。


「えま、ちゃ……」


 声を出そうとしたけど、それはほとんど声になっていなかった。(かす)れきってて、喉がひゅうひゅう言うだけだ。

 なんだこれ。一体どうなったの?

 エマちゃんは少しの間、すごい力で俺の手を握ってむせび泣いていた。けど、やがて涙をぬぐって立ち上がり、今度は一生懸命笑って見せた。


「待っててくださいっ。すぐ、すぐにお医者様を呼んでまいりますので!」


(医者……? どういうこったよ)


 そこまで考えて、やっと俺は気を失う寸前のことをぼんやりと思い出しはじめた。

 青白くやつれた皇后陛下の顔。

 それを見ているうちに、言い知れない渇望に突き動かされ、流されるようにして陛下の手を取って、それから──


(あれ……なんだったんだろ)


 自分の手を見つめて考える。

 うっすらと憶えている。

 頭の奥で、俺に必死に語りかけてきた優しそうな女の子の声。


(あれ……本物のシルちゃんだよな?)


 不思議なんだけど、俺には確信があった。

 きっとそうだ。あれは本物のシルヴェーヌちゃんだった。

 じゃあ彼女は、まだこの体の中にいるんだろうか。俺の代わりに、もとの俺の体に入ってあっちで生活をしてたわけじゃないってことなのかなあ? よくわかんねえけど。


(それにしても。ここ、どこだ……?)


 そう思ったところで、部屋の外にばたばたと複数の足音が聞こえ始めた。


「シルヴェーヌ!」

「シルヴェーヌ嬢っ!」


 ……えっとな。基本的に、台詞はこの二種類しかないけどな。

 言ったのは総勢十名ぐらいの人たちだった。

 真っ先に飛び込んできたのはクリストフ殿下。続いてベル兄。これはたぶん、足の速さ選手権的な理由だと思うな、うん。

 で、つぎがエマちゃん。そんで、エマちゃんがほとんど引きずるようにして連れてきているのが、たぶんお医者さんだな、服装からして。初老でちょっとぽっちゃりしたお腹が出てる。今は、ひいひい言って目を白黒させている。


「ちょ、ちょっと待ちたまえ、君。い、息が……ぐふううっ」


 おーい、エマちゃーん。その腕、完全に首への絞めワザが決まってっから! 

 放してあげないと今にもその人、落ちそうだぞー。

 それからお医者さんの助手……つまり看護師にあたる人が数名。その人たちは手に手に、いろんな看護用の器具を持っている。

 そして──


(えっ……?)


 医者たちの背後を見て、俺はびっくりした。

 そこにはシルちゃんのパパンとママンが心配そうな顔で立ち尽くしていたんだ。

 ママンは髪を乱し、ハンカチを口に当てて真っ赤な目をしている。パパンもものすごく心を痛めてたという表情。でも、今はほっとして見えた。


(いったいどうなっちゃってんの、これ……???)


 頭のなかは疑問符の嵐だ。

 そうこうするうちにも、医者らしいおっちゃんが俺の脈をとったりなんだりし終わって、クリストフ殿下のほうを向いた。


「一時は心配いたしましたが、今は脈も安定しておられます。もう大丈夫にございましょう」

「本当ですか!」


 殿下、ぱっと明るい表情になる。気がついたら、いつのまにか医者がとってるのとは反対側の俺の手をしっかりと握ってる。

 おいおい。別にあんた、まだシルちゃんの恋人とかじゃねえんだかんな? そこはもうちょっと遠慮しろやー。

 ま、心配してくれてたのはわかるんだけどさ。


「あとはもうすこしお元気になられてから、魔塔で正確なマナ量を確かめていただければよろしいかと。魔塔の宗主様と、今後のご相談もありましょうし」

「そうだな、わかった。ありがとう」


 殿下がほっとした様子で息を吐きだす。握りしめた俺の手を、そのまま自分の額に押しつけるみたいにして顔を伏せた。

 それにしても。


(魔塔? 宗主? マナ量……? なんの話をしてんだよ??)


 と、いままで医者のいた場所に、今度はベル兄が割り込んできた。


「ほんっと、お前はあ! 驚かすなっていうんだよ。こっちの心臓が止まるかと思ったんだからな、本当に」

「な……にが?」

 もっとぽんぽんしゃべりたいんだけど、どうもまだ口がうまく動かない。

「あんな、とんでもないことをやらかしてさあ。驚いたなんてもんじゃなかったんだぞ? 父上や母上だって、どんなに心配なさったことか」


(とんでもないこと……?)


 一体なにがなんだかわからない。

 俺、もしかしてめちゃくちゃマズいことをやらかしちまったんだろうか? 

 でも、それにしては俺を責める視線はひとつも見当たらない。あのパパンやママンですら、まっすぐにシルちゃんを心配している顔にしか見えないし。


(心配してくれてたのか……。そりゃよかった)


 俺がパパンとママンを見てにっこりしてあげると、ふたりは急いで枕元近くへ寄ってきた。ママンが俺の手を握りしめて声を震わせる。


「ほんとに、ほんとに……あなたって子は!」

「しかし良かった。一時は意識がもどらないかもしれぬと言われて、生きた心地がしなかったんだよ」

 ママンはぽろぽろ涙をこぼしてるし、パパンもかなりやつれた顔だ。

「状態が落ち着くまではあまり動かさない方が良いと、魔塔の宗主さまに言われたとかでね。それでこのとおり、皇后陛下の宮で看病していただいていたのだよ」

 なるほど。そういうことか。

「あ……りがと、パパン、ママン。しんぱい、かけて……ごめん、ね」


 とぎれとぎれにやっとそう言ったら、ママンはとうとう我慢できずにわっと泣き出しちゃった。パパンがその肩を抱いてなだめている。

 俺、なんとなく安堵した。

 この人たちって、末娘のアンジェリクのことばかり甘やかして、シルヴェーヌちゃんのことなんざ二の次なのかと思っていたけど。こうやって、ちゃんと大事に思ってくれてたんだな。そりゃ娘なんだから当たり前っちゃ当たり前のことなんだけどさ。


(よかったな、シルちゃん)


 あんたの両親は、ちゃんとあんたのこと愛してくれてるぜ?

 と、その時だった。

 扉の外から先触れの声がした。


「皇帝陛下、皇后陛下のおなりにございます」


(ええっ……?)


 度肝を抜かれて固まる俺。 

 周囲のみんなはさっとベッドから離れて、扉に向かって一斉に頭を下げた。

 両開きの扉がすばやく開かれ、ふたりの人物が入室してくる。

 それがだれかはひと目でわかった。


(皇帝陛下……皇后陛下? ま、マジで……??)


 そう。

 おひとりは、先日お会いしたばかりの皇后陛下。

 その隣に立つのは誰あろう、この帝国の皇帝陛下だった。



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