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高校球児、公爵令嬢になる。  作者: つづれ しういち
第三章 なにがあっても拒否ります
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1 《魔力の珠》をもらっちゃいました


 呆然自失。

 それから数日、俺はほとんどそういう状態だった。


 俺の部屋でほぼ一方的に自分の気持ちを告白し、交際を申し込んだクリストフ皇子は、その後数日公爵家に滞在してから、ベル兄とともに騎士団の宿舎に帰っていった。


 俺がちゃんと正気をとりもどしたのは、そのあとのことだった。

 あの後、俺がどんな風に皇子の話し相手をしたのかは記憶にない。たぶん完全に(ほう)けていて、ろくな返事もできなかったんじゃないかなー。

 よって当然、あの「交際申し込み」についての返事はしていない。


 でも実はその数日間、俺は毎朝ベル兄とクリストフ殿下とともに朝の鍛錬はやっていた……らしい。これはエマちゃん談だ。

「えっ、お嬢様、あまり憶えておられないんですか?」って、めっちゃ不思議そうに言われちゃった。


 そうなんだよなー。

 俺は呆然としながらも──いや、ベル兄には「こら! そんなぼーっとして剣を振るやつがあるか。ケガするぞ!」ってかなり叱られたけどね──みんなと一緒にランニングをし、柔軟体操をし、キャッチボールやら剣の鍛錬やらをしっかりやってたらしいのよ。あんま憶えてないけど。

 しょうがないな。もうそれは、俺の体が勝手にやっちゃうんだから。朝練が体にしみついちゃってるから!

 だけど皇子は、俺の様子がおかしいことにちゃんと気づいてたみたいだった。

 それでこう言ってくれた……らしい。


『一度に、あまりにもたくさんのことを申し上げてしまいました。さぞご負担になったでしょう。申し訳ありません』

『交際と結婚の申し込みのお返事については急ぎません。どうかよくよくお考えください。またあらためてお会いする機会を設けますので』


 めちゃくちゃ紳士的だよな。常識的だし、優しいし。そんで男らしくてイケメンだし。地位も財産もめっちゃあるし。それからちょっと陰もあるし。

 この世界じゃ、結婚相手としてこれ以上の人は望めないんじゃね?

 ……まあ、俺が本当に女の子だったら、だけどさ。

 もしもこれが本物のシルヴェーヌちゃんだったら、大喜びしてるんだろうか。わかんねえけど。


 あ、そうそう。そういえばそのとき、ちょっと面白いものを預かった。

 今、俺は自分の部屋でソファに座り、それを手のひらに乗せて、()めつ(すが)めつやっている。


「うーん。……これ、どーしたもんかなあ」


 手のひらの上にあるのは、透明な球体。片手に乗るくらいの大きさの水晶の球みたいなもんだけど、なんとも不思議な光をやどしている。光の当たりかたで色が変わっていくんだけど、基本的には虹色に近いかな。

 それはもちろん、これに魔力がやどっているからだ。

 それが証拠に、これは手のひらの上に浮いている。手に触れてはいなくて、ほんのちょっと浮かんでいるんだ。これが魔力をもつ物体の証拠。


「それにしても、《魔力の(たま)》だなんて。本当にすごいものをお貸しくださったのですね、クリストフ殿下」


 お昼のお茶の準備をしながら、エマちゃんも興味津々(きょうみしんしん)って顔で珠を見ている。


「んー。そうねえ」


 俺は《魔力の珠》を軽く手の上でなんとなく転がしつつ、溜め息をついた。

 皇子がこれを俺に預けてくれた理由はおもに二つあるらしい。


 殿下(いわ)く、「これは秘密裏に人々の裏の顔を知ることのできる道具」なんだそうだ。要するに隠しカメラとかそういうものに近い。これ自体、人間の目をあざむいて透明になり、姿を隠すことができるらしい。

 殿下にはいろんな情報収集の方法があって、これはそのひとつなんだって。これひとつあれば、疑わしいと思われる人物の行動を、相手に知られないように調査して記録することができる。記録された内容は、そのまま裁判の証拠にもなる。

 最初から高位の防御魔法がかけられているので、魔術師による結界や攻撃なんかに影響されず、密談を録画・録音できちゃうそうだ。つまりコンピューターで言えば、対ウイルス用のプロテクトが掛かってるみたいなもんかな?

 これひとつあるだけで、すんごい優秀な探偵を雇ってるみたいなもんだ。

 いやー、()ええ。


 やっと少し正気がもどってきたときに、

『あのー。もしかして、これってめちゃくちゃ貴重なものなんじゃ?』

 ってきいたら皇子、にっこり笑ったもんだ。

『そうですね。そもそも金で買えるものではありませんが、もしも買おうとすれば公爵領全体の三分の一ほどの値段になるかもしれません』

 って、あっさり言うな!

『どうしてそんな貴重なものを俺に──』


 皇子の答えはこうだった。


『もしもお望みであるなら、私の私生活をのぞいていただいて構わない、ということです。私の為人(ひととなり)をよくよく観察していただいて、ご検討いただきたい』

『はいい!?』

『こちらは実際、あなたの様子をこうしたもので拝見してきたわけで……それでは公平性を欠くかなと。つねづね、そう思っていたもので』

『…………』


 いやストーカー?

 ストーカーなのかよあんた!

 「公平性を欠く」って、そう思うんならそもそもやるなや!

 っていう自分のツッコミは、皇子が帰っていってからやっと頭の中に湧いてきたものだ。

 反応が遅いよ俺!

 いや、あまりにも衝撃が大きすぎて脳がついていかなかったんだけどよー。


 つまりあいつ、こういうものを使ってシルヴェーヌちゃんの私生活まで調べ上げてたってことじゃん? 大丈夫? 個人情報保護法とか……ってここにはそんなもんはないのか。ちくしょう!

 ほんとにあんな奴を結婚相手にしちゃったりして、シルヴェーヌちゃんは大丈夫なの??


『ご心配なく。皇室の重要機密事項などは記録できないよう、あらかじめ設定してありますので。あなたにご迷惑はかかりません』

 いやそこは心配してねえわ。

『それから、すでに記録されている過去の映像のうち、あなたに役立つものがあるのではないかと思ったものですから』

『えっ?』

『そちらのご判断は、あなたご自身にお任せします』


 そう。

 問題はむしろそっち側だった。

 皇子はシルヴェーヌちゃん本人と彼女の環境について調べているうちに、この家にあるとある大きな問題についてもしっかりわかっちゃったんだよな。そんで、シルヴェーヌちゃんを心配してくれてたわけだ。


「……再生」


 俺がその(たま)をつん、とつついてそう言うと、球面の上方から光があらわれて、とある映像が空中に映し出された。この公爵家内部の映像だ。

 どっかの司令官よろしく眉間にしわをよせて顔の前で手を組み、それをにらんでいる俺を、エマちゃんが心配そうにみつめてくる。


(うーん。確かにこれは対処しなきゃなんねーよなあ。放置するなんざありえねえ。……シルヴェーヌちゃんのためにもな)


 空中に浮かび上がっている、数名の女の子たちの行動としゃべっている内容。

 それをひとつひとつ確認しながら、俺は額に指をあてた。


(うん。明日にでも行動を起こそう。そうしよう)


 やっぱ、これをこのままにはしておけねー。

 善は急げ、ってなもんだ。



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