11 皇子の告白タイムが始まってしまいました
「あ……あのっ。あのあのあのあの!」
「はい」
「いや、ちょっと待って。落ちついて? お願いだから!」
「……落ちつかれたほうがいいのは、あなたのほうかと思いますが」
クリストフ殿下は静かにそう言って、ふつりと口を閉ざした。
俺の頭の中はと言えば、超でかいストーム状態。
(いやまて。まさかそんな。多分俺の耳がおかしい。俺の耳が、なんか勝手に変な言葉を拾って変に理解しちゃっただけ。きっとそう。きっときっと、そうなんだ!)
泳ぎまくっている目がぴたりと止まった先には、やっぱり凍りついている壁──いやエマちゃんがいた。
エマちゃん! そうだよエマちゃん!
君、聞いてたよね?
いま皇子、変なこと言っちゃったりしてないよね?
俺が……ってか「シルヴェーヌが好き」とか……そんな変なこと。
ありえないでしょ?
だって俺は男……ってシルちゃんは別に男じゃねえのか。
じゃあ問題はねえのか……っていやあるわ! めっちゃあるわあ!
だって俺、そっち系の趣味はねえもん!
いや、そういう人たちが一定数いることは知ってるし、その人たちをどうこう言うつもりも差別したりとかも別にしたかあねえけど。
でもさ、自分自身がそういう恋愛の対象になるなんて、生まれてこのかた十七年とちょっと、いっぺんも想像したことすらねえんですってー!
「えっと……えっと。か、確認してもいいっすか」
俺の言葉遣い、完全にもとに戻ってる。
いやいいわ。今は言葉遣いとかどうでもいいわ!
「はい。なんなりと」
「あの、今……俺の耳の間違いでなかったら、その……『お慕いしてます』とか、おっしゃいました……? 俺のこと」
「はい。あなたのお耳の間違いではありませんよ」
殿下、静かに苦笑しておられる。
いや笑ってる場合じゃねーってば! 落ち着きすぎじゃね?
「お慕いしてます」がマジなんだったらもうちょっとそれらしい顔してくんね?
と思ってから気がついた。
殿下がいま、膝の上で握り合わせている手。白い手袋をしたその手が、かすかに震えていることに。
(ま、……マジかよ……)
頭の中が真っ白になっていく。
いやほんとに?
「本気」と書いて「マジ」と読むあれ?
──この人、マジでシルヴェーヌちゃんが好きなのか。
「なにも、あの小鳥のことだけではないのです。その後も色々な方面からあなたの話は聞こえてきておりました。とても心の清らかなお優しい方であること。使用人にもとても優しく、気遣いをもって謙虚に接しておられること……。こう見えて立場上、自分はさまざまな情報網を持っておりますので」
「じょうほうもう……」
「はい。自分はこんな境遇なので……母からは口を酸っぱくして『ともかくしっかりと情報を集めなさい』と、『用心しすぎることはありませんよ』と言われて育ちましたから。情報不足はそのまま、自分の命にも係わりましたからね。それこそずっと命がけでした。あの皇宮にあっては」
「そ、それは──」
俺はこくりと喉を鳴らした。
さらっと言ってるけど、これ結構たいへんなこと言ってんじゃね? この人。
だんだんと、自分の背中に冷や汗が浮かんでくるのがわかる。
「あなただってご存知でしょう。皇宮にあって我が母、正妃は側妃がわから多くの攻撃を受けていました。もちろんどれも表沙汰にはなっていませんが」
「え、えええ……? 攻撃って──」
「母が私を懐妊するまでの十数年、側妃がわの者が、我が母に妙な薬を盛っていたのではないか……という噂がいまだにあるのは知っています。それはあなたもご存知でしょう?」
「は、……はあ」
「あれは事実です」
「はあっ!?」
いや皇子!
まずいッしょ皇子、それは!
なにをすらっとバラしちゃってんの?
ダメでしょそんな重要な機密事項、こんな公爵家の次女ごときに漏らしちゃー!
って叫ぶ寸前だったけど、俺は皇子のあまりにも暗い瞳の色を見たとたん、うぐっと口を閉ざした。閉ざすしかなかったんだ。
「側妃がわの者たちは、非常に巧妙に、また秘密裏にその工作をおこなっていました。皇宮づきの、つまり母の側の魔術師たちが様々な諜報活動や防御工作をしていたのですが、それにもひっかからないほど巧妙に、です」
「…………」
「お陰で母は、いまだに健康上の問題を抱えております。調子のいい時はごくわずかで、たいていは寝たり起きたりなのです。社交界にあまり顔が出せないのもそのためで──」
(殿下……)
彼が穏やかな表情とは裏腹に、膝の上においた手をぎゅっと拳にした。それに気がついて、俺の胸はきゅっと痛んだ。
いったいどんな気持ちだったんだろう。
自分が生まれるまえ、そして生まれてからも、自分の母親が政敵からこんな風に攻撃されていたことを知ったとき。
俺だったらきっと許せねえ。
おふくろにそんな真似しやがった奴がいたら、どんなことをしても復讐すると思う。ギッタンギッタンにして、おふくろとまったく同じ苦しみを味わわせてやりたいと思うだろう。「目には目を」ってやつだ。
……ほんとは警察に任せるべきなんだろうけどさ。それはわかってるけど。
「思うに、彼らの側にも非常に優秀な魔導士や魔術師がいるのでしょう。マナの総量も多く、技術的に優れた才能をもち、なおかつよく訓練された者が」
「……はあ」
マナというのは、要するに魔力のことだ。
魔法を使うためのエネルギーみたいなもの。
魔族には魔力を持つ者が多いけど、魔力を持つ人間っていうのは、ごく少数しかいない。それはとても貴重な才能で、ほとんどの者は子どものうちに才能を見いだされて魔塔へ送られる。
そこで英才教育を受けて、帝国に仕える魔導士や魔術師になるのが一般的なルートだ。
剣士でマナを使える人間は稀少だけど、そういう人は「聖騎士」と呼ばれ、国じゅうの人々から崇められる存在だ。
聖騎士は単独で多くの魔族を殲滅できるほどの力を持つと言われている。
現在、この帝国にいる聖騎士はたったひとり。その人はいま、もちろん北方の魔族の世界との国境で、この国を守る任にあたっている。まさに英雄ってやつだな。
「ああ……すみません。話が妙な方向にそれてしまいましたね」
皇子はかるく苦笑すると立ち上がり、俺が座っている所まであっというまにやってきた。そこで床に片膝をつき、俺を見上げる。
そしてまさに皇子然とした優雅な動きで、俺の片手をそっととった。
その指が、やっぱりほんの少し震えている。
「シルヴェーヌ嬢」
「は……、はひいっ?」
うわわっ。
もうやだ、どっから出てんの俺の声ぇ!
「あなたをお慕い申しあげています。こうしてやっとお会いでき、さらにその想いは深まりました」
「いっ……いや。いやいやいや! ちょっとまって──」
「昼間の『きゃっちぼーる』とやらでも確信しました。あなたの心根はまっすぐで謙虚であたたかい。濁りのない目と、とても優しい心の持ち主だと」
「えっ、そう? いやそれほどでも……でへへっ」
うん。そっちは掛け値なし、俺の性格なもんだからちょっと照れちゃう……じゃなくって! そうじゃねえわ!
「あの、殿下──」
しかし。
台詞の先を必死で止めようとした俺の努力は、完全に無駄に終わった。
「どうか、自分とお付き合いをしていただくことはできませんか。……もちろん、結婚を前提として」
ちゅ、と手の甲にやわらかい感触。
きっ……キキキキスされたあ?
いやうそ、マジでー!?
(ひええええええ!)
「きゃああああっ!」
俺の心の悲鳴と同時に、「壁」が可愛い悲鳴をあげた。
その語尾には、めちゃくちゃハートマークが乱舞していた。





