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高校球児、公爵令嬢になる。  作者: つづれ しういち
第二章 一念発起いたします
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8 帝国の問題がかいま見えます


 その日から数日、クリストフ殿下は護衛の軍人数名といっしょに我が家に滞在することになった。

 ベル兄と一緒に休暇をとって、王宮ではなくこちらでその時間を使いたいというのが殿下のご希望だったそうだ。


「久しぶりに殿下にお会いできて光栄の至りです。皇后陛下はご息災でいらっしゃいましょうか」

「ご心配いただきありがとうございます。お陰様で、このところはずっと息災に過ごしております」


 父のドナシアンからの質問に控えめな言葉で礼をいいつつ、クリストフ殿下の「仮面の笑顔」はいっさいゆるぎもしなかった。


 いまは夕餉(ゆうげ)の時間。

 いつものように、うちの家族は「食膳の間」に勢ぞろいしている。

 普段ならドナシアンが座っている、もっとも上座──つまり「お誕生日席」だな──にあたる席に座ったクリストフは、左右に居並んだ我が家の面々にずっと見られた状態で、(そつ)なくナイフとフォークを動かしながら品よく食事を進めている。

 さすが皇子。なにもかも手慣れた様子だ。

 皇子の護衛たちは食事の邪魔にならないよう、部屋の隅に立っている。その場で微動だにしない姿は、ほとんど影のように見えた。


 実はこのところのエノマニフィク帝国の皇室には、ちょっとした後嗣(こうし)問題が持ち上がっている。

 このクリストフ殿下は順番からいくと第三皇子ではあるんだけど、長らく子どもを授からなかった皇帝の正妃のたったひとりの息子だ。

 対する皇太子、つまり一番上の息子だな。それと次男の第二皇子は側妃……つまり、第二夫人みたいなもんか? その人の子どもなんだそうだ。


 本来なら、正妃が生んだ息子が皇太子になるのが筋。そうなんだけど、正妃になかなか子どもができなかったことと、大貴族の後ろ盾をもつ側妃がゴッリゴリのゴリ押しをしたこともあって、側妃の息子が皇太子の座を射止めた。

 ……「射止めてしまった」というべきか?


 でもなあ。後ろ盾になってない他の臣下の貴族たちは、あまりそれをよしとしていない。シルヴェーヌもちらっと見たことがあるし、家族が噂していたから知ってるんだけど、第一皇子も第二皇子もわりと暗愚(あんぐ)で性格もよくないためだ。

 つまり、人望がなさすぎる。その噂は貴族だけでなく、すでに平民たちの間にも広まってしまっているしな。

 確か二人の皇子は街なかでもあれこれ問題を起こしたことがあったはずだ。自分の身分をかさにきて平民を愚弄したりいじめたり、挙げ句の果てに女性や財産を取り上げたりな。


 サイテーだろ? そりゃ人気もなくなるわ。

 どっちも愛人はいっぱい囲っているけど、皇太子にはすでに妻がいて、第二皇子は一応独身ってことになってる。


 対して正妃の子である第三皇子はこのとおりの美丈夫のイケメンだ。もちろん愛人なんていない、私生活も綺麗な独身。

 姿だけじゃなく文武にすぐれ、人格的にも素晴らしいというのがもっぱらの評判だった。自分からは何も言わないが、こっそりと自分のポケットマネーで貧民の救済活動もしてたらしいしな。当然、平民の人気はうなぎ登りなわけだ。

 皇太子はすでに三十を越えているし、まだ弱冠二十歳になったばかりのクリストフ殿下が皇太子になるには色々と難しい面もある。でも、それを望んでいる貴族たちは多いらしい。


 ところで、これは確証のある話じゃないんだけど、公爵家のみんなはとあることを疑っていた。

 つまり、正妃がなかなかご懐妊されなかったのは、側妃がわの何らかの邪魔だてがあったからじゃないか……ってことをだ。

 この世界には、妊娠を阻害する薬なんてものがあるらしい。側妃が生んだ息子が成長し、皇太子になったあとでやっと正妃がご懐妊って、なんか変だしなあ。警戒がゆるんだところで、うまいこと妊娠できた……って考えるのが自然かもしれない。

 皇室のなかに渦巻いているいろんな陰謀やなんかのアレコレなんてシルヴェーヌちゃんの知るところじゃなかったし、証拠もねえし、まあ詳しいこたあわかんねえけど。

 おお、こわっ。想像するだに、こわっっ。


 公爵家としても、ここでだれの後押しをするかは自分の家の今後を占ううえで大きな問題だ。

 幸い、息子のベルトランはこの皇子と気の置けない仲になり、親友としても騎士の同僚としても非常にうまくやっている。三女のアンジェリクは年の頃もちょうどいいし、なにより本人がクリストフ殿下にべた惚れだ。

 このままうまくいけば二人は結婚するかもしれない。

 いや、ぜひともそうさせたいんじゃないかな、うちのパパンとママンは。


 上の姉、テレーズでもいいんだろうけど、殿下より三つ年上ってことで、ちょい難しいみたいだ。この世界では女性の適齢期ってめちゃくちゃ早くに終わるらしい。日本じゃ考えられないことだけどね。いい加減結婚相手を決めないと「()き遅れ」なんて陰口さえ叩かれかねないわけだ。

 日本でそんなことを言った日にゃ、怖いお姉さんがたに袋叩きにされるだろうけどよ。あー怖い。

 はあ、なんかさがるわー。ほんっとにここ、ルッキズムと年齢制限の嵐な。

 なるほど、シルヴェーヌちゃんが生きにくいわけだわ。男の俺だって生きにくいもん。


 食事がひととおり終わってデザートの時間になったところで、俺はまた適当に「今日はもう休ませてもらいます」とかなんとかいって夕餉(ゆうげ)の席を中座した。

 今日のうちに、まだやりたいことがあったからだ。


 シルヴェーヌちゃんは、文章がすらすら読めたのを見てもわかるとおり、実はものすごい勉強家だった。その上、優秀。自国語はもちろん、周囲の小さな王国の言語や文化まで学んでいたし、魔法についての本も相当読み込んでいたみたいだ。これは全部、エマちゃんが教えてくれた。

 16歳になった頃にはもう、家庭教師は定期的にじゃなく、必要なことを教えてほしい時にだけ呼んでいたらしい。体形のこともあって引きこもりがちだったから、残念ながら彼女のこのすばらしい能力を知ってる人は少ないんだけどな。

 少なくとも、まだ家庭教師についてるアンジェリクとは大違いだ。まああっちは、ダンス講師やらピアノ講師やらファッション講師やら、とにかく「女としての教養」みたいなのをギッチギチに詰め込んでるからってのもあるらしいけど。

 もちろん全部、ちょっとでもいい条件の男を捕まえるためだ。どこまでも目的がブレねえのは、ちょっと尊敬。


「うーん。やっぱりネットは欲しいんだよなあ。漁業用の網とかで代用できねえかなー?」


 自分の部屋に戻り、俺はまた羽ペンを手にあれこれ絵をかきつつ考えている。

 あ、ネットって別にインターネットのアレじゃないから。もっと具体的な(ネット)の話ね。

 公爵領は広大だ。だからどこかに野球場にできる土地がないかなと思って。シルヴェーヌちゃん自身もその中にわけてもらった土地を持っているから、そこを少しばかり野球場用に整備できねえかなあ。

 そんで、大事なボールがほいほいなくなるのも困るから、やっぱネットは必須だと思うんだよなー。ゴルフ場みたいにさ。


 と、思ったところでドアをノックする音がした。

 なんだろう。

 俺が「はあい、どなた」と返事をし、エマちゃんが扉を開けると──


「すみません、こんな時間に」

「あれっ。殿下……」


 びっくりした。

 そこに立っていたのは、護衛ふたりをうしろに従えたクリストフ殿下だった。



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