エピローグ 2
「なんか……いまだに信じらんねえ」
「なにがだ?」
部活終わりの帰り道。すでに暗くなった空の下、河川敷の田舎道を、俺はでかいスポーツバッグを担いで皇子と歩いて帰ることが増えた。
学校帰りなんで、ドットはここにはいない。最近じゃ、姉貴にも可愛がられてて俺ん家が気に入ったみたいで、部活からの帰り道には滅多に現れなくなった。
もしかしたらちょっとずつ、皇子の立場を認めてくれるようになった……のかも、しれない。わかんねえけど。
「いくらクリスが入ってくれたからって言っても、まさか本当にここまで来られるとは思ってなかったから。俺も」
「そうだな。そなたの夢に少しでも貢献できたなら、私も嬉しい」
ふわりと笑う目元が、気絶しそうなほどイケメン。くっそう。
そもそも勝てるとは思ってねえけど、逆に俺の命が危ないわあ。
と、ふっと皇子が足を止めた。
「健人」
「ん? なに、皇子」
「……もう皇子じゃないんだからそれはやめてくれ。何度も言ってるだろう」
うん。なんべんも言われてるけど、やっぱりそう呼んじゃうんだよな、つい。
だってこの人、皇子だもん。
学校でも、すでに陰で「クリス王子」とか呼ばれてるもん、女子に。
皇子は気をとりなおすみたいに、口元に拳を当ててちょっと咳ばらいをした。
「……その。楽しみにしているからな」
「は? なにを」
「この国では、先般、成人年齢が十八になったのだとか」
「はあ。そッスね。それが?」
「喜ばしいかぎりだ」
「はあ?」
「だから、楽しみにしている」
「……ふお!?」
いきなり首の後ろに手を回されたと思ったら、目の前にイケメン顔が急接近。
ちゅ、といつもの軽いキスを落とされる。
もう慣れてもいい頃なんだろう。
けど、やっぱ慣れねえ。耳、あつっっ!
「みっ……みみ、道端ですんなよおおお!」
「だれもいない。大声を出すと、逆に見つかるぞ? 私は別に誰に見られても構わぬが」
「俺はめっちゃ構いますうう!」
首にかかっていた手が下ろされて、今度はむぎゅっと恋人つなぎにされる。
うおおお。これも慣れねえ。恥っず。恥ずすぎ!
熱い瞳で見つめられて、心音がさらに跳ねる。
「……受験が終わるまでは我慢する」
「はあ? なにをよ」
「その時を楽しみにしていてくれ。手とり足とり指南する」
「なっ……ななな、なにをよおおおッ!」
やめんかーい。
ひと気のない夜の道だとしても、やめんかーい!
「そっ……そそ、そんなこと、指南してもらわなくったっていいっ!」
「おや? 必要ないのか」
「た……たりめーだろ」
皇子が小首をかしげた。
「おかしいな。『彼女いない歴=年齢の童貞』だと聞いているが」
「こらこらこら! 誰に聞いたんだそんなこと────!!」
ええい、失礼な。
どーせチームメイトのだれかだろーけど。
事実だからって言いふらしていいってこたあねえんだぞ! ったく。
「そなたの『初めて』は私がいただく。……約束だぞ」
「ふぎいいっ」
握った手の甲に、またちゅっとされて全身が沸騰した。
頭くらんくらんする。倒れそう。
ああもう。なんとかして。
こんなアホみたいに浮かれてたら、大事な甲子園に集中できねえ!
俺は責任あるキャプテンなんですってば。
「心配するな。甲子園では大量得点を挙げてやる。……そなたのために」
「ひええ……」
なんか気を失いそうなんですけど。
もうタスケテ。
──でも。
「よ、よろしくお願いしゃッス……」
気が抜けたように言い、ぺこんと頭を垂れた俺の顎に、ひょいと皇子の手がかかる。
そのまま持ち上げられて、目を瞠る。
「クリ──」
言いかけた最後の言葉は、
いつもよりずっとずっと深いキスに吸い込まれてふつりと消えた。
◆
その後、俺たちが甲子園でどんな快進撃を見せることになったか。
そして、俺とクリスのラブラブ生活がどうなったか──
それはまた、別のお話。
完
2022.1.22.Sat.~2022.6.26.Sun.
ここまでのおつきあいをありがとうございました。これにて完結です。
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それでは、いつかまた、どこかで。





