エピローグ 1
《そうですか! とうとう甲子園に……。おめでとうございます。チームメイトのみなさん、さぞかし喜んでらっしゃるでしょうね》
「うん。嬉しさと緊張とで、今は浮かれちゃってわけわかんないみたい。俺も『普段通りにやろうぜ~』『怪我すっから集中しなきゃだぞ~』って、何回言ったかわかんねえ。他のこともめちゃくちゃ忙しくて、もう頭がぐちゃぐちゃ」
《うふふ。でも健人さん、楽しそう》
そう。
実はなんと、いまだに俺とシルヴェーヌちゃんは通信ができてるんだ。大抵は夜、俺の部屋でな。
おかげであっちの様子を教えてもらえて、わりと安心できている。ま、ときどき宗主さまや魔王さまが割り込んでくるのは玉に瑕だけどな。
《魔力の珠》を使えば、前の会議のときみたいに複数での話し合いもできるんだってさ。便利~。これなら皇子も寂しくなくていいよな。
あれから、皇子はあっさりうちの野球部に入部して、短い期間のうちにすぐにチームメイトと仲良くなった。これはきっと、シルヴェーヌちゃんからみんなの事前情報をもらっていたんだと睨んでる。つまりチートみてえなもんだな。
普通、こんな風にぽっと入ってきた奴がスター選手みたいになったら嫉妬されていじめられたりしそうなもんなのに、皇子はとてもうまくやってる。騎士団にいたことがいい経験になってるのかも。まあ、うちのチームメイトがいい奴ばっかなのもあるけどさ。
それでもふつー、色々あるじゃん? アツレキとかなんとかいうのがさー。
でも皇子はチームメイトからの羨望とか嫉妬の眼差しをきれいに往なし、解消しちまったんだ。むしろ積極的に体の使い方とかトレーニングのコツなんかを熱心に教えてくれて、あっという間にみんなの心をつかんじゃった。
今はむしろ、「こいつの方がキャプテンに向いてんじゃねーの?」って思うぐらいだ。でも、不思議といやな気持ちにはならない。
やっぱそこは、この人の人柄なんだろうなーって思う。
で。
皇子は騎士団で鍛え抜いてきた体力と感覚を生かして、素晴らしいバッティングセンスを見せた。それで俺たち弱小野球部は、「得点面ではいまひとつ決定打がない」と思われていたウィークポイントを克服することになったんだ。
急にやってきたこともあって、皇子自身は四番になることを遠慮して辞退した。だけどそれでも、相手のピッチャーをこてんぱんにするには十分だった。ヒットとホームランをガンガンたたき出す、余裕の三割打者だ。
そして週末ごとに行われてきた夏の甲子園に向けた予選で、俺たちはかつてない連戦、連勝を経験することになった。
《では、キャプテンの健人さんは、さぞ大変でしょう》
「ん~。急に応援団が結成されたりして、それにおふくろや姉貴まで参加するとか言い出して、正直、毎日目が回る。でも、嬉しいのはほんとだよ。やりがいもある。皇子がいい感じにフォローしてくれるから、そんなに苦労してないし」
《そうなのですね。さすがは殿下。なによりですわ》
「だけど、それもこれも、こっちで『俺』をちゃんとやってくれてたシルヴェーヌちゃんのおかげだよ。ほんと、ありがと!」
《いえ、そんな》
シルちゃんはちょっとはにかんだみたいだ。相変わらず謙虚ないい子。
「そっちはどう? ええと……皇子の残り半分はどーしてんの。エマちゃんやベル兄は? 元気?」
《はい。こちらはその後も順調に進んでおりますわ。エマも時々あなたに会いたそうにはしていますが元気です。野球とドレスの事業も順調ですし。騎士団の野球チームがすでに七つ結成されていて、今度親善試合が行われる予定です》
「ふわっ、すげえじゃん! いいないいな、俺も出たかったあ!」
シルちゃんによると、実はベル兄だけはけっこう寂しそうにしてるらしい。皇子との友情はそのままだけど、「あのときのケントの顔は面白かったな」なんて話題を出しても、あっちの皇子の反応がめちゃくちゃ薄いらしくてさ。
「そうか、そんなこともあったかな?」みたいな。
ってか、なんつう話題を出してんだよっ!
まあしょうがねえな。
シルヴェーヌ──ただし中身は俺──に関する記憶や好意的な感情のほとんどは、こっちの皇子がごっそり持って来ちまったわけだし。
ちなみにこっちの皇子は、なぜかこの田舎じゃ誰もが知ってる資産家の親戚筋にあたる人……って設定になっていて、そこの家に世話になってる。
「一族のひとりが国際結婚してできた子」みたいな立ち位置。最近まで家族と一緒に海外で暮らしてて、今回は社会勉強も兼ねて日本に来た、みたいな流れらしい。
こっちの家族親族の記憶やら戸籍やらも、あれこれめっちゃ改竄されてるみてえだ。これまたチートだよなあ、羨ましい。でもまあ、公爵令嬢ですんごい魔法が使えた俺だっていい加減チートだったから文句言えねえ。
いや、ほんと魔法すげえな。あんまりでかい声では言えねえけど。
「ところで、シルちゃん自身はどうなの? ウルちゃんと魔力を分ける《魔力分けの儀》、どーなった? 体調とか、おかしくねーの」
《ご心配くださってありがとうございます。幸い、なんの問題もなくやっておりますわ。ウルララア様ともお話しする機会を頂いて、意気投合してしまいました》
「おっ。そーなの? いい子……ってか、いい人でしょ? ウルちゃん」
《はい。謙虚で聡明な方ですわね。魔族だからと、勝手に色メガネで見るものではないんだなと、色々と反省しているところですわ》
「おお。そう思えるところが、やっぱりさすがはシルちゃんだよ~」
《い、いえ。そんな……》
あ、そうそう。
側妃がわの貴族派の連中についても、あれから大きな動きがあったそうだ。
魔王が渡してきた「証拠」を詳しく調査した結果、それは事実だということが判明した。証拠っていうのは魔族が使う《魔力の珠》に記録された音声と映像だったらしい。要するに、魔王が送り込んでたスパイが集めた情報な。
そこに、密談をしたり皇后陛下に飲ませる怪しい薬をこっそりと受け渡したりする場面がいろいろ入っていたんだと。うへえ。
トリスタン殿に何かあれば自分たちだって困るはずなのに、それでも彼を攻撃したのは、トリスタン殿がやっぱり皇帝派で、彼ばかりが戦場で手柄を立てすぎていたから……なんだってよ。
なんだそれ。アホですか? アホなんですか??
実は、やつらはトリスタン殿にひどい呪いをかけ、しばらく放置してから自分たちでそれを治して見せるつもりだったらしい。それで手柄を得ようとしたんだって。つまりヤラセだ。
くっそ下らねえと思うけど、結局、権力者ってえのはこっちの世界でもあっちの世界でも基本的に変わんねえんだなって、変に納得した。自分の権益を守るためなら、どんなえげつねえことも平気でやるんだなって。ま、そんな人ばっかじゃねえとは思いたいけど。
側妃は廃妃の処分を下され、その息子たちである皇太子と第二皇子も廃嫡。その一門は貴族の身分を剥奪されて、一連の事件の首謀者は帝国の反逆者として処刑。その他は国外追放になったらしい。
そうして遂に、第三王子だったクリストフが新たな皇太子になった。
あっちはこっちの三倍速く時間が進んでいるから当たり前なんだけど、それにしてもすんげえスピード。
「にゃああ~ん」
と、甘えた声で赤い毛並みのネコ・ドットがやってきたところで、シルちゃんとの通信は終了した。
抱き上げてベッドに戻ると、俺の腹の脇あたりで丸くなり、すぐに眠ってしまう。もうすっかり我が家になじんじゃってる。
あれから両親と姉貴にほとんど土下座せんばかりの勢いで頼み込んで、ドットは我が家で飼えることになった。姉貴に関してはドットの正体について知っていたから、むしろこっちを擁護してくれたのも幸いした。ドットは晴れて、うちの家族としての立場を獲得したんだ。いまじゃみんなに可愛がられている。
普通の猫はたいてい家とその周囲にしかいないもんだけど、ドットは特別な猫だった。俺が学校に行くとき以外は、大体俺の肩の上やカバンの中に入ってついてくる。「ペットお断り」な店や病院には行けないけど、本当に今まで通りな感じだった。近所では「リードなしでお散歩できる賢いネコちゃん」として有名だ。
まあ、俺と皇子のわずかなデートタイムを邪魔すんのだけはいただけなかったけどな。
 





