4 悶々と早弁します
次の休み時間。
栗栖・エノマニフィクは案の定、クラスの女子に囲まれていた。それも、盛大に。
まあしょうがない。こんな田舎じゃ、これだけのイケメンが話しかけられる範囲に出現すること自体ないもんな、普通は。
「クリスくん、どこから来たの?」
「お父さんかお母さんが外国のかた?」
「日本語、すっごく上手だね~」
「どのあたりに住んでるの?」
もはや質問攻めだ。
だもんで、俺が話しかける隙はまったくなかった。
栗栖はひたすら品と愛想にあふれた笑みを浮かべて、こんな田舎の女子たちにも丁寧でそつのない対応をしている。「まさしく皇子さまです! これぞ掛け値なしのロイヤル・スマイル!」みたいな笑顔。ただし本音はまったく見えない。
彼の微笑みと視線を向けられるたび、女の子たちの顔のまわりに文字通りお花畑が広がってる。
対する男子連中は、そんな様子を不満と羨望のいりまじった目で遠巻きに観察している感じ。
うん、気持ちはわかる。わかるけど今の俺はそれどころじゃなかった。
(くっそう。どうすりゃいい……?)
ホームルームで俺に野球部の入部希望書を手渡したあと、栗栖はすぐに指示された自分の席に行っちゃった。だもんで、それ以上の会話はまったくできなかった。
栗栖の席は俺のとこからだいぶ離れてたし、休み時間はこのとおり女の子による囲い込みがすげえしで、ちょっと声を掛けるってわけにもいかなかった。
(それにしても──)
こうして見ると、どこからどう見ても帝国の第三皇子クリストフ殿下だ。
品のいい端正な横顔。鍛えた人に特有の姿勢のよさと締まった体つき。それは俺があっちで見ていたクリストフ殿下そのものだった。
(でも、本当にそうなのか?)
他人の空似ってのもあるし、この世には実は自分にそっくりな人が三人いるなんて話も聞くもんな。たまたま、生き写しの他人っていうセンも──いやいや、さすがにそれはねえか。だってご丁寧に名前まで一緒だしなあ。ちょい短くなってるけど。
だけど、それじゃあどうやってここまで来たんだ?
帝国はどーなったんだ??
魔王さまとの関係は……???
ああっ、気になるう!
悶々としているうちに、気がついたら午前の授業は終わって昼休みになっていた。
女の子たちはまたもやうきうきと栗栖を取り囲み、頬を赤らめ、しなを作ってきゃっきゃうふふと騒いでいる。
「クリスくんはお昼どうするの?」
「学食にいく? それともパン?」
「買いにいくなら一緒に購買にいこっ? 案内するよ~」
普段、気にいらない男子のことはゴキブリでも見るような目を向けてる子までこんな調子だ。とても同じ子だとは思えねえ。げー。
そういうことを抜きにしても、なんか「ぬーん」て感じで不愉快だ。くっそう。
ま、とにかくこりゃダメだ。
俺が入りこむ隙なんて、髪の毛一本ぶんすらねえわ。
頭をガシャガシャかき回し、肩を落として立ち上がる。その拍子に、つい盛大にため息が出た。
ポケットに両手をつっこみ、背中を丸めて購買に向かう。昼メシを買わねえと、この時間に食うもんがねえし。
え? おふくろが作った弁当はどうしたのかって?
そんなもんは午前中で完食してるじゃん、ふつー。
どんなに悶々としてたって、きっちり食うもんは食うのが育ちざかりの男子ってもんでしょーがよ。
ぼーっとした頭で廊下を歩きつつ、胸ポケットに入ってる紙の感触を上から確かめた。確かに入ってる。
(食ったらこれ、顧問に渡しにいかなきゃだな~)
と、考えたときだった。
「うんっ!?」
カメラがグインと振られたみたいに、視界が突然、横滑りした。
「はええ!?」
次にはもう、薄暗い空き教室のひとつに引きずりこまれている自分を発見する。腕をつかまれて引っ張りこまれたらしい。
そして目の前に、俺の大好きな、そしてもはやたまらなく懐かしいブルーの瞳。
「くっ……クククク、クリスっ!?」
「しーっ。大きな声を出さないでくれ。やっとあの子たちを撒いてきたんだ」
唇の前に指を当てているのは、紛れもなくその人だった。
「ってお前、やっぱクリスなの!? マジ本物?」
「そうだとも」
「うひっ!?」
思わず胸倉をつかんだ俺の手を、上から優しく包み込まれた。
ドキーンと心臓が一回鳴って、拍動を止める。
「この顔を見れば一目瞭然だろう? もう見忘れたなんて言わないでくれよ。まあ環境に合わせて、多少若返った姿にはしてもらったがな」
「なっ……なななな」
頭がまったく追いつかねえ。
「してもらった」って誰にだよ。どうやってだよ!
「会いたかった……ケント」
ちょっと悲しそうな、でも嬉しそうな瞳が俺をまっすぐに見つめてくる。しかも至近距離で。
止まってた心臓が動きだし、バクンとさらに一段加速した。
どくどく、どくどく。
ああもう、俺の心臓うっせえわ!





