10 そして、最後の通信です
場はしばらく静まっていたけど、遂に宗主さまが口を開いた。
《その証拠を、こちらにご提供いただけるとおっしゃるのですか。まことに? 本当にお約束いただけるのですね?》
「だからそうだと言っている。ただし条件はあるぞ」
《それはいかような》
「当然でしょうね」という顔で宗主さまが聞き返す。なんか「スーン」みたいな感じ。真顔なんだけど結構おもしろいな、この人。
「そなた、先ほど《魂替えの儀》と《魔力分けの儀》の術式の精査をさせよと申したではないか。それを回避させてほしいと言うのよ。申した通り、あれは我らの秘中の秘。おいそれとそなたらに開陳はできぬ」
《しかし……それでは》
「あのなあ」
魔王はここぞとばかり、大きな溜め息をついた。本当にめんどくさそうに。
そして顎でぐいっと俺を示した。
「こう申してはなんだが。シルヴェーヌ──いや、ケントか? こやつには我らも大いに恩義を感じておるのだぞ」
《……はあ》
「この者は、わが娘の寿命を延ばし、魔獣の群れによる侵攻を食い止めて多くの民の命を救ってくれた。ほかにも、病や傷を癒してもらい、救われた民や将兵が大勢いる。大事な家畜を治してもらった民もだ」
《そうなのですか、ケントさま》
「えっ。あ……は、はい」
宗主さまから急にふられて、俺は慌ててこくこくうなずいた。短期間ではあったけど、そういう実績を積んできたのは事実だ。
「そなたらが魔族の我らをどう思おうと、我らにも恩人に対して感謝を覚え、恩に報いたいという心意気ぐらいはあるのだ。見くびってもらっては困る」
「え、あの……魔王さま」
「『信用しろ』と申すのだ」
その爬虫類みたいな虹彩をうかべた瞳が、ひたと俺を見つめてきた。
「確かに、余が帝国に義理立てする筋合いはない。約束を守る義理もない。……だが、他ならぬそなたに対しては理由がある。そなたは我らの恩人だからだ。間違いなくな」
「ま、魔王さま……」
「そなたを泣かせるような真似はせぬ。そなたがあちらに帰ってからのこともだ。もし裏切りでもすれば、余は国中からつるし上げられ、鼻つまみ者になるしかないしな。だから信用しろと言っている。……そちらの面々もだぞ」
言ってじろりと帝国のみんなを睨む。
陛下も宗主さまも、皇后陛下もベル兄も困ったみたいな顔になってお互いに目を見かわしている。それから、お互いにうなずき合うのが見えた。
そして、最後にとうとう陛下が言った。
《……納得いたしました。そういうことでしたら、この件、承服いたしましょう。魔王陛下をご信用申し上げる。どうぞそちらのおっしゃる通りに。諸々、よろしくお願いいたします》
「ああ、任せよ」
ニヤリと最後に魔王が笑って、この会談は終了した。
◆
その夜。
だいぶ遅くなってから、皇子が《魔力の珠》で通信してきた。
すぐに連絡があるかもと思ってこっちは待ち構えていたんだけど、結局ものすごーく遅くなった。すっかり真夜中だ。
ドットなんてとっくに眠り込んじゃって、俺のベッドにいつものようにもぐりこんだまま、もうぴくりとも動かない。
俺は《魔力の珠》を抱きしめるみたいにして、寝床でじっと待っていた。
《ケント……》
「え、皇子? あの、大丈夫ッスか……?」
皇子の第一声は、ものすごく疲れた人のそれだった。
あれこれと準備に追われていた魔王やウルちゃんは忙しそうだったけど、実は俺自身は特にすることもなくて暇だったんだけどな。
でも、あっちはさぞかし大変だったんだろう。きっと皇子は「自分もあちらの世界へ行く」って最後まで頑張ったに違いない。それをまた、陛下や皇后さまや、宗主さまやベル兄にめっちゃ怒られて止められたんだろうし。
なんだか目に見えるわ。
《ともあれ、まずは他のみなと話をしてくれ。ここに呼んであるのでな》
「えっ?」
《シルヴェー……いや、ケント!》
「あ。ベル兄?」
《シルヴェ……いやいや、ケント?》
《シル……ではありませんわね、ケント??》
おお、パパンだ。ママンもいる。
今回はじめて俺の正体を知らされたパパンとママン、ほぼ「ケント」のうしろに「?」をくっつけてるのちょっとおかしいな。
そして。
《ケント様っ……!》
「あっ。エマちゃんっ!」
俺はがばっと跳ね起きた。
あれからずっと会えなくて、彼女のことは気になってたんだ。
パパンとママンは、実は娘じゃなかった俺のことを当然のように許してくれて、「あちらへ戻っても元気で。これまでありがとう」と言ってくれた。
ベル兄はちょっと寂しそうだった。
《お前が教えてくれたヤキュウ、すごく気に入った。こっちでも引き続き、みんなと楽しんでいきたいと思ってる。本当にありがとうな》
「ん……こっちこそいろいろありがと。ベル兄……」
胸が熱くなる。
俺がこっちでやってきたこと、ムダじゃなかったかな。だったらいいな。
ベル兄は最後はめっちゃさわやかに「じゃ、エマに替わるぞ」と言って後ろにさがったようだった。
「エマちゃん、聞こえてる……?」
《はいいっ……》
顔こそ見えなかったけど、彼女はすでに大泣きしてるみたいだった。
俺の胸はぎゅっと苦しくなった。最後に顔も見られないだなんて、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
《本当に本当に、ありがとうございました……! ケント様には、何とお礼を申し上げたらいいかわかりません。父の仕事も軌道にのってきて、みんな仕事をもらえて本当に喜んでるんです……うううっ》
「ううっ。泣かないでよ……」
そんなに泣かれたら、俺までもらい泣きしちゃいそう。実はもうすでにだいぶ危ない。
《すみませんっ……。でも、でもあたし……もっともっと、ケント様と一緒にいられると……恩返しができると思ってて。なのに……っ》
しゃくりあげる声と、それを宥めてるらしいマグニフィーク家のみなさんの声が聞こえる。
「俺もいっぱいありがと。異世界にきて、最初は右も左もわかんなかったけど、エマちゃんがいてくれて本当に助かったんだ。パパのことも紹介してくれて、すっげえイイ感じの野球用品まで作ってもらって……そんで、みんなで野球もできた。全部エマちゃんのおかげじゃん。俺の方こそ、本当にありがとう」
《ケント様……っ》
しゃくりあげる声がいっそう大きくなった。
 





