9 呪いについて検討します
《お待ちください。それは明らかに内政干渉と申すものでは》
あ、そうそう。それそれ! さすが皇帝陛下。
「内政干渉」ね、そーだったそーだった。
って感心してる場合じゃねーわ。
「確かに、本来ならば余が口出しすることではないのだがな。大きなお世話であろうことは百も承知よ」
《でしたら──》
「ただ隣国の王として、次期皇帝があまりにも暗愚では、色々とやきもきするではないか。国主であれば、そのあたりの機微はおわかりであろう?」
「いや……あのさあ」
まあ、言いたいことはわかる。
話に聞いてるだけでも、今の皇太子も第二皇子も相当なアホのぼんぼんらしいもんなあ。俺の耳には直接入ってこないだけで、ほかにもかなりヤバいことやってたみたいだし。それで泣いている庶民の人は、俺が思ってるよりはるかに多いんだろう。
俺がそう言ったら、魔王は「その通りだ」と楽しげにニッと笑った。
「交渉相手として、あまり優秀なのも正直困るが。だからといって、非常な暗愚もまた困るのよ。自分個人、あるいは己が一族の私利私欲しか見えぬ輩が皇帝になった日には、こちらにもどんな悪影響が及ぶやもしれぬ。突発的になにをやらかすかも読めぬ、その場その場の目の前の欲望だけでしか動かぬ者──それは要するに子どもであろう。そんな者の相手ほど面倒なことはないからな」
「あ、ああ~……」
うんうん。確かにね。
うんうん、うんうんとあっちのみんなも困った顔でうなずいている。この様子だと、あんまり口には出さなくても、みんな相当困ってたんだなあ。俺自身はその側妃にも、皇太子や第二皇子にも直接会ったことはないわけだけど。いや、会わなくてラッキーだったかも。ほんとに。
「このままでは、いま皇太子であるその暗愚の御仁が皇帝になり、たとえ半分とはいえそなたの恐るべき《癒し》の能力を手にすることになるのだぞ? また、もとに戻った本物のシルヴェーヌ嬢を、そやつがまともに遇するとも思えぬし」
「うっ……。そ、そりゃ困るよ。ダメだよ!」
そのアホ皇太子がシルヴェーヌちゃんの自由を奪ったり、誰かを人質にとったりして思うように動かそうとしたりしたら大変じゃん。それはぜってー許せねえじゃん!
「であろうが。もろもろ考え合わせれば、隣国としては戦々恐々とせざるを得ぬわ。枕を高くして眠れぬとはこのことよ」
《……なるほど。おっしゃることは確かに》
皇帝陛下、「半分笑って、半分困って」みたいな複雑な顔でうなずいている。陛下も我が子のことながら、相当ダメな息子たちのことで実はずっと頭を痛めてたのかもなあ。
他の人たちも、微妙な苦笑を浮かべて困った顔だ。一応、陛下の御子たちのことではあるんで、あからさまに「そうそう、その通り」「あれらはまことに暗愚で困る」とかなんとかは言えねえんだよな。ほんと微妙。てか気の毒。
でもまあ、これはうなずくしかないわなあ。
「聞けばそちらは、このところずっとそちら正妃の側と側妃の一派とで相争ってきたというではないか。つまりは皇帝派と貴族派との争いだな。皇后は、側妃側からの様々な謀略によって一時は命も危うかったのであろう?」
「え? 魔王さま、そんなことまで知ってるんスか」
魔王はニヤリと笑って流しただけで、「否」とも「応」とも言わなかった。
でも、もう俺だって知っている。両国はお互いにいわゆるスパイを相手の国にもぐりこませて、様々な諜報活動を行わせている。皇宮の中で起こるいろんな細かい事件についても、魔王は多くのことを手に取るように知ってる可能性があるわけだ。
「ケントは知っているのではないのか? 以前、皇后がひどい呪いで死にかけていたとき。そして例の聖騎士トリスタンも北壁で呪いを受けて、生死のはざまを彷徨ったとき。どちらもそなたが癒したそうだが」
「あ、はい」
「よく思い出してみよ。双方の呪いの様子、色や臭いや雰囲気に、似通ったものがあったのではなかったか?」
「えええっ。どうしてそれを──」
俺と一緒に、ほかのみんなも愕然とする。
「魔王さまの言うとおりッスよ。レベルは違ってたけど、確かにあのふたつの《呪い》には共通点がありました」
「ふむ。もう少し詳しく教えてくれぬか」
「はい。皇后陛下にもトリスタン殿の体にも、黒いヘビみたいな気持ち悪いイメージのねばねばした靄が、びっちりと巻き付いてました……。黒ヘビたちは吐きそうになるほど、気色が悪くてどす黒い『悪意』を噴き出してました」
「うむ。であろうな」
魔王は「得たり」とばかりにうなずいて宗主さまを見た。宗主さまも驚いた目をして蒼白な顔になっている。
「そこまで似ているのだとすれば、術者は同一人物、あるいは同門の魔導士だと見るべきだろう。……だが、そなたらの手にその決定的な証拠はまだない。ゆえに、予測はしつつもいまだに糾弾まではできずにいる。ちがうか?」
「…………」
陛下と皇后陛下が青ざめて黙り込んでいる。ってことはその通りってことなんだろうな。
「そこで素敵な提案がある。それを打破する重要証拠が、わが手にあると申したら?」
「えええっ?」
それ、いったいどういう意味なんだ。
ま、まさか。
「その動かぬ証拠さえあるならば、そちらの皇宮でのさばる反皇帝派、暗躍する側妃側の者どもの足元をすくい一網打尽にする、格好の決定打になるとは思わぬか」
《な、なんですと──》
皇帝陛下はさすがに沈黙していたけど、パパンが呻いた。
みんなが驚愕している。
そんな証拠がマジであるのか。
(あ……そういえば)
ハタと気が付いた。
魔王は「プライベートタイムだ」とかなんとか言ったけど、よく考えたらいまここには、皇帝派の面々しかいないんだよ! さっきまでなら貴族派の連中、側妃に近い重臣もいたんだけどさ。
(うおお、魔王。そういうことかあ!)
やってくれたぜ。
なんかもう、胸アツな!





