3 ついに交渉が始まります
(え、マジ? これほんとマジ???)
三日後。
俺は完全に呆けた顔をして、魔王城、御前会議の間にいた。
広い室内にでかい円卓が置かれていて、上座に当たる場所には当然って顔をした魔王が座っている。それを囲むようにして居並んでいるのはその重臣たち。これまた、いろんな種族と体の大きさのがそろってる。
俺はドットを抱いて魔王のすぐ隣に座っていた。ウルちゃんはその反対どなりだ。
円卓は、真ん中が空洞になった楕円形のデザインだ。その内側に、でかい《魔力の珠》が据えられていた。
そうだ。ちょうど、魔塔で宗主さまに見せられたみたいな大きさの珠。これってこの世界にいったい何個ぐらいあるんだろ。
それにしても。
(いやもう、展開が早すぎっしょ……)
俺はまだ半信半疑で、隣の魔王の横顔をちらちらうかがってしまう。
そうなんだ。
これからここで、魔族と帝国の会談が開かれようとしているんだよ。つまり、和平交渉ってやつね。
魔王からの打診に、帝国側はすぐに反応してくれたらしい。事前の調整なんかもすんごくスピーディーに進んで、俺が驚いているうちに、あっという間にこの席が設けられてしまった。
緊張しすぎて自分の心臓の音しか聞こえねえ。背中にじっとり汗をかいている。時間は早いような遅いような、変な気分だった。とかなんとか考えているうちに、約束の時間がどんどん近づいてくる。
やがて、内務大臣ポジションにあたる椅子に座っていた中年の魔族が言った。
「そろそろ刻限にございまする。皆様ご用意はよろしゅうございますかな」
本来は普段、魔族語を使っているはずの人たちなんだろうけど、ここでは帝国語で話してくれている。俺と帝国側の人たちにヒアリングと発音ができないからだ。そんなところまで気を使ってくれてるのが、なんだか申し訳ない気持ち。
ドットはとても大人しくて、俺の膝の上で機嫌よく座ってくれている。
場のみんなが居住まいを正し、静まり返ると、中央の巨大な《魔力の珠》が輝きはじめた。
「あ……」
光の中に、見覚えのある人たちの姿が浮かび上がる。
今回は音声だけじゃなく、お互いの姿も見える状態で話し合うことが決まっているんだ。
中央に皇帝陛下。その脇に皇后陛下とグウェナエル宗主さま。その隣に皇太子が並び、トリスタン殿がいて、さらに大臣たち。みんな正装をしている。
そして──
(クリス! パパン、ママン、ベル兄……!)
そうだった。皇帝陛下は俺のために、俺の家族までこの場に呼んでくれていたらしい。まあ、全員じゃないけどな。そりゃそうだろう。
ひさしぶりに見られた懐かしい顔に、思わず目もとがあやしくなる。気がついたらもう腰を浮かせていた俺だったけど、ウルちゃんがそっと「ケントさん」と制してくれて、慌てて席に座りなおした。
そうだ。落ち着け。慌てたっていいことないんだ。わかってんだろ。
そのタイミングで、魔王がまず口を開いた。
「無事につながったようだな。まずはお集まりの帝国の面々にご挨拶を申し上げる。魔王、〇※△××※※である」
おおう。やっぱり聞き取れねえ~!
俺なんかにゃ、死んでも再現できねえ名前だわー。
《〇※△××※※魔王陛下。お初にお目に掛かる》
陛下もエノマニフィク帝国の皇帝としての挨拶を返す。さすがに堂々としたもんだ。
てかすげえな! それ発音できるんだ。
ってそんなことに感心してる場合じゃねえわ。
そこからしばらくは身分の順番にお互いの紹介をやっていく。まあ定石どおり。
もちろん俺は紹介されない。あっちは知ってて当然だからな。
そして。
《第三皇子、クリストフです。以後よろしくお願いいたします》
(クリス……!)
映し出された皇子の顔は、ずいぶんやつれて見えた。明らかに痩せてるし、顔色もよくない。たぶん俺の気のせいじゃないと思う。その目は最初から、ひたすら俺だけを見つめている。
あ、ときどきすんごい目で魔王のことは睨んでるけどな。
(クリス……)
目だけでわかりあえることがあるなんて、これまでの俺は知らなかった。
「心配してたぞ」とか「大丈夫か」とか。「本当に体も心も傷ついてはいないか」とか。皇子がこの期間、どんなに俺のことを心配し続けてくれていたかがはっきりわかる。そんだけでもう俺、胸がいっぱいになって鼻の奥がツンとしてくる。
うん。大丈夫だよ。
俺、こっちでそれなりにやってっから。あんたと違って拷問なんかもされてねえし、毎日うまいもん食ってドットと遊んで、あったかいベッドで眠って。あちこちで《癒し》の仕事はしてるけど、こき使われてるってほどじゃねえし、じゅうぶん楽しい範囲だし。
って、こう言うとなんか申し訳ない気持ちになるなあ。俺ばっかぬるま湯生活してて、本当に申し訳ない。
とにかく俺も一生懸命、目だけでそんなメッセージを皇子に送った。皇子はそれをちゃんと受け取ってくれたらしい。ほんの少しだけほっとしたような様子になり、軽く微笑んでくれている。
そこには間違いなく「待っていてくれよ。必ず救い出す」という意思が感じられた。
 





