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高校球児、公爵令嬢になる。  作者: つづれ しういち
第十章 問題解決に向けて突っ走ります
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15 心の中は大混乱です


 部屋に戻ったら、とつぜん赤いボールが飛んできた。


「のわあああっ!?」

「きゅんきゅん、きゅるる~ん!」

「って……ドット!?」


 いつもの習慣でつい受け止めちゃってから、ふと気づく。

 なんかこの子、もとのサイズに戻ってるぞ? どゆこと???


「どうしたんだよ、ドット。また小さくなっちゃったの? なんか魔力に問題でもあった?」

「きゅるるうん……」


 潤んだペリドットの瞳で見つめられて、いろいろ合点(がてん)がいく。背後に立っていたウルちゃんも、そっと苦笑したみたいだった。


「あれから、あまりケント様に構っていただけなかったですものね。可愛らしいそちらの姿のほうが、都合がいいと判断したのかもしれませんわ」

「え、そーなの? ドット」


 腕の中のドットを見下ろしたら「え? しらないよ~ん」みたいな顔ですっとぼけてる。まったくこの子はよー。

 でも、なんかホッとした。

 色々考えることが多いもんな、こっちへ来てから。

 この子の存在にどんなに救われてるかわかんねえわ。


「そっかあ。あの、ウルちゃん。この子、この格好(カッコ)しててなんか問題とかはないんスかね?」

「特にはないかと存じます。そばにケント様がおられるなら、魔力(マナ)の不足や多すぎる問題などにも対応可能でしょうし」

「なるほど。ノープロブレムね? ならいいや。ミニサイズのドット、かわいいもんなっ」

「きゅうきゅう、きゅるるんっ!」


 ドット、小さな翼をばたつかせて俺の頭の周りをくるくる飛んでおおはしゃぎだ。ははっ、可愛い。


「大きくなろうと思えば、またすぐに元の大きさになれるはずです。ケント様がお命じになれば、なんなりと(こた)えてくれることでしょう。この子はもう完全にあなた様のものなのですから」

「そっか。ありがとう」

「ですが……その」


 ウルちゃんはそこでまた、とても言いにくそうにしばらく逡巡した。


「なに? ウルちゃん」

「あの……。本当によろしいのですか? ケント様」


 あ、いま気づいたけど。いつのまにかこの人、俺を普通に「ケント」呼びしてるなあ。まあ、ほかに聞いてる人がいねえからだろうけどさ。


「いいって、なにが?」

「ですから。そのようにあなた様に懐いてしまっている竜を置いて……もとの異世界へお戻りになることですわ」

「…………」


 途端、ぎゅうっと胸に痛みが走った。


「竜だけではありませんわね。(くだん)のクリストフ皇子殿下をはじめとする、あなた様を愛する多くの人々。かれらをここへ置いて元の世界へお戻りになる。本当にそれでよろしいんですの? ケント様」


 さすがはウルちゃん。まっすぐ核心を突いてくるよな。

「へ……へへっ」

 俺はなんとか笑おうとした。でも多分、それは半分泣いたみたいな顔にすぎなかっただろう。なっさけねえけど、きっとそうだ。

「いい……も、わるい、も……ねえでしょ?」

 声までカッコ悪くかすれている。

「俺はもともと、あっちの人間なんだよ。異世界の、ニホンてとこに住んでる高校生の男子なんだ。そしてこの体は……帝国の公女、シルヴェーヌちゃんのもんだ。俺があれこれ勝手にしていいもんじゃねえ。そんなの、わかりきってることでしょ」

「……そうかもしれません。でも──」

「ウルちゃん!」


 遮るように叫んだ俺の声に、ウルちゃんは声を飲んだ。

 長身を針みたいに強張らせて立ちすくみ、俺を見下ろしている。


「……ごめん、大きな声だして。わかってるんだよ。俺だって、わかってる」

「…………」

「でも……やっぱ、ダメだと思う。シルヴェーヌちゃんには、ちゃんと自分の家に帰らせてあげてえし。ちゃんと家族に会わせてあげてえ。俺だって、残して来た家族に会いてえし。俺が──俺ひとりが、どんなに……この世界の人たちのことが大好きだったとしても。すっごくすっごく、好きになっちゃってるとしても。そんなの、関係ねえことだ」

「ケント様……」


 ウルちゃんは自分の両手を絞るみたいに握り合わせて、しばらく立ち尽くした。

 部屋には沈黙がおりた。

 ドットだけが不思議そうに「どうしたの?」という顔で、俺の腕におさまってキョロキョロしている。


「……申し訳ありません、ケント様。わたくしごときが、余計な詮索をいたしましたわ」

「ううん。そんなことねえよ」

「いいえ。どうか、お許しくださいませ。これからのことは、是非あちらの皇子殿下やシルヴェーヌ様ご本人ともよくよくご相談の上でお決めくださいませ」

「……ん。ありがと、ウルちゃん」

「では、これにて失礼をいたします」

「あ、うん」


 ウルちゃんが深々とお辞儀をしてから退室していって、俺はしばらくそのままドットを抱いて立ち尽くしていた。それからぼふんとベッドにつっぷした。

 腰のバッグから《魔力の珠》をとりだしてじーっと見つめる。


(はあ……。いったいどうしろっつうんだよ)


 胸がこんなに痛いのは、がっつり図星を指されたからだ。

 そうだ。

 俺はこの世界がいつのまにか大好きになっちまってる。

 ドットのことも、ベル兄のことも。エマちゃんやパパンやママン、皇帝陛下に皇后陛下。騎士団のみんなや、職人のみんな。

 みんなみんな、大好きだ。

 それから。


(……クリス)


 枕に顔をおしつける。

 そうでないと、みっともない声が出そうだったからだ。

 でも我慢する。これだってみんな、きっと魔王は聞いているにちがいねえしな。


(クリス……クリス)


 クリストフ。

 帝国の第三皇子殿下。

 自分の身分も、俺の正体もどうでもいいから、それでも俺を愛するって、真っすぐに言ってくれた人。


 俺、どうしたらいいんだ。

 俺は男で、あんたも男だ。

 でも俺……もう、ダメかもしんねえ。


 だって俺、こんなにつらくなっちまってるから。

 あんたと永遠にお別れしなきゃなんないって想像するだけで、この胸がもうこんなに、張り裂けそうに痛むようになっちまっているからだ……。


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