14 魔王にご褒美をおねだりします
さて、その夜。
魔都の自室に戻った俺は、浴室で侍女やメイドちゃんたちに体を洗って貰いつつ、今にも寝落ちしそうになっていた。
うっかりしてると、ついこくりこくりと船をこぎだしている。
(うう、疲れた……)
いやもうマジで。
俺が抱いて帰ってきたのは魔族の赤ん坊二人だけだったけど、もうギャン泣きされちゃってさあ。何やっても泣くし、お腹がすいてるみたいだけど、あんな戦場じゃすぐにミルクとかは準備できなかったし。
俺の軍服は赤ん坊たちの涙とヨダレでぐっちょぐちょになった。抱かれるのをいやがってエビぞりになられ、かわいい足でさんざんゲシゲシ蹴られたしな。
はあ。赤ん坊育ててるお父さんやお母さんってほんとえらいわー。超尊敬するわー。
その夜はそのまま死んだように寝て、その翌朝。
「ご苦労だったな、ケント。あらためて此度のこと、礼を言うぞ」
魔王は俺を応接室みたいなところに呼びつけて、まずそう言った。
見た目は一応、まだ中学生ぐらいの状態を保っている。
「……いや。殺すのイヤだったから、勝手にやったことなんで──」
もちろん魔王のそばにはウルちゃんが立っている。なんとなく満足そうな微笑みを浮かべているのは見間違いじゃなさそうだった。
ウルちゃんの他には誰もいない。人払いがしてあるんだろう。
その後、魔族の赤ん坊たちは、身寄りのある子はそっちへ返し──返された人たち、喜びながらもかなりビミョーな顔だったけど──身寄りのない子は国営の保護施設で預かることになった。
「心配いらぬ。その赤子たちにも、きちんと養育してくれる家を探させるゆえ」
「そっスか。よかったあ……」
ひとまずホッとする。
魔獣たちはそれぞれ、ちゃんと養ってくれるところへつれていかれるそうだ。そこで大事に育てて訓練し、いずれは農業や軍事に利用されることになるんだろう。
軍事に……ってのは個人的にモヤモヤするけどな。だってこの場合、想定されてる敵国って帝国なんだろうし。
ああ、俺なにやってんだろ。
こりゃ「敵に塩を送る」ってレベルじゃねえよ。帝国の裏切り者って思われちゃったらどうしよう。あっちに戻れても死刑になったんじゃ意味がねえっつの。
なんか、ついあと先考えずに行動するこの癖、なんとかしねえとだよなー。
シルヴェーヌちゃんにめちゃくちゃ迷惑かけちゃいそうで、頭が痛いわ。どうしたもんだか。
「さて。というわけで、そなたには何か褒美を与えねばと思っているが」
「……はひ?」
え、なに? 俺の耳がおかしくなったのかな。
なんか「褒美」とか聞こえたけど。
変な顔をして沈黙してたら、魔王はあからさまに不機嫌な顔になった。
「そなたの耳に異常があるわけではない。余をなんだと思ってるんだ」
え? じゃあ俺の聞き間違いじゃないのか。
「魔族には、他人への感謝の気持ちもないとでも思っているのか? それとも余を、よき働きをした配下にふさわしい褒美も与えぬような、下衆で狭量な魔王だとでも思うのか」
「いっ、いえいえいえー!」
ブンブン首を横に振る。もげそうなぐらい。
そんな、滅相もないっス。
「希望があるならさっさと申せ。余もさほど暇な身ではないのでな」
こいつ、いかにもめんどくさそうだ。
ってあんたが言い出したんだろーがよ。
「あ、ああ……えっとえっと」
そんなん、急に言われても。
(けど……)
俺の本当の望みは、最初から何も変わってねえ。
この魔王はすでに俺の正体も事情も知ってるって言ってるんだし、遠慮する必要は……どこにもねえよな。たぶん。
ええい、もういい。ダメもとだ!
「あのー。無理だったらいいんスけど」
そろりと手を挙げて発言したら、魔王がぴくり、と片眉をはねあげた。
「無礼なことを申すな。いいから何でも申してみよ」
「あ、はい。ええっと……」
──俺、もとの世界に戻りたいっス。
「え……」
ウルちゃんが思わずって感じで驚きの声を漏らした。
俺、ついへらへらと後頭部を掻く。
「や、無理ならいいんスよわかってますから。そんなのめっちゃ無理ゲーだってことはねっ。ただその、ちょっと言ってみたかっただけなんで──」
「……ふむ。わかった。検討する」
「は?」
なに?
今度こそ俺の耳の故障?
魔王は顎に手を当てて、ほんのわずかだけ考える顔になった。
やっぱイケメンだわーこの子。って実年齢はジジイだけども。
「ともあれ即答はできかねる。しばし待て」
「え、あのあのあの」
オロオロしてる俺を尻目に、魔王は「下がれ」とばかりに手を振った。
そのままウルちゃんに促されて外へ出る。
呆然として目が点になったままの俺を、ウルちゃんがなんともいえない目で見おろしてきた。
「……驚きましたわ、正直申しまして」
「えっ?」
「父が、魔王軍に来て何ほども経っていないかたに、あそこまでおっしゃるのを初めて聞きました。こんなことは初めてかもしれません」
「そうなの?」
「ええ」とウルちゃんが目を細めた。「父は元来、もっと用心深い質ですので。いくら功績があったとは申しましても、あそこまで望みを聞いてくださることは滅多にない人なのですよ」
「へ、へー……」
ふむ。
これはいい傾向なんだろうか。
ちょっと期待しても……いいのかな??
いや、あんまり期待すんのはやめとこう。ダメだったときのダメージ、ハンパねえもんな、絶対。
「ところでさ。ウルちゃんも知ってたの?」
「はい?」
「その……俺が本物のシルヴェーヌじゃないってこと」
「はい」
かなり意を決して質問したのに、ウルちゃん、結構あっさりうなずいた。
ひょえー。マジかー。
「わたくしも、父とともに帝国の第三皇子とあなた様の連絡は聞かせていただいておりましたので」
「え……えっと、えっと──」
「皇子殿下はあなた様にぞっこんでいらっしゃるのですね。納得でございます。あのように素敵な恋人がおられて、大変うらやましゅうございますわ」
「ヒエッ……!」
なにそれ、恥っっず!
プライバシーの侵害じゃん? 犯罪じゃん!?
ってもここ、日本じゃなかったわ。あああ~っ。
羞恥心で昇天しそうな俺を見つめて、ウルちゃんはどこまでも機嫌よく、にこにこしつづけるばかりだった。





