3 謎を調査してみましょう
「ん~。どうしたもんかねえ」
俺は自分の部屋で、書きもの机を前にずっと唸っている。
右手には羽ペン。
目の前にはメモ用に準備した紙が数枚。
そしてそれを囲むようにして、エマちゃんに頼んで公爵家の図書室から持ってきてもらった各種魔法に関する本が山と積まれている。
「図書室」とは言ったけど、俺の感覚でいったらめっちゃでかい図書館ぐらいの規模だ。皇室の図書館はもっとでかいらしいけど、さっすが上級貴族。
この世界でのシルヴェーヌちゃんとしての行動目的は一応決まったけど、自分としてのそれをどうやっていくかはまだ模索中だ。
あ、本を読んでるからって体を動かしてないわけじゃないんだぜ?
なるべく立ったり歩いたりして読むようにしているし、一応ペンを持ってない手に腕用のダンベルを持って、動かしつつやってるしな。
少し軽めのやつを、じわ~っと上げてじわ~っと下げる。呼吸は止めない。これを繰り返す。ひょいひょいと速く上げると怪我することがあるし、この方が筋力はつく。
え? なんでダンベルなんかあるのかって?
実はこれは、「これこれこーゆーもんを、なんとか工夫して作ってもらえないかなあ」って、お屋敷の下働きをしてるおっちゃんに頼んで作ってもらったんだ。
「ダンベル」って言ってもこの世界の人には通じないんで、絵とか描いてあれこれ説明したんだよな。
おっちゃんは、要するに学校でいう管理員さんみたいな人だ。これがとっても手先が器用で、使用人のみなさんもいろいろお世話になってる人らしくってさ。建物や馬車の整備はもちろん、庭の手入れやら馬具の補修までなんでもこなすらしい。
あ、もちろんこの人ひとりでお屋敷全部を見てるわけじゃなくて、他にも同じ仕事をしてる人はいるんだぜ?
とっても優しくて、見るからに誠実そうなおっちゃんだ。
でも最初に話を持ち掛けたときは、
『これで何をなさるんで? ……は? お嬢様が体をお鍛えなさる……は? お坊ちゃまではなく???』
って、頭の中が「?」マークまみれになってたみたいだったけどさ。ちょっと面白かった。
で。数日後にできあがってきたのはなかなかいい感じのダンベルだった。
さっすが!
それで調子に乗っちゃった俺は、ついでに「時間のあるときでいいから~!」って、ほかにも色々お願いしちゃった。うへへ。
まあ、できないこともあるみたいなんで、それはちょっと考え中。
というわけで、俺がこの体になってからほぼ一か月。
ちょっとずつ運動量の調整をやって、このところは朝から夕方までうまく運動をはさみつつ回せている。出かけるのも馬車はなるべくつかわないで──って、実はあれってあんまり乗り心地よくないのな──近場は歩いていくようにしてるしな。
ここには体重計ってもんがないんで、どのぐらい減らせてるかはよくわかんないけど、あきらかに体は締まってきてる。少しウエストができてきた気がするし、体重も、全体に軽くなってきているのが感じられる。
鏡を見てもずいぶん顔色がよくなってるし、エマちゃんは毎日にっこにこだ。それで、さらにかいがいしく俺の世話をしまくってくれている。
『素晴らしいですわ、シルヴェーヌ様! ドレスを新調なさってはいかがですか? きっとお似合いになると思いますっ!』
って、嬉しいことを言ってくれてる。
で。
話をもとに戻そう。
いま、俺が何を調べてるかっていうとだな。
要するに、俺がもとの世界に戻れる方法がないかな~ってことだ。
あと、俺がこの体に入っちゃったことで本物のシルヴェーヌちゃんの意識はどこへいっちゃったのかってこととかさ。
あれもこれも、はっきり言ってわかんねえことが多いし。
で、一応この国の魔導書とか魔法に関する本をいろいろ漁ってみることにしたわけだ。
分厚いハードカバーの本は、大抵が金の箔押しなんかのほどこされた美麗なものばかりだ。さすがは公爵家のコレクション。
しゃべるぶんには安直なぐらい簡単なもんだったけど、さて文字は読めるのか? っていうのが実は心配だったんだけど、それはやっぱり取り越し苦労になった。
つまり俺は、文章もすらすら読めちゃったわけだ。
あ、安直ぅ! わかっちゃいたけど、安直う!
多分これは、シルヴェーヌがもともと持っていた記憶や能力をそのまま使わせてもらってるっていうことみたいだな。
もう安直でもなんでもいいわ。めちゃラッキーじゃん。
これで文字やつづりを覚えるとこからやらされるとか、超だりいし。壊滅的な英語の成績記録保持者の俺を舐めんなよ? って話。
本をあれこれとひっくり返し、目次に「体の交換」とか「意識の交換」とかいうキーワードがないかなあと色々さがす。
でも、期待してたような記述はなかった。
「いかがですか、お嬢様。なにかよい情報はみつかりましたか?」
エマちゃんが、本やなんかから離れたところにおやつのケーキとお茶を運んできて俺の手元をそっとのぞく。
「ん~。苦戦中」
俺は紙をわしゃわしゃやって、椅子にふんぞり返った。
なんかもう頭痛がしてきた。
「一応、魔法でそういうことをする方法がないわけじゃないみたいなんだけどなあ。でもそれは高名な魔術師がちゃんとした手順と、場合によっては稀少な触媒を使っておこなう秘術で、そうそうできるもんじゃないみたいだしー」
「……そうなのですか」
「第一、かなりの元手、つまり金もかかるみたいだし! ああ世知辛い! 世知辛いわ~。難しい魔法陣とかも描かなきゃなんないみたいだしさー」
要するに、プロの技なわけだ。
そのプロを雇うのにもかなり金がかかるみたいだし。
「そ、そうなんですね……」
少なくとも俺がシルヴェーヌちゃんとして目を覚ましたとき、周囲にそんな魔法陣はなかった。もちろん魔法のプロもいなかったし。
それに俺にはもうひとつ、とある心配がある。実はかなり最初のほうから、そのことだけは心配だった。
(もしかして本物のシルヴェーヌちゃん、俺になってる……とか、ねえよなあ?)
これだ。これだよ!





