8 ドラゴンはどんな人に懐くのでしょう
俺たちはそこから、また足早にドラゴンの巣を離れた。
いつ、頭の上からでかいドラゴンが怒り狂って襲い掛かってくるかと思ってひやひやしたけど、結局はなにごとも起こらなかった。ただ遠く、巨大な蒼いドラゴンが悠然と上空を旋回しているのがちらっと見えただけだった。
遠目だったけど、それは本当に崇高な感じがするほど美しいドラゴンだった。俺は思わず息を飲んでそれを見つめた。
なんてきれいなんだろう。
あの卵からは、あんなきれいなドラゴンが生まれてくるのか。
あのドラゴンは、卵が一個減っていることに気付くんだろうか。それを知って、どんなふうに感じるんだろう。
悲しいのかな。腹が立つのかな。
それがどうしても気になって、山をおりてから訊いてみたら、ウルちゃんはこう言った。
「ほかの生き物の『気持ち』を推しはかるのは難しいことです。そもそも、生きる形態も、意味も価値観もまるで違う生き物を理解できると考えることのほうが、浅はかで傲慢なことなのかもしれません」
「ふ、ふーん……」
傲慢。
なるほど、そういう考え方もあるか……。
「でも、竜たちは子どもをある程度育てると親離れをさせ、みずから離れます。その後はお互い、大した交流をもつわけでもありません。さきほども申した通り、『縄張りに近づくことをある程度許す』といった程度のものです。彼らの独り立ちは早いのです」
「そうなの」
「ええ。……それに、竜は魔獣のなかでも特に高貴で賢く、誇り高い生き物です。魔族の中にはかれらを山や空の神として崇拝する種族もおります。ゆえに『卵の奪取』もかなり慎重に、何十年という期間を置いて計画した上でおこなわれています。今回のように、事前に観察して卵が複数ある場合にしか取りませんし、どの時期に、どの竜から奪うのかも綿密に計画されています。そうやって数が激減するのを避けているのです」
「ふーん……」
それはアレだな。地球で魚を獲る量を調整したりすんのと、ちょっと似てるかも。テレビかなんかで見たような気がする。
相手を完全に滅ぼしてしまったら、結局は食べるものがなくなって、自分の首を絞めることになるんだもんな。
「竜は特別な生き物ですが、そのほかの魔獣も、わたくしたちは多く飼育しています。種類にもよりますが、魔獣ならば同じ時間で、牛一頭で耕せる広さの何倍、何十倍もの仕事ができるからです」
「あー、うん。なるほど……」
「竜が特別なのは、かなり魔力の多い者にしかそもそも懐かないところでしょうか。ほかの魔獣とはその部分で特に一線を画しています」
「え、そうなの?」
「はい。ですから、竜の卵を捕りに行く前から、すでに慎重に飼育者は選定され、決定しております。今回の飼育者はあの者になります」
言ってウルちゃんが指さした先には、フードをかぶった魔導士の青年がいた。卵をとってからずっと、その卵を大事そうに抱えていた人だった。肌が青くて、銀色の長い髪をしている。なんとなくだけど、目の感じが優しい人だ。それにとても賢そう。
魔族だからって言っても、結局あんまり人間と変わらない。ウルちゃんやああいう人を見ていると、どんどんそういう気持ちになる。
そんな人たちと人間とが長い間戦争に明け暮れていることを思い出して、俺の胸には奇妙に棘がささるような感じがあった。
「竜は相手の魔力とともに、その『為人』をも見抜きます。どんなに魔力が多くとも、いわゆる『人でなし』には、けっして心を開きませんし、懐きません」
「え、マジ?」
「ええ。……あなたがその赤竜の子に一瞬で懐かれたのも当然だなと。正直なところ、はじめのころは不思議に思わなくもなかったのですが、今では納得するばかりです」
「え? え、えへへ……。いや、そんな大したもんじゃねーよ。俺なんか」
後頭部をばりばり掻いたら、ウルちゃんはすっと目を細めた。その視線は俺の肩にいるドットを見ている。
「……それを決めるのは竜の子です」
ウルちゃんはすっと目を伏せて、すでに待機していた黒いドラゴンの背に乗った。普段どおりの無表情にもどってしまって、もう何を考えているのかわからない。
「さあ、参りましょう。ぐずぐずしていては親竜に勘づかれます。せっかくの結界が無駄になってしまいますわ」
「あ、うん……」
俺たちはまたそれぞれのドラゴンに乗り、大空へと舞い上がった。
蒼いドラゴンの住処である険しい岩山の姿がどんどん遠ざかる。俺はそっちをふり返って、じっと見つめ続けた。
雲と靄に遮られて、遂にすっかり見えなくなるまで。
 





