4 魔王城でひきこもります
それから。
俺はしばらく、ちょっとした「引きこもり」になった。
魔王城の中の自分に与えられた部屋で、ベッドに潜り込んで鬱々とすごしたんだ。
ウルちゃんはあのあとすぐ、ハッとしたみたいな顔になって必死に俺に謝った。
『申し訳ありません……! この話をすれば、あなたがこんな風に後悔なさることはわかっておりましたのに』って。
『でも、父ばかりが責められる今の状況は、娘としてどうしても得心がいきませんでした……。お許しください』
『いや、いいんだよ。だってそれは、娘として当然の気持ちだろうから。……ゴメンなんだけど、今はひとりにしてくんね?』
俺が力なく笑ってそう言ったら、ウルちゃんは何度も「申し訳ありません」って、魔族のやりかたで俺に何度も頭を下げ、ふり返りふり返りしながら出て行った。
(やっぱ……俺なんかじゃダメだったんだな)
やっぱりシルヴェーヌちゃんが言った通りだ。戦争や紛争で、「どっちかが百パー悪い」なんて状況はありえねえ。
どんなに「罪がない」って思っても、水面に落とした石ころひとつが、どんな波紋を作り出すかなんて、投げた本人に全部予想がつくはずがねえんだし。
俺、ちょっと調子に乗ってたかもしんねえよな。
相手を殺すんじゃなくて、怪我を治したり赤ん坊にしちまったりするこの能力。この力なら、誰のことも傷つけずにうまく問題を解決できるんじゃねえか……って。うまくこの戦争を終わらせて、この世界を平和にする手伝いができるかもしんないって。そう考えちまっていたかもしんない。
それは、ものすごく安易で、浅はかな考えに過ぎなかったのに。
(俺……どうしたらいいんだろ)
そもそも、これはシルヴェーヌちゃんの体なのに。どうにかして、彼女にこの体を返してあげなきゃなんないのに。
それなのに、こうやって魔族の国に囚われた状態になっちまって、もとどおり公爵家に戻る方法もわかんねえ。
何度か食事を運んでくる音が聞こえたけど、俺はほとんど食欲もわかなくて、ぼんやりとベッドで過ごした。ドットは心配そうに、ずっと俺のそばを離れない。
窓の外がだんだん暗くなってきて、今日という日が終わっていくのを、俺はぼんやりと見つめていた。
《……シルヴェーヌ。聞こえているか》
「え──」
と、枕の下から皇子の声がして、俺はぴくっと飛び上がった。
もちろん《魔力の珠》だった。俺がそこに突っ込んでおいたんだ。
「皇子っ……!」
珠を取り出して飛び起きる。珠はいつもみたいに、通信中であることがわかるようにぼうっと光っていた。
《……なんだか声に元気がないな。なにかあったのか》
「えっ? べ……べつに? なんもないよ」
《嘘をつけ》
「う……嘘じゃねーもん」
どうやら今は、周りにほかのやつはいないらしい。皇子はひとりで、自分の珠を使って俺に通信してきたってことらしかった。
よかった。あの時、咄嗟に皇子にこの珠を投げ返しておいて。そうでなかったら、いま、こうして皇子の声を聞くことはできなかっただろうから。
「皇子──」
《こら、ケント。約束しただろう》
「え」
《『ふたりきりのときは名前で』と言ったじゃないか。いま、私はひとりだぞ》
「あ。……そう、だったな……」
ふへっと情けない笑いが口から洩れる。
「ごめんな……皇子、じゃなくってクリス。あんたがあんなひでえ目に遭ったのも、結局俺のせいで」
《え? いったいどういうことなんだ》
皇子の声が怪訝なものになる。
それから俺は、簡単にあれからのことを説明した。
あと、この通信もきっと魔王が聞いているだろうってこともな。
《……そうか。だが、それは別にそなたの責任ではないだろう》
「そんなわけねーだろ。だって──」
俺がいたから、第一騎士団が狙われた。そんで皇子が攫われた。
俺がいたから、魔族軍には訓練された部隊がいなくなってた。だから皇子がひどい拷問をされることになっちまった──
「……情けねえ。この力でみんなを……あんたを助けようって、思ったのに。これでうまく、この戦争を終わらせることができたら……って。でも結局、ダメだった。俺の考えが浅かったんだ。そ、それであんたを……あんな目に──」
言ってるうちに、どんどん視界がぼやけてくる。
顔が見えねえのは助かった。きっと今、俺の顔はみっともねえべそっかきになっちまってるだろうから。
カッコ悪いこんな声、皇子にだけは聞かせたくなかったのに。
「ごめん……。あんたにも、シルヴェーヌちゃんにも、みんなにも。騎士団のみんなにも。俺……おれっ……」
《ケント!》
皇子の声が、鋭く俺の名を呼んだ。
※実は健人が皇子に《魔力の珠》を返したという描写が抜けていたため、後日描写を書き足しました。第8章「10 驚愕の目で見つめられます」です。よろしかったらご覧ください。





