12 深夜のランデブーです
名前?
名前ってゆーとアレか。「クリストフ」って?
「いやいやいや! ダメでしょ。ムリでしょ!」
《なにが無理なんだ》
皇子の声のトーンがまた一段さがる。
「無理なもんは無理っしょ! だってあんた、一応皇子なんだし──」
《『一応』とはなんだ。だから、二人きりのときだけだと言っている》
「いやいやいやいや!」
俺と皇子はしばらくそんな押し問答を続けた。
最後に皇子が大きくため息をついて言った。
《わかった。じゃあ私につづいて言ってみろ。『ク』》
「んあっ? く……ク?」
《『リ』》
「リ……」
だんだん、何をさせられてんのかわかってきたぞ。
《よし。では続けて『クリ』──》
「く、クックリ、クリ……ってちげえちげえ、そうじゃねえ──っっ!」
《……なんだよ》
この野郎。完全にふくれっ面してんだろ!
顔が見えてなくても明らかにわかるわこんちくしょー。
(それにしても──)
ふう、あっぶね。
別に何がとは言わねえけど、それを連呼したらなんとなく、なんとなーく捕まりそうな気がして、気が気じゃねえわ。
もちろんここは日本じゃねえし、大丈夫なのはわかってるけどさ。
だってこれ……明らかに「危険ワード」くさくね?
どっかの規制にひっかかりそうじゃね……??
《なにがちがうんだ。ちゃんと説明しろ》
「……あ」
皇子の不機嫌そうな声で、やっと俺の頭は現実に戻ってくる。
《そんなに難しい音でもないはずだろう? さあ、もう一度》
「『さあもう一度』じゃねえわ!『発音が難しくてできません』なんてひと言も言ってねえだろ! ウルちゃんの名前じゃあるまいしよー」
《うるちゃん……? だれだそれは》
(──う)
まずい。皇子の機嫌がさらに下降したぞ。これ、ぜってえ俺のこと睨んでるパターンだ。
もしかして俺、どんどん墓穴を掘ってるんじゃ……?
「いやいやいや。ちげえちげえ。そーゆーんじゃねーから!」
《『そういうの』とはどういうのだ》
「だぁから! ウルちゃんってえのは魔王のお嬢さんでだな──」
完全に焦りまくってしどろもどろだったけど、皇子はそんな俺の説明をちゃんと理解したようだった。
《なるほど、魔王に娘がいるのか》
「そうそう。まあ実年齢は俺らよりずっと上だけどな。優しくて仕事もできて有能で、すんげえステキな人だよ。こっちにきて以来、いろいろほんとに世話になってて──」
《そなたは、女性にも興味があるのか?》
「……はあ!?」
なに言ってんだこいつ。
「にも」ってなんだ「にも」って!
なんだその明後日な方向の質問はよー。
開いた口が塞がらねえとはまさにこれだ。
「ちょっと待てい! 何度も言ったろ? 俺はそもそも、男なの! そもそも女の子が大好きなの。かっ、彼女はいたためしがねえが──」
くっ、自分で言ってて泣けてくるわ。
「とっ、とにかく! 俺は基本的に女の子が好きなのー!」
《…………》
皇子、なぞの沈黙。
こっ、怖え。
「あ……の。皇子……?」
《『クリストフ』だ》
「はあ?」
《愛称で『クリス』でもいいぞ。言ってみろ》
うへえ。またそこに戻るのかよー。
ったく、いつになった終わるのよこの話題~っ。
《そなたのことは必ず救いだす。だが……次に会えるのがいつになるかなどわからない》
「……う」
それは確かに。
《もちろん私は力を尽くす。それは当然だ。けれども、そなたから名前で呼んでもらうぐらいの張り合いでもあれば、さらなる力が出せることだろう。……と、そう思っているだけなんだがな、私は》
「うへえ……」
策士だな、皇子。
つまりモチベーションってことね?
その気持ちはわかんなくもない。
俺だって、試合のときに応援で自分の名前を呼んでくれてる女の子の声とか聞こえたら、ふつーにめっちゃアガるもんな。べつに自分の彼女じゃなくてもさ。
それがもし、本当に好きな子で、彼女だったらもっとアガるはず。
うーん、つれえ。
同じ男として気持ちがわかっちゃうだけに。
ってことで、俺はしばらく考え込んだ。
(うう……。なんか熱い)
首から上が特に、火が出るんじゃねえかっておもうぐらいに熱をもってる。
我慢できず、俺は頭からかぶっていた掛け布をはねのけた。
すーはーすーはー。ちょっと深呼吸。
「……わーったよ。しょーがねーなーもう」
《ケント……!》
途端、皇子の声がぱあっと明るくなる。
ええい、この現金皇子め!
「でも! ふ……ふたりっきりのときだけだかんな? いいな?」
《もちろんだ》
しん、と客間が静寂に包まれる。
ドットが不思議そうな目をして、ベッドに座りこんだ俺を見上げている。
「よ、よーく聞いとけよ、この──」
そうして俺は、囁いた。
《魔力の珠》を両手で目の前に持ち上げて、めっちゃめちゃ小さな声で。
最後に「クリス」って、ひと言だけな。





