8 魔族の医療棟にむかいます
「〇△□?」
「※△〇〇……??」
医務方にいる医者らしいのや看護師らしい魔族たちは、ウルララアちゃんの姿を見て一様に驚愕していた。まあ魔族語なんで、俺には何を言ってるのかさっぱりだけどさ。
ざっと見るだけでも、本当にいろんな種類の魔族がそこにいた。
大きいの、小さいの。肌の色も色々だ。ベッドにいる患者も含めて、青はもちろん茶色いのも緑色なのも赤っぽいのもいる。目の色だけじゃなく、数もさまざまだ。中には蜘蛛みたいにたくさんの目を持つのもいる。あれじゃ、どの目を見て話をしたらいいか迷っちゃいそうだなー。
種族の名前はわかんないけど、とにかく本当に色々だ。
これぞ多様性……なんちゃって。
施設にいた魔族たちは、好奇と興味と疑心暗鬼のまざりあった複雑な視線で俺を無遠慮に眺めまわしていた。
あちこちから、こそこそと囁きあう声がする。
意味こそわかんなかったけど、それはもちろん、俺に対する否定的な意見だっただろう。少なくとも好意的なはずがない。
まあしょうがないわな。当たり前だ。
そもそも俺は、長年敵対してきた帝国軍の騎士なわけだし。むしろこの場でメッタメタに殴られたり蹴られたりして、最終的に殺されたとしても文句言えない立場だからな。
と、ウルララアちゃんが厳しい声で一喝した。
「〇×△※〇〇!」
うん。やっぱり意味はわかんねえ。でも意外とよく通る声だ。
この一喝で、周囲の一同は急にしんと静かになった。
ウルララアちゃんが厳しい目で周囲を睥睨すると、みんな首をすくめて頭を下げた。彼女よりでかいのもいるけど、基本的に横になってたり、跪いてたりするから頭の位置は下にある。
彼女の身分を考えたらこうなって当然らしい。彼女ひとりが上からみんなを見下ろす形になっている。
(おお。人望があるみてえだなー、ウルララアちゃん)
「不満を押し隠して」みたいな感じは全然なくて、みんないかにも「ウルララア様がそうおっしゃるなら」みたいな態度だ。まあ、魔王の娘なんだから当然と言えば当然なのか。俺に関してはしぶしぶ、って感じではあるけどな。
「さあ、シルヴェーヌ様。こちらへ。皆を診てやってくださいませ」
「う……うん」
言われるまま、俺はベッドのひとつに近づいた。
「こちらが、今ここにいる者の中で最も重傷だとのことですわ」
「そ、そーなの」
ってことは、ほかの人にはこの人より多くの魔力を注いじゃマズいってことね。なるほど。ここが上限っと。
「ちなみに、いちばん軽傷の人はだれッスかね?」
「……あちらだそうです」
そばにいた医者らしい魔族に話を聞いてから、ウルララアちゃんが指さした先。そこに、片腕を肩から吊った小柄なゴブリンっぽい男がうずくまっていた。緑色の肌をしていて、やたらと目と耳がでかい。
「あ、なるほど」
俺はその後、医者とウルララアちゃんに案内されてひと通り病室の中を見て回った。
単純に怪我をしている人だけじゃなくて、重い病気にかかっている人もいる。年齢も体格も本当にさまざまだ。
(ふむ。これなら大体、魔力の量はこのぐらい──かな?)
経験不足は否めないけど、俺だってそれなりに戦場で働いてきた立場だ。複数の患者をいっぺんに治療したこともある。
俺は手術前の外科医みたいに両手を上げ、指をわきわきさせてみた。頭の中でマナの流し方を何度かシミュレートする。
(うん。いけそうだ)
「んじゃ、始めるんで。患者以外の人は全員、いったん外に出ててもらえます? 必要ない人までマナを流して、赤ん坊にしちゃったらマズいんで~」
「え、シルヴェーヌ様──」
「みんなにも伝えてもらえる? ウルララ……ああ、やっぱこれ長いな。『ウルちゃん』て呼んでもいい?」
「あ、それは……構いませんが」
ウルちゃんが目を丸くして戸惑っている。身長はでかいけど、なんか可愛いとこあるよな、この子。
って俺よりはずーっとずーっと年上なのはわかってるけどさ! うはは。
そして。
患者以外の人たちが去ったあと、病室の真ん中に立ち、俺はいつものように精神を集中させた。ドットだけは常に俺の頭か肩の上にいるんで、そのままだけどね。この子だけは、どんなに言っても頑として俺のそばから離れないから。特に敵地に来てからはずっとこんな調子だ。
俺の魔力が医療棟全体を満たしていき、それぞれなすべき仕事を果たして静かに消えていくと、それと入れ替わるようにして驚きと喜びの声が建物を満たしていった。
「〇×※※……?」
「△□※〇〇!」
やっぱり何を言ってるかはわかんないけど、驚愕と喜びと畏怖の混ざった視線が俺に集中してるから、大体はわかる。
入ってきたウルちゃんは満足げに俺に向かって微笑み、うなずいてくれた。対する医師や看護師たちは驚きの顔でぽかんと入り口に立ち尽くしている。
「お疲れ様でした、シルヴェーヌ様。お体に問題はございませんでしょうか」
「ああ、大丈夫。この作業もだいぶ慣れたしね。このぐらいだったら、あと二、三回ぐらいはできると思うよー」
俺がへらっと笑うとウルちゃんは笑ってうなずいた。ウルちゃんの指示で医師や看護師たちが患者たちの様子を調べはじめ、さっきよりずっと驚いた顔で俺を凝視しはじめちゃったもんで、俺は困った。そんな見つめられたら、顔に穴があいちゃうだろ!
「よろしいようですね。では次へ参りましょう」
と、ウルちゃんが移動しかけたときだった。
「〇△※※〇□!」
「〇〇△!」
突然の叫びとともに、元気になった患者たちがおもむろに寝床から起き上がり、争いあうようにして俺に突進し始めた。
「うわっ……?」
なにしろトロルみたいなでっかい奴もいるから、すごい地響きだ。医務棟全体がぐらぐら揺れるぐらいの大騒ぎになっちゃった。
「なっ……ななななに、なんなのよー!」
 





