7 思いもかけなかった顛末です
「いやちょっと待って。娘って、娘って……おかしくない?」
「なにもおかしくなどないぞ」
いやしれっとしすぎだから、あんた!
「だってその……」
「この体では無理だと言いたいなら、心配無用だ。かつては余も成人の姿をしていた時代があったからな」
「あ……あー。そうなんスか」
なんか、やっとちょっと安堵する。よかった、もうちょっとで通報案件かと思っちゃったぜ、ふう。
「それから次第に魔力が増加してきてな。どうにか制御してきたつもりなんだが、それでも少しずつ若返ってしまったのさ。それで今はこの通りだ」
「あ、なーるほど……」
若返った長身の女の子はというと、信じられないみたいな顔で自分の両手を見たり、頬を触ってみたりしている。と、魔王がぱちんと指を鳴らした。と同時に彼女の目の前に大きな鏡が出現する。
空中に浮かんだそれをのぞきこんで、女の子はきゃあっと喜びの声をあげた。よっぽど嬉しいらしい。
魔王によく似てると思ったのは間違いじゃなくて、こうやって見るとやっぱりよく似ていた。つまり大変な美少女ってことね。ものすんごい高身長だけど、綺麗なもんは綺麗だよ、うん。
長身の美少女が、俺に向かってていねいなお辞儀をした。
「ありがとう存じます、帝国の姫さま」
「あ、いや……。それやめてよ。シルヴェーヌでいいよ」
「はい、シルヴェーヌ様」
それでも「様」はつけるのね。真面目だなあ。そして品がいい。
「で、君はなんていうの」
「え? わたくしですか」
「うん、名前。教えてよ。呼びにくいし」
「はあ……」
女の子はちょっと考えて魔王と目を見かわした。
魔王がうなずいたのを見て、女の子は気を取り直したようにこっちを向いた。
「ええと……〇△※〇△※※です」
「ちょちょ、ちょっと待って。なんて??」
そこから何回か名乗ってもらったけど、やっぱり俺の耳と口では再現できない感じの音のつらなりだ。っていうか、そもそもこのふたりが帝国語で話してくれてるから俺も話ができてるだけで、本来魔族の言語は帝国人が話したり聞いたりするのは難しいみたいなんだよな。
「ええと……こっちから聞いといてごめん。俺にはうまく発音できないみたい。『ウルララア』って呼んでもいい……?」
「はい。どのようでも」
女の子はにっこりした。
身長が高すぎて、ちょっとの間だけでも見上げていると首が痛くなりそう。でも、性格はとてもよさそうな子だ。なんとなく誠実そうだし。
対する魔王はふんと鼻を鳴らして目を細めた。
「気の毒なものだな、人間というのは。世にも美しい我が娘の名をまっとうに発音することも叶わぬとは」
「いや待ってよ。無理だってば。ってかアンタめっちゃ親バカな?」
「……なんだと?」
すうっと魔王が殺気を発するのを、娘ちゃんがすすっと前に出て制してくれた。
「シルヴェーヌ様。このたびは、まことにありがとうございました。これでもう少し長く、父のそばにいることができます」
「あ、ああ……そういう」
やっとわかった。
彼女は、時がたつほど若返っていってしまう魔王の娘として、彼のそばにいたいと願っていたんだな。自分がいなくなったらひとりぼっちになるかもしれない父親を、きっと心から心配してたんだ。なんて優しい子なんだろう。
魔族にも、ちゃんとそういう親子の情愛みたいなものがあるんだな。
ここにきてまだほんの数時間程度だけど、俺の目からは色々と鱗が落ちまくってる。
と、魔王が「さてと」と両手をすり合わせた。
「ともあれ、まずは魔王城内の医務方へ回ってくれ。その次は魔都内と周辺の医療施設だ。警護役として娘をつける」
「ほへえ」
「なんだ? まだ何か文句があるか」
「……いえ。ないッス……」
なんかもう有無を言わさねえって感じ。
けど、しょうがねえな。
俺もまさか、「拷問と処刑のほうがいいです」とは言えねえし。
このまま魔族の国に死ぬまでいるわけにはいかねえけど──それだけは絶対にお断りだ──とにかく、これを断ったらそこでジ・エンドなわけだし。
それは困る。非常に困る。シルヴェーヌちゃんに合わす顔がなくなるもんよ。
というわけで。
俺はそのあとすぐ、ウルララアちゃんの案内で魔王城の中にある医療施設へ向かった。





