5 魔王との話し合いです
「んで? 話したいことってなんなんスか」
「単刀直入だな。まあ情報どおりだが」
「情報? って、えっと」
俺はちょっとだけ考えた。
これ言っちゃうのマズいのかな~って。でも結局、言っちゃった。
「つまりその、帝国にいるスパイからの情報ってやつっスか」
「『すぱい』が何かは知らないが。間諜ということなら確かにその通りだ」
「うわー。やっぱ潜入させてんスねー」
「なにを言う。そんなものはお互い様だろうが」
しれっとした顔のまま、魔王は自分のお茶を飲んだ。
ふーん。魔族でもこういうお茶飲むんだなー。
「余が知らぬとでも思ってか。貴様ら帝国の魔導士どもも、なんのかんのとこちら側に間諜を送り込んでおるではないか」
「……はあ」
「我らと貴様らとの確執が始まって以来、数百年。互いの関係はずっとこのようなものであった。今さら驚くには値せぬ」
「はあ。って、話をそらしてんじゃねー……ですよ」
相手の視線がキラーンと冷たく光ったのを感じて、慌てて語尾に「ですます」をくっつける。なんか前にもあったな? こういうの。
「『話がある』っつったのはアンタ──陛下でしょうが。早いとこ本題に入ってもらえません?」
「ふむ。そうだな」
そこからたっぷり五分間ぐらい、少年魔王は黙っていた。知らん顔をして自分の茶を飲み、菓子を食べて沈黙している。
俺はいい加減ジリジリしてきた。
これぜってえ、遊ばれてる。
「あーのー?」
「まあ、簡単な話だ。……そなた、我らの役に立ってみぬか」
「……はい? 役に立つってどーゆーこと?」
「そなたの力は存じておる。《癒し》と、それに伴う《若返り》であろう?」
「はあ……まあ、そっすね」
「それを我らの国でも役立ててくれぬか、と訊いている。こちらの国にも、病に苦しむ民はいる。そちらとの長年の戦争のため、体の一部を失った者、重い後遺症に悩む者も数多い」
「…………」
うん。そりゃそうだろう。
帝国の兵士たちがあれだけ疲弊していたんだ。こっちにも同じぐらいか、それ以上の被害が出ていて不思議じゃない。
(でも──)
俺の心の揺れを察したように、魔王はすらすらと言葉をついだ。
ひとすじの表情筋も動かさないまま。
「そなたが協力してくれるなら、そなたの拷問や処刑の予定はなかったことにしてやろう。それ以外にも、この国の者どもからいかなる迫害・虐待をすることも禁じてやろう。……その代わり、そなたはこの国で生きてゆく。この後、その命の尽きるまで」
「いや、あの。ちょっと待ってよ。命の尽きるまでって──」
そんな、冗談じゃねえ。
俺はもちろんだけど、シルヴェーヌちゃんはどーすんだよ。まさか今から死ぬまで魔族の国で暮らせってのか? パパンやママンにも会えないまま?
そんなの、俺が決められる話じゃねえし。
「悪い話ではないはずだ。そなたがそうしてくれるのであれば、余にはあらためて帝国との和平交渉を再開させる用意もある」
「ええっ」
マジか。
「先の魔王は、そなたの恐るべき力を警戒するあまり、急に弱腰になって帝国との和平を求めた。だが、国内に反発する者は多かった。理由は簡単。単純にそなたの力の方向性によるものだ」
「俺の力の方向性……?」
「つまり。そなたの力は破壊者としてのそれではないだろう?」
「……あ」
俺、やっとこの子の言いたいことに気付く。
「相手に攻撃的でない魔力をぶつけ、傷や病を癒し、若返らせる力。そなたのそれは、陰と陽で言うなら陽の力とでも言うべきものだ。……確かに、前線の兵らがみな赤子にされるのは困ることではあるものの、心底から恐ろしいと思えるような種類の力ではあるまい? まあ、その家族にとってはそうは言えないこととは申せ」
「……はあ。まあ、確かに」
そりゃそうだよな。
めちゃくちゃにやられて大怪我したり殺されたりする力は、やっぱり怖い。でも、単に赤ん坊にされるだけなら、政府の高官からしたらそんなに怖い話じゃないもんな。
まあ赤ん坊にされた人の奥さんとか、恋人さんはめっちゃ微妙な気分になっちゃうだろうと思うけど。
魔王はじっと俺の表情の変化を観察していたようだったけど、また一口、静かにお茶を飲んでから言った。
「そなたは知らぬことであろうが。こちらの国は、そちら帝国よりもずっと貧しい。平民どもの暮らしは非常に厳しいものである。北壁より北の地域は、土地が痩せ、自然は厳しく、作物の育ちが悪いからだ。栄養不良に陥った民らの間には病も流行しやすくなる。子どもの死亡率も、そちらの比ではないゆえな」
「…………」
少年が何を言いたいのかがだんだんわかってきて、俺は思わずじいっと相手を見つめてしまった。





