4 少年魔王とお茶します
「いいからついてこい」と言った少年魔王は、かなり強引な奴だった。
俺は仕方なく、どんどん飛んでいく魔王の後からてくてくついていった。
そうなんだよ。こいつ、もちろん足でも歩けるんだけど、翼もないのに空中をすうっと飛んでいけるんだ。腕組みをしたままの余裕の姿勢でな。それだけ魔力がハンパねえんだろう。
城の中はあちこち灯火はついているものの、全体になんとなく薄暗い。だけど少年魔王の体の周りだけはぼんやりと青白く光っていた。これもまた、多量の魔力があることの証拠のはずだ。
城の中には、ほかの魔族の姿はなかった。でも、だれもいないってわけじゃなさそうだ。なんとなくだけど、壁の向こうや闇の中に気配を感じる。たぶんこのちっこい魔王が「出てくんな」って命令してるんだろう。
城の内部は迷路みたいになっていて、螺旋階段を上がったかと思ったら下ってみたり、秘密通路らしいところを延々と抜けてみたりでわけがわかんねえ。「ひとりでさっきの場所まで戻れ」って言われても、ぜってえ戻れねえ自信があるわ。
魔王城、はんぱねえ。この広さだけでもはんぱねえ。
そのままずんずん十分ぐらい歩かされて、俺はいい加減疲れてきた。
「なーなー。どこまで行くんだよ」
「口が悪いとは聞いていたが。そなた、もう少し余に敬意を示せよ」
「はあ?」
「それが結局、そなたの身のためだと言っている」
「……うへえ」
あーあー、やだねえ。子どものくせに、変なプライドだけはバカ高いってやつか。
って言っても、見た目がこうなだけであって、実年齢はもっと高いのかもしんねえよな。魔力量の多いやつにはよくあることだし。「子どもだ」っていうのは、単なる俺の思い込みかも。
「俺が敬語を使わなかったら、そのうちゴーモンして処刑するっつうわけ? ……ですか」
語尾だけ仕方なく敬語にしてみる。
少年はこっちをふりむき、満足そうに目を細めた。
「そうそう、その調子だ」
「ったくよー……」
口の中だけで舌打ちしちまった。俺の隣をぱたぱた飛んでついてきているドットが、胡散臭いもんを見る目をしてじーっと魔王を睨んでいる。
ドットも一応、この魔王に逆らう気はないらしい。動物の本能みたいなもんで、相手が自分よりもずっと強い存在だってのはわかるのかもしんねえな。
「んで、どこまで行くんスかー。足、疲れるんスけどー」
「まったくそなたは。魔王城で魔王に拝謁した人間の態度ではないな、さっきから」
「まあそこが面白いのだがな」なんてつぶやいて笑ってやがる。
(まったくよー)
要するにアレか? 乙女ゲーとかで言うところの「おもしれー奴」ってか?
あ、もちろんこのへんもあの姉貴からのヲタ知識にすぎねえけどさ。
大抵は俺様なイケメンが、特にこれといって美人でもない、普通にしか見えねえ設定のヒロインのことを、なぜか「おもしれー奴」って気にいって目を掛けてくれたり惚れてくれたりするっていう。そういうシチュエーションな。
まあ姉貴には「ありがちすぎ」って不評なやつだけど。つまりそれだけ、乙女ゲーにはよくあるやつってことだ。
でも、どうせアレだろ? 飽きたらすぐに「殺せ」っつって拷問されて、まっすぐ処刑コースなんだろ? だったらこんなとこで、こんなガキに媚びへつらう理由なんてねえじゃんよ。
やっと魔王が止まったとき、俺は完全にへとへとだった。
一応、野球と騎士の訓練で体力はつけてるのに、これはなかなか疲れたわ。
「ここだ。まあ座れ」
「……はあ」
言われて見ると、そこは屋外に向けて張り出した広いテラスになっていた。中央にテーブルとチェアが置かれていて、上品なお茶の用意がされている。
(ふええ?)
ちょっとびっくりだ。それは帝国の皇室でおもてなしを受けたときと変わらないほど、品があって美味しそうなお茶とお菓子だったから。茶器や皿だってちゃんとしたやつで、綺麗な装飾がほどこされている。
「赤竜の子はそちらだぞ。好きに食せ」
「くるるるっ?」
途端、ドットの目がキラーンと光る。少し離れた小さな丸テーブルの上に、ドットの大好きな肉が山と積んで置かれていたからだ。ドットはさっそくそっちに飛んでいくと、嬉しそうにバクバク肉を食べはじめた。……現金な奴だな~。
「そなたも食せ。別に、人間の体に悪いものは入っておらぬ」
「はあ……。そりゃどうも」
勧められるまま、席について恐る恐るお茶をいただく。
それはあっちの世界で言うところのラベンダーの香りのする、紫色をしたお茶だった。
「おお。……うっま」
「そうか? それはよかった」
少年がにこりと笑う。
「菓子も食せ」
「はあ。……おお、これもうんっま!」
クッキーだとかケーキだとか、マカロンみたいなカラフルなお菓子がいろいろと並んでる。どれもすんごくうまかった。
あんまりうまいもんでバクバク食いまくっていたら、魔王は満足げな顔でそんな俺をじっと観察していたらしかった。
「素直な反応で、なかなかよろしい」
「……はあ。素直だけが取り柄なもんで。でもあんた、なんか先生みたいッスねー」
「無礼を申すな。人間の教師などより、はるかに上位の存在であろうが」
「はあ。まあ、そっスね」
「そして。『あんた』ではない。『陛下』と呼ばぬか」
「あ。すんません、陛下」
「それでよろしい」
(ったくよー)
俺は半眼になり、こくりとお茶を飲みくだした。
「んで? 話したいことってなんなんスか」





