旅立ち
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「ふう……」
全身筋肉痛の状態でなんとか安宿へと戻った俺は泥のように眠ると、次の日にはかろうじて動ける程度には痛みが和らいだ。
本当に、筋肉痛なんて冒険者になりたての頃以来だな……。
それと、朝起きて気づいたが、ベルのいる地の底へと繋がる魔方陣のある石室を塞いでいた壁……そこにあった紋様と同じものが、俺の胸に浮かび上がっていた。
おそらく、これがベルの眷属なのだという証なんだろう。
「よし……それじゃ、行くか」
宿を出てベルのいる遺跡へ行くと、俺は一度解除した罠や仕掛けを、もう一度作動するようにした。
こうすれば、万が一冒険者達がこの遺跡に来たとしても、魔法陣の石室までたどり着くことはできないはずだ。
この、俺以外は。
一応、地図には全ての罠や仕掛けの位置、それに解除方法について詳細に記してあるが、もう俺の頭の中には全て叩きこまれている。
「はは、街に戻る前に、この地図も処分しておかないと」
ギルドに提出するための、マッピングだけ済ませたデタラメの地図は用意してある。向こうも、これに関して疑いを持ったりはしないだろう。
こう言っちゃなんだが、あの街で[斥候]として俺の右に出る奴はいないんだ。なら、ギルドや他の連中だって、このことに関しては俺を信じるしかない。
「とりあえず、街に戻ったらギルドに地図を渡して、最後の報酬を受け取ったら旅の支度、だな」
俺は、ベルの“七つの封印”を解くための旅に出ることをきっかけに、あの街から出て行くつもりをしている。
ベルから教えてもらった“七つの封印”の場所は世界中に散らばっており、とてもじゃないがあの街を拠点として活動するには効率が悪すぎる。
今のところ、“七つの封印”のある場所を目指しつつ、その途中で金を稼いで転移魔法陣のスクロールを買い、まめにベルのいるこの遺跡へと帰って来るのが当座の目標だ。
とはいえ。
「転移魔法陣のスクロール、結構高いんだよなあ……」
そう呟き、俺は頭を抱える。
だが、俺はベルに美味い食い物を見つけたら、その都度持ってきてやると約束した。
「こ、これは、本腰入れて金を稼がないと、だな……」
そうポツリ、と呟き、俺は罠と仕掛けを元に戻してから遺跡を出た。
◇
「ディートリヒ様、お疲れさまでした」
「ああ」
夕暮れのギルド、俺はいつものように散々待った挙句にミアにいる窓口へと行くと、例のデタラメの地図を手渡した。
「結局何も見つからず、でしたか……」
「まあ、こんなこともあるさ」
肩を落とすミアに、俺は肩を竦めながら慰めるようにそう言った。
まあ、本当は邪神やゴーレムがいる遺跡だったから、嘘の地図を渡したことについて罪悪感がないわけじゃない。
だけど……これであの遺跡が価値のないものだと理解したら、現金な冒険者のことだ。罠や仕掛けの難易度も圧倒的に高いだけに、寄りつくこともまずあるまい。
「では、こちらが……」
報酬を受け取ろうとしたその時。
「ハア……疲れた……」
「はは、だけど今日は、かなりの成果があったじゃないか。あの“オルトロス”の討伐に成功したんだから」
「うむ……もはやこの街で、オルトロスを討伐できるのは我等をおいて他にあるまい」
「…………………………お腹空いた」
タイミングがいいのか悪いのか、“ドラグロア”の連中がギルドに入ってきた。
「あ、こ、こちらが報酬です」
「ああ、すまない」
俺は報酬を受け取って立ち去ろうとしたところで、改めてミアへと向き直った。
「……俺は、今日限りをもってこの街から出て行くことにした」
「っ!?」
俺のその言葉に、ミアが息を飲んだ。
「そ、それは、もう冒険者を辞める、ということですか……?」
「いや、今後は街を転々としながら旅に出ようと考えている。たまには戻って来ることもあるとは思うが、この街でクエストを受けることはないだろう」
そう……これから“七つの封印”を解くためには、世界中を回らなければならないからな。
今さらこの街を拠点にしても、ここではした金でクエストを受けるほど暇じゃない。
「そ、そうですか……寂しく、なりますね……」
「……また、顔くらいは出すさ」
落ち込むミアにそうとだけ告げ、今度こそ俺はギルドを発とうとする、んだが……。
「……ディー。今の話、本当なの……?」
……エレナの奴が、耳聡く会話を聞いてやがった。
「……ああ。明日の朝にはここを発つ」
「……ふうん、逃げるんだ。情けない奴。やっぱり裏切者は駄目ね」
そう言うと、エレナはプイ、と顔を背けた。
はは……酷い言われようだな……。
「ああ、オマエはもう二度とこの街に姿を見せるな。ハッキリ言って、目障りなんだよ」
オーランドがヘラヘラと嗤いながら、そう告げる。
コイツ……自分のやらかしたことを棚に上げ、よくそんな台詞が吐けるモンだ。その面の皮の厚さだけは褒めてやる。
「はは……せいぜい、化けの皮がはがれないように気をつけるんだな」
「っ!? この!」
俺の言葉にカッとなったオーランドが、俺に殴りかかろうとするが。
「オーランド、やめろ。ここはギルドだ」
「…………………………ダメ」
「…………………………チッ」
リエミとエマに止められ、オーランドは舌打ちをして振り上げた拳を下ろす。
ハッ、どうせオマエには、俺に殴りかかれる度胸もないくせに。
「「…………………………」」
そしてリエミとエマは、無言で俺を見つめていた。
「じゃあな」
俺は短くそう告げると、ギルドから出ていつもの安宿へと向かった。
◇
「はは……旅に出るには、うってつけの天気だな」
次の日の朝、窓から朝日が差し込んでいた。
昨夜のうちに荷造りを終え、俺はカバンを背負って宿を出る。
旅の準備として最後に調達すべき保存食の干し肉とチーズを買い込み、俺は街の門を目指した。
なお、昨日なけなしの金をはたいて買った転移魔方陣のスクロールは、街を出た後にあの遺跡に設置する予定だ。
「……この街も、思い出深いな……」
冒険者になりたくて家を飛び出した七年前、まだ十五歳だった俺の冒険者としての一歩は、この“トゥルンの街”から始まったんだ。
そして、エレナやリエミ、エマと仲間になって、数々の冒険をして……。
「はは……まあ、また戻ってくることもあるだろう……」
俺はこれまでの色んな出来事やこれからの未来を思い浮かべ、街の門をくぐった。
そして。
「エレナ……」
まるで立ち塞がるように、エレナは門を出てすぐのところで腕組みしながら仁王立ちしていた。
「……結局、裏切者のまま、街から出て行くのね」
「はは、まあな」
ベルに出逢う前の俺だったら、反論して食ってかかっていたのかもしれない。
だけど……今の俺には目的がある。目標がある。
だから、エレナの言葉をいちいち気にしていられない。
「ふうん……ま、私は裏切者が消えようが何しようが、知ったことじゃないけど」
「そうか……」
俺はエレナの隣を通り過ぎようとすると。
「待ちなさいよ」
「……なんだ」
「……ん」
「……これは?」
呼び止めるエレナに鬱陶しそうに返事をすると、彼女は布の袋を俺に突き出した。
おずおずと受け取ると……っ!?
「お前、これ……」
「フン! ……これで、せいせいするわ」
そう言うと、エレナはこの場から立ち去っていく。
「全く……本当に、お前は優しい奴、だな……」
思えば、ギルドで裏切者だと真っ先に罵ったりしていたのも、他の冒険者達が変に俺に絡んでこないようにするため。
そして、俺を陥れようとこの半年間ずっと手ぐすねを引いていたオーランドに、先手を打たせないため。
本当は……裏切者のままの俺が、許せないくせに。
「エレナ……またな」
エレナから受け取った餞別を懐にねじこみ、俺は街を出て行った。
「ディー……またね」
振り返り、小さな声で呟くエレナに見送られながら。
お読みいただき、ありがとうございました!
本日は三話投稿いたしましましたが、明日は邪神様とヒルド受付嬢視点の四話投稿予定!どうぞよろしくお願いします!
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