邪神の素顔
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「ぐす……ひぐ……っ」
「……落ち着いたか?」
暗闇の中ということもあってどれくらいの時間が経ったのかは分からないが、まだぐずってはいるものの、少女はようやく落ち着きを取り戻したようだ。
「う、うん……」
「はは……俺も嫌なことがあったりすると、美味いものを食って気分転換をしたりするんだ。これでも俺は、そこそこ美食家なんだぞ?」
「そ、そうなんだ……」
俺はおどけながらそう言うと、少女は俺の胸からゆっくりと離れる。
「…………………………ねえ」
「どうした?」
「キミは、どうしてボクのことを怖がらないの……? ボクは……邪神“ベル=ゼブル”なんだよ……?」
邪神を名乗る少女は上目遣いで俺の顔を覗き込む。
それこそ、邪神である自分に恐怖して、俺に拒絶されることに怯えるように。
「……君が邪神かどうかは俺には分からない。だがな、君は俺のあげた干し肉やチーズを美味そうに食べて、嬉しそうな笑顔を見せた。少なくとも……俺には、悪い奴には見えない」
「っ!?」
俺のそんな答えが意外だったのか、少女はその真紅の瞳を見開いた。
「まあ……そんなわけで、今の俺は君が怖いとは思わない」
「…………………………そっか」
少女は、俺の答えを聞いて口元を緩めた後、うつむいてまた涙を零し始めた。
「おいおい……いい加減、泣くのはもう止めてくれ。それよりも、仮に君が邪神だとして、どうしてここに? というか、君こそなんで人族である俺に危害を加えないんだ?」
そう問いかけてはみたものの、何故この少女がここにいるかについては、おおよその見当はついている。ただ、この少女の性格や行動が、おとぎ話とはあまりにもかけ離れ過ぎていた。
すると。
「ぐす……ボクの話、聞いてくれる……?」
「ああ……」
「……ありがとう。ここは、一千年前にボクが主神テトラグ=ラマトンの命によって、封印されたところなんだ……」
それから、少女……邪神ベル=ゼブルは訥々と話をしてくれた。
◇
この地上の世界とは別にある、“神族”の住む世界。
そこをボク達は、“アルケイディア”と呼んでるんだ。
でね? この地上に人族をはじめとした様々な種族が誕生してから幾千年も経つんだけど、人族達が古代と呼んでいる時代にはボク達神族への信仰心も厚かったんだ。
ううん……種族を創造したのは神族なんだもん、敬って当然だよね。それが、神族側の認識なんだ。
だけど地上に文明が栄え始め、いつしか人々は神を信仰しなくなってきた。
そのことが、神族には絶対に許せなかったんだ。
恩知らず、厚顔無恥、下等生物……その頃の“アルケイディア”にはありとあらゆる罵詈雑言が飛び交ってたよ。
だけど……ボク達神族は、人族達の信仰心を糧に生きている。だから、どうすれば人族達が神への信仰を取り戻すのか考えた。
それで思いついたのが、神の偉大さを人族達に再度知らしめること。
じゃあ神自らが地上に降り立ち、人族達に偉大さを説くのかといえばそうじゃない。そんな神の安売りみたいな真似、神族の誇りにかけてできないっていう認識だから。
なら、どうすればいいのか。
答えは簡単、人族達を脅かす敵の存在を作ればいいんだよ。
早速神族は人族達の脅威となる存在として、魔族と魔獣を生み出した。
そして、そんな魔族達を統率する者が。
「……邪神、ということか」
「……うん」
なるほどな……要は、神である自分達が俺達人族に崇めてほしいから、自作自演をした、ってことかよ……。
「主神テトラグ=ラマトンは生まれたばかりの神だったボクを騙して、邪神としての役割を与えた」
「ちょっと待て。騙した、ってどういうことだ?」
「あは……ボクは、主神テトラグ=ラマトンに言われたんだ……」
『このままでは地上の全ての者達を滅ぼし、一から新たな種族を生み出さねばならない。だが、貴様が邪神として悪役を演じれば、人族達も信仰を取り戻して、そのような未来を避けることができる』
『なに、あくまでも演技だ。信仰さえ戻れば、また元の神として“アルケイディア”へと還ってくればいい』
「……って。そして、神族の使いである“天使族”を正義として魔族を討ち滅ぼし、ボクはこの地に封印、されたんだ……」
全てを話し終え、少女……ベル=ゼブルは深い息を吐いた。
そして、俺は。
――ダンッッッ!
「ふざけるなよ……っ!」
神によるベル=ゼブルへの理不尽な仕打ちに、俺は壁を思い切り殴った。
拳が血で濡れたが、そんなこともお構いなしに。
「勝手に嫌な役を押しつけて、やりたくもない邪神なんてやらされて、挙句の果てに騙して一千年もこんな暗闇の中に封印だと! ふざけるのもいい加減にしろ!」
なんだよそれ! 俺がオーランドから受けた仕打ちなんか比べ物にならないほど、ベル=ゼブルは今も理不尽な扱いを受け続けてるのかよ……!
彼女のあまりの悲しい境遇に、気づけば俺は涙を流していた。
「あ、あは……キミ、本当に優しい、んだね……こんなボクなんかのために、そうやって、涙、を……流してくれ、る……なんて……っ!」
「っ!」
ベル=ゼブルが胸に飛び込み、ギュ、と俺を抱きしめて嗚咽を漏らす。
俺は少しでも、彼女のつらさを受け止めようと……少しでも、彼女の心が救われるようにと、その震える小さな身体を抱きしめた。
「……なあ。ここから出る方法はないのか……?」
ベル=ゼブルの耳元に口を寄せ、俺は静かに尋ねる。
「グス……だ、大丈夫……キミはボクが必ず地上に還してあげるよ……」
「そうじゃない。君が、ここから出る方法だ」
「……無理だよ。ボクも五百年の間ずっとここから出る方法を考えたけど、主神テトラグ=ラマトンが施した“七つの封印”は、ここからじゃ解けなかったんだ……」
俺の胸に顔をうずめ、ベル=ゼブルは既に諦めているかのようにポツリ、と呟いた。
「そうか……なら、その封印はここ以外からなら解けるんだな?」
「そ、それは……地上から封印が施されてるみたいだから……って、ま、まさか!?」
「はは……地上からだったら、俺がその封印を解くこともできるんだろ?」
ガバッと顔を上げたベル=ゼブルに、俺は口の端を持ち上げてみせた。
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