邪神ベル=ゼブル
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「あ……目が覚めた……?」
現れたのは、瞳をルビーのように紅く輝かせた、一人の少女だった。
ホワイトブロンドの外にはねたショートボブの髪型、均整の取れた顔立ちはどこか幼さを残し、どこまでも透き通るような肌にくっきりと浮かび上がるように、唇は血で染まったかのように紅い。
小さくて華奢なその身体からも分かるように、歳の頃は十五、六といったところか。
だが、それよりも……。
「君は……? 何故、こんなところに……?」
無表情で見つめる少女に、俺はおずおずと尋ねる。
間違いじゃなければ、落下していたことから考えても、ここはあの遺跡の底……だと思う。
そんなところに、こんな少女がいること自体あり得ない。
だとすれば、この少女は一体何者なのか。
今のところは、こちらに対して敵意を見せる様子はない、が……。
「ボクは……“ベル=ゼブル”……ここは、ボクのたった一つの場所……」
「っ!?」
その名前を聞いた瞬間、戦慄が走る。
何故なら、この国……いや、世界中の誰もが知っている、おとぎ話に出てくる邪神の名前と同じなのだから。
おとぎ話では、邪神“ベル=ゼブル”はこの世界を創造した神である主神“テトラグ=ラマトン”と対を為し、神のいる世界を二分して争うが、破れて地の底深くに封印されたことになっている。
「は、はは……まさか、な……」
俺はそのあまりにも現実離れした話を信じることができず、乾いた笑みを浮かべながら大きくかぶりを振る。
た、多分、この少女も俺と同じように、遺跡の仕掛けでここに落とされただけだろう。そうに違いない。
「……っ! そ、そうだ! アイツ等は!? ゴーレム共は!?」
少女に気を取られて忘れていたが、ここが遺跡の中なら、同じようにゴーレムもここにいてもおかしくはない。
俺は少女を守るような体勢をとりながら周囲を警戒する……が。
「……ゴーレム?」
「ああ……石でできた三メートルもあるデカブツの人形だ。君、見たことあるか……?」
「ううん……ここには、ボクしかいないから」
「そ、そうか……」
少女の言葉に俺は安堵し、深く息を吐いて弛緩する。
さすがに、こんな暗闇の閉じ込められた空間で、なおかつ少女を守りながら逃げるなんてのは不可能だからな……。
だが、そうなると。
「……なんとかして、この遺跡から地上へ脱出する方法を考えないと……」
俺はそう呟くと、この穴の外壁を丹念に調べる。
さすがにこんな底深い穴の中じゃ、あの遺跡での時のように横穴を掘って脱出というのは絶対不可能だ。
となると……この、どこまで続くか分からない穴の天辺を目指して、壁をよじ登るしかないのか……?
「……いや、何か方法があるはず」
そうでなければ、この少女がこの穴に迷い込んだ理屈が通らない。
それからもうしばらく調べるが、どうにも手掛かりが見つからないため、気分転換も兼ねてカバンから干し肉を取り出してかじった。
すると。
「…………………………」
少女がジッと俺……いや、この干し肉を見ている。
ひょっとして、腹が減ってるのか……?
「……食ってみるか?」
「い、いいの……?」
一応尋ねてみると、予想に反して少女が食いついた。
「お、おう。ホラ」
俺はカバンから干し肉を一つ取り出し、少女に手渡す。
少女は真紅の瞳をキラキラさせながら、その小さな口でパクリ、とかぶりついた。
「お、美味しい……!」
どうやらかなり腹を空かせていたようで、夢中で干し肉を食べ、あっという間に無くなってしまった。
「美味かったか?」
「うん!」
そう答える少女は、初めて見た時とは打って変わり、年相応の笑顔を見せた。
はは……なんだよ、いい顔するじゃないか。
「しかし……そんなに腹を空かせてたってことは、一体いつからここにいたんだ?」
そんな少女の笑顔で緊張が緩んだ俺は、何の気なしに尋ねてみる。
「あ……うん……多分、一千年前から、かなあ……」
顔を逸らし、気まずそうに少女が告げる。
だけど……一千年前だって……!?
「は、はは……冗談はやめてくれ。一千年だと? あり得ないだろう!」
俺はそれを否定したくて、思わず声を荒げてしまった。
そんな俺の信じたくない心を、恐怖で押しつぶされそうな心を、目の前の少女があっさりと否定した。
「っ!?」
「……どう? これで理解した?」
少女はニタア、と口の端を吊り上げ、真紅の瞳を爛爛と輝かせる。
おもむろに手を添えた石の壁を、一瞬で砂に変えて。
だけど。
「あはははは! これが邪神、これが“ベル=ゼブル”だよ!」
「…………………………」
高らかに嗤う少女。
でも、俺はそんな彼女の表情よりも、砂に変わった石の壁よりも……彼女の涙を湛えた真紅の瞳に、震える声に、笑う膝に釘付けになった。
俺を恐れさせようと必死で振舞っているのに、まるで俺を恐れるかのような、矛盾した姿。
精一杯強がっているような、そんな姿。
……その姿には、俺にも覚えがある。
半年前のあの日、仲間だったオーランドに裏切られ、なんとか罠から脱出してギルドに戻れば、逆に仲間から向けられた裏切者の言葉と蔑む視線。
そんな言葉と視線に抗うために、これ以上傷つかないようにするために、自分は何ともないんだと無理やり言い聞かせ、余裕があるように見せかける。それと同じだ。
だから、この少女がどんな思いで、どんなつらさを抱えているのか、その大小は違えど俺にも分かる。
少女がどうすれば嬉しいか、どうすれば救われるかも。
だったら。
「あはははは……って、何をしてるの……?」
カバンから干し肉とチーズ、火属性の魔法陣が描かれたスクロール、それにフォークを一本取り出した俺に、少女は嗤うのを止めて低い声で尋ねる。
俺はその問いかけに答えることなく、スクロールを広げて魔法陣を発動させ、焚き火程度の炎を起こした。
そして。
「さっき食った干し肉は、こうやって軽く火であぶってやると脂が溶け出してさらに美味くなる。ほら、熱いから気をつけるんだぞ」
俺はフォークに突き刺してあぶった干し肉を、少女の口元へと差し出す。
「え……こ、これ、食べていい、の……?」
「ああ」
そんな俺の言葉が信じられないのか、少女は俺の顔と干し肉を交互に何度も見やるが、とうとう耐え切れなくなったようで干し肉にかぶりついた。
「はむ……っ! ほ、本当だ! さっきもらったものよりも美味しい!」
「だろう?」
瞳を輝かせながら干し肉を咀嚼する少女の嬉しそうな表情を見て、俺も思わず顔を綻ばせる。
次に俺はフォークにチーズを刺し、干し肉と同じように火であぶった。
表面がとろけたところで火から離して、また少女の口元へと運ぶ。
「これはチーズ。美味いぞ」
「う、うん……はむ……ほわあああ……!」
はは、どうやらチーズも気に入ってくれたようだ。
すると。
「ふ、ふぐう……っ!」
「ど、どうした!? チーズが熱かったのか!?」
突然ぽろぽろと涙を零し始めた少女に、俺は彼女が邪神であることも忘れて傍に寄った。
「ち、違うよ……! ボク……ボク……! うわああああああああああんッッッ!」
「お、おい!?」
少女は俺の胸に縋りつき、号泣してしまった。
「ううう……うわあああああん……!」
「……………………………」
スクロールの小さな炎が辺りを照らす中、俺は胸の中の少女の、その小さな背中を優しく撫でた。
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