ゾラ司祭
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教会の中を通り抜け、ゾラ司祭が運営する治療院へとたどり着くと……ほう、既に多くの患者で列を作っているな……。
「どうぞ、こちらです」
ゾラ司祭の案内で、治療院の中へと通され……っ!?
「ゾ、ゾラ司祭様! どうか……どうかお助けください!」
「この子が、昨日から苦しんで目を覚ましてくれないのです!」
「おお……聖母様……!」
患者達がゾラ司祭を見た瞬間、一斉に群がってきて、口々に救いを求め、訴え続ける。中にはゾラ司祭を讃えすぎて恍惚の表情を浮かべる奴もちらほら。
「我が教会の神官達が順番に診てまいりますので、このままお待ちください……」
ゾラ司祭は恭しく一礼すると、今度こそ治療院の中へと入った。
「おお……」
外の患者の列だけでもすごかったが、治療院の中はまさに戦場といった様子だった。
怪我や病気で苦しんでいる患者を、神官達は休む間もなく手当たり次第に治癒魔法をかけていたり、薬や包帯で手当てするなど、常に動き回っている。
「ゾラ司祭様! この患者をお願いします!」
神官の一人が、焦った様子でゾラ司祭に声をかける。
見ると……どうやら冒険者らしい患者の腹が横にきれいに裂け、中から臓物の一部が飛び出ていた。
あれは……さすがに助からないだろう。
だが。
「分かりました。ディートリヒさん、少々お待ちください」
そう言うと、神官と共にその患者の傍へ行き……なんとゾラ司祭は、飛び出ていた臓物をその白く細い手で中へと押し込めた。
「主よ……迷える御子に、大いなるお慈悲を……【ハイ・ヒール】」
ゾラ司祭は腹の傷口に両手をかざし、上級治癒魔法【ハイ・ヒール】を施す。
だが……俺の知っている【ハイ・ヒール】は、確か全身を魔力で覆うようにして治療を行うはず。なのにゾラ司祭の場合は、まるで傷口にのみ魔力を当てているようにしか見えない。
なるほど……つまり、魔力を傷口の一点に集中することで、【ハイ・ヒール】の効果をより高めているのか。
「ふう……これで一命は取りとめました。あとはあなたの【ヒール】でも治癒可能です」
「あ、ありがとうございます!」
ニコリ、と微笑むゾラ司祭に、神官は満面の笑みで頭を下げた。
「いや……だが、見事なものだな。」
「ふふ……見ていらしたのですね」
「ああ」
神官が持って来た水の入った容器で手を洗うゾラ司祭に、俺は傍に寄って頷く。
「今のような場合、内臓を正常な位置に戻してあげてから治癒魔法を施すと、より患部に魔力を集中させることができるのです……」
「なるほど……」
ううむ、治癒魔法にもやり方というものがあるんだな。もし機会があるなら、エマの奴にも教えてやるか。
「ふふ、お待たせしました」
手を拭き終え、改めて治療院の奥にあるゾラ司祭の部屋へとやって来た。
「これは……何というか……」
「ふふ……驚かれたでしょう?」
「ああ……」
部屋に入った瞬間、目を見開いた俺にゾラ司祭がクスクスと笑う。
だが、部屋のいたるところに人族、獣人族、果ては希少種であるエルフ族やドワーフ族の身体の一部や内臓が、液体の入った透明の容器に入っていた。
「……これは、私が救えなかった患者達です」
「…………………………」
「そんな患者やその家族が、これ以上犠牲を増やさないようにと、自ら私の研究のためにその身体を差し出してくださったのです。そのおかげで治療技術は格段に向上し、今に至ります」
「そうか……」
少し俯きながらポツリ、と呟くゾラ司祭に、俺はただ頷いた。
「あ……す、すいません。医薬品はそちらの下に置いてください」
「分かった」
指示された場所に、医薬品の入った木箱を置く。
「はい……ありがとうございました」
そして、ゾラ司祭と俺は再び教会内を通り抜けてトマシュ達が待つ正門へと戻った。
「で、では! ゾラ司祭、引き続きご用命は“トマシュ商会”へ!」
「ふふ、はい」
俺とトマシュは馬車の御者席、サシャは荷台へ乗り込み、教会を後にする。
「……ところでディートリヒ君。君、ゾラ司祭と何の話をしたんだい……?」
教会が見えなくなるなり、トマシュが覗き込むようにして尋ねてきた。
「いや、特に……ああ、患者の治療法について少し話をした程度だな」
「……本当にそれだけかい?」
「ああ」
もう一度念を押され、俺は再度頷いた。
「ふう……そうかー……」
安堵の表情を浮かべるトマシュだが……この俺が、初対面でしかないゾラ司祭と何かあると、本気で考えているんだろうか……。
「うちの旦那、ディートリヒさんと何かあったんじゃないかって、ずっとソワソワしてたっす!」
「サシャ!?」
荷台から含み笑いをしながらそんな暴露をされ、トマシュは顔を真っ赤にして慌てふためく。
そんな二人を見て、俺は思わず苦笑した。
◇
「おっと、ここで止めてくれ」
プラグの街の大通りにある少し大きな建物の傍で、俺はトマシュにそう伝えた。
「どうしたんだい?」
「いや……とりあえず、これでトマシュから請け負った依頼は全て片づいたわけだし、ここで別れたほうがいいだろう。それに、俺は元々このギルドに用があったんでな」
そう言って、俺は建物……ギルドを顎で指し示した。
「そうか……それは寂しいね……もし君さえよければ、うちの商会の専属として雇っても……って、君は世界中を旅しているんだったね……」
「ああ……悪いな」
「いや、いいさ。別に、これが一生の別れってわけじゃないんだ」
トマシュはおもむろにカバンを手に取ると、布の袋を手渡してきた。
「……これは多すぎるんじゃないのか?」
「ははは、何を言ってるんだい。世界中を旅するんなら、多めに持っておいて困ることはないよ」
「そうっす! 所詮は旦那の金なんすから、遠慮はいらないっす!」
「いや、なんでサシャが言うんだい!?」
「はは……」
俺は苦笑しながら、トマシュに右手を差し出した。
「トマシュとサシャのおかげで、道中楽しかったさ」
「ははは……私達もだよ」
「っす!」
二人と握手を交わすと、トマシュは馬車を走らせ、商会へと帰って行った。
「さて……」
俺は扉をくぐり、首都プラグのギルドの中へと入る。
はは……どいつもこいつも、一癖も二癖もありそうな連中ばかりだな。
そんな冒険者達の視線を無視し、受付の窓口へ来ると。
「俺は“ディートリヒ”。リトミルの街の冒険者ギルドのマスターから、ここのギルドマスターあての手紙を預かってるんだが」
「……では、その手紙をお預かりします」
受付嬢は、名乗り出た俺に不愛想な表情で手紙を受け取った。
「……この手紙はギルドマスターにお渡ししますので、もう帰っていただいて構いませんよ」
「ああそうかい」
あまりにもぶっきらぼうな応対に、俺は肩を竦めて受付から離れた。
さて……それにしても、教会に忍び込んで封印を解く前に、やはりそれなりに準備と下調べがいるが……。
顎に手を当てながらギルドを出ようと扉に手をかけた、その時。
「あああああ!? お、お待ちください!?」
さっき不愛想に応対した受付嬢が、焦った表情で追いかけてきた。
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