食べさせてやりたい
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「では、私達の出会いと明日の商売繁盛を祝って、乾杯!」
「乾杯っす!」
「乾杯……」
首都プラグにあるトマシュの商会へと馬車を預け、俺達はそのトマシュ行きつけだという店でワイングラスを片手に乾杯した。
それにしても……。
「トマシュ……ここって結構高いんじゃないのか?」
「ははは、気にしなくていいよ。ここは全部私の奢りだ」
「そうっす! 気にするだけムダっす!」
気を遣ってそう言うと、朗らかに笑うトマシュと一切気にする様子がないサシャ。
というか、サシャに関してはもはや使用人の態度とは思えない……。
だが、この店がプラグでも高級店だということは分かる。
そんな店で一番景色のいい窓際の席へとアッサリと通されるトマシュ……俺が思っているよりもすごい[商人]なのかもしれないな。
「ここはローストしたワイルドブルをクリームソースで煮込んだものと、白身魚のグリル、それにワイルドボアのフィレ肉のステーキが美味しいよ」
「そうか……じゃあ、それをもらおうかな」
トマシュは店員を呼んで一通り注文を済ませると、ワインを口に含んだ。
「それで、ディートリヒ君は世界中を旅してるんだろう? このプラグを出たら、次はどこへ向かうんだい?」
「そうだな……」
このブラヴィア公国から近い封印場所となると、ラングバルド王国かカロリング王国、それかヴァリャーグ帝国ってことになるが……。
「おそらく、ラングバルド王国へ行って次にケント王国かな」
「へえー……ラングバルド王国なら、親戚が私と同じように商会をしているから訪ねるといいよ。私からも君のことを伝えておこう」
「そうだな……その時は頼らせてもらうさ」
「そうっす! 全部旦那がパパッとやってくれるっす!」
「君は私をぞんざいに扱い過ぎじゃないかな!?」
とうとう見かねたトマシュが抗議するが……駄目だ。サシャの奴、聞いちゃいない。
すると。
「……お待たせしました。まずは前菜のカマンベールチーズのマリネです」
店員が俺達の席に皿を並べる……が。
「俺、前菜を頼んではいないんだが……」
「ははは、せっかくだから私がコースにしたよ。もちろん、君が所望するワイルドブルのクリームソース煮に白身魚のグリル、ワイルドボアのフィレ肉のステーキも来るから安心して」
ま、まあ、奢ってもらっている手前、俺が言うことは何もないんだが……。
そんなことを考えながら、カマンベールのマリネを口へ運ぶと。
「……へえ」
濃厚なカマンベールチーズがマリネの酸味でさっぱりと仕上がっていて、まずは口慣らしにちょうどいい料理だな。
なにより、これは俺でも作れそうだ。
「ジャガイモのスープです」
「なるほどなるほど……」
口当たりもよく、ポタージュにしているからか濃厚な口当たりだ。美味い。
「白身魚のグリルです」
「っ! カリッとしていて香ばしいな」
小麦粉をまぶしてたっぷりのバターで揚げ焼きのようにしてあるんだな。これなら、少々の小骨があっても気にせず食える。
「ワイルドボアのフィレ肉のステーキです」
「おお……! 口の中一杯に肉汁が広がる……!」
なにより、特筆すべきは肉の柔らかさだ。
これは……美味い!
「ワイルドブルのクリームソース煮です」
「…………………………」
……もはや言葉はいるまい。
肉の旨味が凝縮されたクリームソースと、口に含んだ瞬間ホロリ、と蕩けてしまうローストされた肉。
付け合わせの柔らかいパンを一口サイズにちぎってクリームソースと絡めて食えば……これに勝る贅沢な料理はない……って。
「「…………………………」」
気づけば、二人はナイフとフォークの動きを止め、俺をジッと見ていた。
「ははは! それにしても君、本当に美味しそうに食べるんだね!」
「こんなに気持ちいい食べっぷりの人、初めて見たっす!」
「そ、そうか……?」
ううむ……思わず料理に夢中になってしまっていたみたいだ。気をつけないと。
だけど。
「はは……この料理は、是非ともベルに食べさせてやらないとな……」
すっかり平らげて皿だけになったワイルドブルのクリームソース煮を眺めながら、俺はそう呟いて頬を緩める。
「へえ……その“ベル”って人、ひょっとして君の彼女かなにかかい?」
「ディートリヒさん、隅に置けないっす!」
「っ!? ち、違う! そういったものじゃなくてだな!」
二人がニヤニヤしながらからかってきたので、俺は必死で弁明した。
だ、だけど、なんで俺はこんなに恥ずかしくなっちまってるんだ!?
「ははは! とにかく、今度そのベルさんを連れてきたらいいよ! 私がこの店のオーナーに話をしておくから!」
「あ、い、いや……その、ベルの奴はここには来れないんだ……」
もちろん“七つの封印”を全て解けば、ベルも自由にはなるが……だが、それにはかなり時間がかかるだろうからな……。
「そうか……ひょっとして病気かなにかかい……?」
「……まあ、そんなところだ。せめて、レシピでもあれば作ってやれるんだがな……」
俺は俯きながらポツリ、と呟く。
「ま、まあまあ! 今日はプラグに来た打ち上げっすよ! 湿っぽいのはなしっす!」
空気を変えようと、サシャが少し大袈裟にそう言った。
「はは、そうだな。悪い」
「うん! せっかくだから、今日は特別高いワインを開けようじゃないか!」
それから俺達は、時間の許す限り料理とワインを楽しんだ。
そして、食事を終えて店を出ると。
「ディートリヒ君」
「? どうした?」
「これ」
トマシュに折りたたんだ紙を手渡され、開いてみる……っ!?
「こ、これは……」
それは、今日食べた料理のレシピが詳細に記されてあった。
「ははは、さすがにレシピを聞き出すのは苦労したよ」
「本当に、すまない……」
「じゃあ、おやすみ。明日は頼んだよ!」
「おやすみなさいっす!」
トマシュが俺の肩をポン、と叩き、サシャと一緒に商会へと帰って行った。
「はは……こりゃ、気合い入れて明日は荷下ろししないと、だな」
レシピの書かれた紙を大事に懐にしまい、俺は宿へ向かった。
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