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気さくな商人と使用人

ご覧いただき、ありがとうございます!

「うう……たった一回でなくなっちまう……」


 ベルの遺跡から再びブラヴィア公国へと戻ってきた俺は、使用して燃え尽きたスクロールの灰を眺めながら肩を落とした。


 せめて出口側だけでも何回でも使えればいいが、どちら側も一回の使用でなくなっちまうから、コストがかかって仕方がない。


 今回も、あらかじめ設置しておいた一枚を除き、三枚もスクロールを使用したのだ。


「ハア……土下座してでも、エレナに遺跡側に転移魔法陣を書いてもらうか……?」


 かつての仲間だったエレナは、[魔法使い]の中でも上級職に位置する[魔導士]だ。実際、アイツなら転移魔法陣くらいいくらでも描ける。


「……まあ、いよいよとなったらそうするか……」


 今のところ、先日のゴブリンとトロール討伐という緊急クエストのおかげで、かなりの金が手に入った。

 少なくとも、首都プラグまでの路銀には余裕がある。


「ま、途中で美味いモンでも食いながら、のんびり目指すか」


 それに、ベルから与えられた【刹那(せつな)】の訓練もある。

 あのトロールとの戦いで、筋肉痛で行動不能になっちまったら大変なことになるのは、身に染みて分かったからな。

 せめて、筋肉痛になっても最低限の行動ができるくらいにはなっておかないと。


 そんなことを考えながら街道を歩いていると。


「おや? 一人旅かね?」


 後ろからやって来た幌馬車から御者の男が、俺の隣を通り過ぎようとしたところで声をかけてきた。


「ああ。首都プラグを目指してるんだ」

「へえ……実は私達もプラグへ向かっているんだが、見たところ冒険者のようだし、この馬車の護衛を引き受けてくれたら乗せてもいいよ?」


 御者の思わぬ申し出に、心が揺れる。

 確かに歩いて行くより馬車のほうが各段に早いし、何より俺が楽だ。


 だが。


「……一応言っておくが、俺の職業は[斥候]だ。普段は(・・・)[剣士]や[戦士]なんかと比べて、そこまで強くないぞ?」

「ははは、それでも私達[商人]よりは強いじゃないか。もちろん[斥候]でも構わないとも」


 ふむ……なら、俺に否やはないな。


「分かった。ならよろしく頼む」

「よし、交渉成立だな。私は“トマシュ”」

「“ディートリヒ”だ」


 御者席によじ登って握手を交わし、俺はそのまま御者の隣に座った。


「それで、私達(・・)と言っていたが、他の奴は後ろか?」

「ああ。といっても、使用人が一人だけだが」


 そう言って、御者は苦笑しながら肩を竦めた……って。


「アンタ、上司なのに馬車を運転してるのか?」

「ははは、元々うちは小さな商会だから、会長でも雑用をしないといけないんだよ」

「なるほど……大変だな」

「まあね」


 それから俺は、御者席でトマシュと雑談した。

 どうやらこの商会、小さいと言っていたがこの国を治める“ブラヴィア大公”にも品物を卸しているほど有名だったみたいだ。

 そして……プラグにあるテトラグ教の教会にも。


「……せっかくだし何かの縁だ。その教会で荷下ろしをする時は、俺も手伝おう」

「本当かい? いやあ、それは助かる!」


 本音を言えば、俺のほうが助かる。

 なにせ、ベルの封印場所についての手掛かりがあるはずの教会に、潜入する機会をくれたんだからな……って。


「……トマシュは何を食ってるんだ?」

「これかい? “ツクロヴィー”っていうクッキーだよ」

「へえ……」


 トマシュが持つツクロヴィーというクッキーをまじまじと眺めていると。


「食べてみるかい?」

「いいのか?」

「もちろん!」


 俺はツクロヴィーを一つ手渡され、それを口の中へ放り込む。


「! シナモンの香りが効いていて美味いな!」

「だろ? コッチのジャムが詰まったヤツもイケるぞ」


 俺が美味そうに食ったことに気を良くしたのか、トマシュはその後も色々なツクロヴィーをくれた。

 はは……そういや、ベルにはまだ菓子を食わせたことがないな。

 次に行く時は、このツクロヴィーも持って行ってやらないと。


「……まあ、ここからプラグまで立ち寄れそうな街も村もないし、ツクロヴィーくらいしか楽しみがないんだけど」

「え……?」


 トマシュのその言葉に、俺は思わず呆けた声を漏らしてしまった。

 そんな……リトネルの街みたいに、この国の美味いモンにありつけると思ってたのに……。


「ははは、まあまあそんな落ち込まないで。その代わり、プラグに着いたら護衛と荷下ろしの礼に、報酬とは別で美味しいお店に連れて行ってあげるから」

「! ぜ、ぜひ!」

「は、はは……ディートリヒ君は、意外と食いしん坊なんだな」


 俺が勢いよく詰め寄ると、トマシュは苦笑いを浮かべた。


 ◇


「……終わったぞ」


 護衛としてトマシュの馬車に乗り込んでから一週間。

 首都プラグを目の前にして、現れたゴブリン四匹を仕留めた。


「ウーン……お見事だね」

「スゲエっす!」

「いや、所詮はゴブリンだから……」


 手放しで褒めるトマシュと使用人の“サシャ”に、俺は生返事をした。

 というかこの一週間、この二人はゴブリンを仕留めるたびにこの調子なのだ。


 まあ、ここに至るまでの道中、これといって何もなく退屈だったことが、少しでも娯楽を求める二人のニーズにマッチしたと言えなくもないが……。


「それより、着いたら真っ先に大公の宮殿と教会へ行くのか?」

「いや、多分プラグに入るのは今日の夜になるだろうから、荷下ろしは明日だね」

「そうっす! 今日は旦那の(おご)りで豪遊っす!」


 なるほど……なら、今日のうちに教会を周りから下調べしておいたほうがよさそうだな。

 それと、プラグのギルドマスターに預かっている手紙も渡さないと……って。


「トマシュ?」

「ははは、もちろんディートリヒも豪遊に付き合うよね?」

「っす!」


 ずい、と顔を近づけ、逃がさないとばかりに詰め寄る二人に、俺はただ頷くしかない。


 そして。


「……着いたみたいだな」


 太陽が落ちて月が空で輝き始めた頃。

 俺達は、首都プラグへ入った。

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