邪神様への最初のお供え
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「っ! ディー!」
「よう」
暗がりの中で一人たたずんでいたベルは、俺の姿を見るなり満面の笑みを浮かべながら胸に飛び込んできた。
「はは、元気にしてたか?」
「うん! ……って、まだ一か月くらいしか経ってないんだよ?」
「まあな」
俺は肩を竦めると、ベルのホワイトブロンドの髪を優しく撫でた。
「えへへ……ディーの手、気持ちいい……」
「そうか」
嬉しそうに目を細めるベルを見て、俺も口元を緩める。
「おっと、そうそう。早速美味いものを持って来てやったぞ」
「ホント!」
「ああ、期待していい」
俺はおもむろにカバンから買い込んだ材料を取り出し、準備に取りかかる。
まず、いつも持ち歩いている使い込まれた包丁とまな板を出すと、タマネギとピクルスをみじん切りにし、その隣でワイルドブルの生肉を包丁で叩いてミンチにする……って。
「ベル?」
「ふああああ……ディーって料理もできるんだ……!」
おお、果たしてこれが料理と呼べるほどのものかは分からんが、ベルが真紅の瞳をキラキラさせて感動してくれている。
ふむ……これからは、レシピを聞いてベルの目の前で作ってやるのもいいかもな。
次に俺は、火属性の魔法陣が描かれた小さなスクロールと鍋、それに水筒を取り出した。
「これは何をするの? ひょっとして、前みたいに干し肉やチーズをあぶるのかなあ……」
「はは、これは鍋に火をかけるんだよ」
地面に石を並べて簡易のかまどを作り、その上に水を張った鍋を置く。
下には火属性の魔法陣のスクロールを置いて発動させて、と。
しばらくすると、鍋の中の水が沸騰してきた。
「よし、それじゃこれを入れて……」
「それは?」
「これはソーセージって言うんだ。美味いんだぞ」
「ふああああ……楽しみ!」
鍋の中でぐつぐつと煮込んでいるソーセージから、ベルは視線を外せないでいるようだ。
その間に俺は、ワイルドブルのミンチ、タマネギとピクルスのみじん切り、それに塩とハーブを振りかけて混ぜ合わせ、円型に形を整えた後、真ん中にくぼみを作ってそこへ生卵の黄身を乗せた。
最後に、手のひらサイズにスライスしたパンを添えて……。
「よし、これでワイルドブルのタルタルの完成だ」
「ふわあああ……美味しそう……!」
ソーセージに釘付けだったベルが、俺の『完成』の言葉で今度はタルタルへと視線を移した。
もちろん、期待に満ちた表情で。
「はは、ソーセージもすぐできると思うから、まずはコッチから食べてみるか?」
「うん!」
ということで、俺はスプーンを取り出して黄身を崩して混ぜ合わせると、パンを一切れつまみ、その上にタルタルをたっぷりと乗せた。
「ほら、食ってみろ」
そう言って口元へ差し出すと、ベルはパンを受け取らずにそのままかじった。
「はむ……ふわあああ! すごく美味しい!」
「はは、だろ?」
よかった、どうやらお気に召したようだ。
「うん……うん……濃厚なんだけどさっぱりしてるっていうか、口の中でとろけるっていうか……! うまく表現できないや……!」
「はは、一杯食うんだぞ」
「うん! はむ!」
俺の手にある残りを全部口に含み、頬っぺたを押さえながらご満悦の表情を浮かべる。
「お、コッチももういいだろ」
鍋から茹で上がったソーセージを取り出し、皿に乗せてマスタードを添える。
「ほら、コッチも」
俺はソーセージにマスタードを塗ってフォークで刺すと、同じくベルの口元へ運んだ。
「えへへ、はむ……ほわあああ……!」
パリッという小気味良い音と共に、咀嚼するたびにベルの目尻が下がっていく。
「すごいね! 噛んだ瞬間、口の中一杯にジュワッと美味しさが広がったよ!」
「だろ?」
それからも夢中になって食べるベルに、俺はただ頬を緩めていた。
◇
「ふああああ……美味しかったあ……!」
全部平らげたベルは、恍惚の表情を浮かべる。
「はは、満足してもらえて何よりだ」
「そりゃそうだよ! だって、ディーがボクのために用意してくれたんだもん!」
後片づけをしている俺の腕を抱きしめ、「えへへ」とベルがはにかんだ。
「ああ、そうそう。ベルに聞きたいことがいくつかあったんだ」
「聞きたいこと?」
「ああ」
俺はリトミルの街であった一連の出来事について、簡単に説明した。
俺の胸に現れた紋様と、周囲の時間が止まったと錯覚するほど超低速になった現象のこと。
タルタルとソーセージ、それに最高のエールを教えてくれた気のいい三人の冒険者のこと。
そつなく仕事をこなす、少し真面目なギルドマスターのこと。
そして……刻印の施されたトロールとゴブリンの群れのこと。
「……少なくともこの胸の紋様と力は、ベルが関わってるってことで間違いないよな?」
「……うん」
俺の問いかけに、ベルが頷く。
「それは、ボクの眷属になったことの証。そして、それによってキミがボクの力を使えるようになったってことだよ」
「そうか……」
まあこれに関しては、それしか答えはないしな。
「あは……でも、【刹那】を初めて使ったから、大変だったんじゃない?」
「ああ、そうだとも。おかげでその後、俺は全身筋肉痛になったんだからな」
クスクスと笑うベルに、俺は肩を竦めながら少しオーバーに表現して言った。
「だけど、そのおかげで俺は二回も助かった。ありがとう」
「あ……も、もう! お礼を言うのはボクのほうなんだよ? ディーがボクの封印を解いてくれるための旅をしてくれてるんだから!」
俺が打って変わって真剣な表情で頭を下げると、ベルは慌てた様子でわたわたとした。
はは……本当にこの邪神は、どこまでもおとぎ話と実物とのギャップがすごいな。
「あ、それとその魔獣の刻印のことだけど、どんな印だった?」
「ああ、それは……」
俺は地面を指でなぞり、刻印を描いた。
「……これは、天使族が使う術式だね」
「っ!? そうなのか!?」
低い声で告げたベルの言葉に、俺は思わず詰め寄った。
「うん、間違いないよ。どんな術式かは刻印に込められた魔力を見ないと分からないけどね……」
「そ、そうか……」
だがそうなると、なんでその天使族とやらはこんな真似をしたんだ?
邪神のベルも封印されたままだし、テトラグ教はこの大陸一の宗教で信者も圧倒的に多い。一千年前のようなことをしなくても、信仰心を集めるには充分だろう。
「……目的は分からないけど、少なくともボクの権能が封印されているブラヴィア王国には、天使族がいる」
「…………………………」
「ディー」
するとベルは俺の名を呼び、その真紅の瞳で見つめた。
「ボクの封印なんてどうでもいい。だから、万が一キミが危ない目に遭いそうなら、すぐに逃げるんだよ?」
……ここにきて俺の心配かよ。
全く、邪神様のくせにどこまでお人好しなんだ。
「はは……まあ、天使族とは極力関わり合いにならないようにするさ。だがな」
見つめるベルの瞳を、俺はジッと見つめ返すと。
「ベルの封印を解くのを邪魔するってんなら、俺はその天使族とやらと全力で戦う」
「っ!? だ、だけど!」
「悪いな。俺は、早くベルと食べ歩きしたいんだよ」
心配な表情で詰め寄るベルに、俺はおどけながら答えた。
そもそも、俺はベルをこんなところに封印しやがった天使族とやらに、頭にきてるんだ。それだけじゃない、村娘のハナがあんな目に遭ったのもその天使族のせいだってんなら、その落とし前はキッチリつけないとな。
「それに俺はベルの眷属で、ベルにもらったその【刹那】って能力もあるんだ。負ける気はしないさ」
「もう……」
俺に折れる気がないってことが分かったからなのか、ベルは頬をふくらませてプイ、と顔を背けてしまった。
「まあ、機嫌を直してくれ。またすぐに美味いものを持ってくるからさ」
「……本当だよ?」
「ああ」
はは。さすがの邪神様も、食い物には勝てないか。
「さて……もっとこうしていたいが、俺はそろそろ行くよ」
「あ、うん……」
立ち上がってカバンを背負うと、ベルが一瞬寂しそうな表情を浮かべた。
「……今度は、一か月じゃなくもっと早めに来るようにする」
「え……あ、あは、大丈夫だよ! だってボク、ここに一千年もいるんだよ? 一か月なんて、ボクにとったらあっという間なんだから!」
そう言ってベルはにぱー、と屈託のない笑顔を見せた。
――ギュ。
「え……? ディー……?」
「バカヤロウ。俺に気を遣うなよ」
俺が抱きしめると、困惑するベル。
全く……俺なんかに気を遣って、無理をしてどうするんだよ。
「えへへ……ディーったら、本当に優しいんだから……」
そう言うと、ベルが嬉しそうな表情で俺の胸に頬ずりをした。
「それじゃ、また俺を送ってくれるか?」
「うん!」
ベルは笑顔で頷くと、俺から離れて両手をかざした。
「ディー、またね!」
「ああ。次も美味いものを持ってくるから、楽しみにしてろよ」
そして俺は、一瞬で遺跡の石室へと戻った。
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