お人好し達との別れとお供え物
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「んう……」
「お! やっと目を覚ましたか!」
「うお!?」
意識が戻って瞼を開いた瞬間、ヤンの強面の顔が現れ、俺は驚いて思わず声を上げた。
「え、ええと……ここは? 今、どんな状況になってる?」
「おう! ここはミロク村だぜ!」
ヤンの話によると、気を失った俺はヤン達が村まで運んでくれて[僧侶]の冒険者が治癒魔法をかけてくれたらしい。
ただ、俺の身体は筋肉痛どころか腱がズタズタになっていたらしく、かなりひどい状態だったとのことだ。
多分、二回も力を使ったことによる反動だとは思うが……気をつけよう。
「それで、ゴブリン達は……?」
「そちらは、無事に片づいたよ」
「ギルドマスター、いたのか」
見ると、ギルドマスターも傍らにいてニコリ、と微笑んだ。
あの後、ギルドから冒険者が次々とこの村に応援にやって来るなり形勢は一気に傾き、ゴブリンは無事根絶やしにできたとのことだ。
「まあ、[僧侶]の奴が言うには、『治癒魔法で治ったにしても、全身の疲労もすごいから最低三日は大人しくしろ』だとさ」
「そうか……」
まあ、筋肉痛は治癒魔法じゃ治らないしな。おかげでほんの少し動くだけで全身が痛い。
忠告通り、しばらくは大人しくしておこう。
「それで、さっき村娘を抱えていたペドルに聞いたんだが、その……トロールが村娘に手を出したというのは……」
「……ああ」
歯切れ悪く尋ねるギルドマスターに、俺は短く返事をした。
だが……どう考えても、あのトロールの行動はおかしい。
「……一応、村娘のハナは治癒魔法で身体のほうは元通りになった」
「身体のほうは、か……」
……あんな非常識な体験をしてしまったんだ。壊れてしまうのも、仕方ない、か……。
「……今回の大規模なゴブリンの群れ、統率者がトロールだったこと、そして村娘との行為……全てが異常だらけだ」
「…………………………」
「これからこの周辺のゴブリンの生態やおかしな点がなかったか、ギルドとして本格的に調査するつもりなんだが、よければ君の力も貸してほしい。なにせ、今回の事態に気づけたのは、君がこの村の調査クエストを請け負ってくれたからだからな」
なるほど、な……。
「……そうしてやりたいのはやまやまだが、少なくとも三日は安静。それに、俺は首都プラグを目指している途中でな。早ければ来週にでもここを発とうと思っていたところなんだ」
「そうか……残念だ……」
俺の答えを聞いたギルドマスターは、肩を落とした。
「だが……身体が元通りになってこの街を出るまでの間は、その調査に関するクエストを受けることにするよ」
「っ! 本当か! 助かる!」
落ち込んだ様子から一転、ギルドマスターは笑顔を浮かべた。
「お! それじゃ、その間は俺達もディートリヒと一緒にクエストを受けるぜ!」
「うふふ、そうね!」
「よっしゃ! いっちょやるか!」
いつの間にかマフレナとペドルもこちらに来ていて、三人が気勢を上げた。
はは……まあ、即席とはいえこの三人ならパーティーとして動いてもいいか。
三人とギルドマスターの嬉しそうな声を聞きながら、俺はその心地良さに酔った。
◇
「ふう……」
あのトロールとゴブリンの討伐を終えた日から十日後。
俺は借りている安宿の一室で、旅の支度を整えていた。
あれから、ヤン達とリトミルの街周辺の調査を行ったが、たまに小規模のゴブリンの住処を見つける程度で、おかしな点は発見できなかった。
だが、例の洞窟をギルドで調べたところ、それなりに発見があったようだ。
まず、俺が倒したトロールの身体に、刻印のようなものが見つかったこと。
そして、同じ刻印が一部のゴブリンにもあったらしい。
『刻印が何なのか、公都のギルドにも照会をかけて調べてはいるが、今のところこれといった手掛かりはない。だが、今回の問題行動は、この刻印が大いに関係していると踏んでいる』
一応、俺が王都に着いた際には、その件について公都のギルドに報告してほしいとのことだ。
「ハア……ベルの封印を解く旅だったのに、なんだか余計なモンがくっついて来たな……」
とはいえ、ミロク村の調査クエストを受けたのは俺だし、こうなった以上、今さら手を引くつもりもないがな。
なにより……もし今回の件が作為的なものだったりしたら、俺個人の思いとして叩き潰してやりたい。
……それが、救えなかった村娘のハナへの、罪滅ぼしだ。
「よし、行くか」
カバンを背負い、部屋を出て一階で宿屋の主人に鍵を返すと、ひとまずギルドへと向かう。
「よう! ……って、そうかー……もう行っちまうんだな……」
「ああ……」
ギルドに着くなり笑顔で駆け寄ってくるが、俺の姿を見て寂しそうな表情を浮かべるヤン。
はは……初対面の時はその強面でいきなり声をかけられたから、ひょっとしたら絡まれるんじゃないかって思ったりしたが、ここまで気さくでいい奴だとは思わなかった。
すると。
「ああ、ディートリヒ君、わざわざ立ち寄ってもらってすまない」
「いや、俺もヤン達に挨拶をしたかったからちょうどいい」
ギルドマスターが執務室から出てきて、声をかけてきた。
その手に、封蝋をした手紙を持って。
「これを公都ギルドのマスターに渡してほしい。なかなか気難しい性格をしているが、まあ君なら大丈夫だろう」
「おいおい……会う前から不安だな……」
俺は眉根を寄せながら手紙を受け取り、カバンの中にしまった。
「それじゃ、そろそろ行くよ」
「ディートリヒ……また、絶対にこの街に来てよね……」
「ばっか、当たり前だろ……?」
マフレナが泣きそうな表情で告げると、ペドルがそう言って肩を竦めた。
「はは、この街には何と言ってもワイルドブルのタルタルとソーセージ、それに最高のエールがあるからな。来ないなんて選択肢はないさ」
「わはは! だよな!」
ヤンに力一杯背中を叩かれ、俺は思わずよろめいた。
「ディートリヒ、気をつけろよ!」
「またね!」
「次来た時は、今度こそ一緒にパーティーを組もうぜ!」
「うちのギルドは、君ならいつでも歓迎するよ」
はは……本当に、この街に来てよかった。
「ああ……それと、俺のことは“ディー”でいい」
「! ああ、ディー!」
みんなと別れ、ワイルドブルの生肉、鳥の生卵、タマネギ、ピクルス、それソーセージと転移魔法陣のスクロールを三つ買い込む。
「へえー。アンタ、タルタルでも作るのかい?」
「ああ、ちょっとお供え用にな」
「お供え?」
「はは……俺の神様は、食いしん坊なんだよ」
不思議そうに首を傾げる市場のおばちゃんに、俺は苦笑しながら答えた。
街を出て、しばらく進んだところにある街道沿いの物置小屋で転移魔法陣のスクロールを広げる。
「ベルの奴、どんな顔するかな」
俺はクスリ、と笑うと、スクロールの上に乗ってあの遺跡へと転移した。
そして。
「っ! ディー!」
「よう」
暗がりの中で一人たたずんでいたベルは、俺の姿を見るなり満面の笑みを浮かべながら胸に飛び込んできた。
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