トロールの奇行
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「来たな……」
暗がりの中で蠢くゴブリンの群れを眺めながら、ギルドマスターがポツリ、と呟く。
だが、どうやら群れの中にはトロールの姿はないようだ。
「総員! 直ちに配置につけ! ゴブリン共を根絶やしにするぞおおおおお!」
「「「「「おおーッッッ!」」」」」
ギルドマスターの檄に、冒険者達が気勢を上げる。
ゴブリン達も、まさか村で防御柵を作って冒険者達が待ち構えていたとは思ってもみなかったようで、群れの動きが止まった。
『『『『『ギイイイイイイイッッッ!』』』』』
とはいえ、それは一瞬だけで、ゴブリン達は一気に襲い掛かる。
「ひい、ふう、みい……」
防御柵の上に立ち、俺は冷静に状況を見つめた。
ふむ……ゴブリンの数はざっと見積もって百と少し。トロールがここにいないのも間違いなさそうだ。
そうこうしているうちにも、冒険者達は防御柵を上手く活用しながら、ゴブリンを一匹、また一匹と殺していく。これなら、ギルドから追加の冒険者が来るまで持ちこたえられるだろう。
「ギルドマスター」
「食らえ! ……ディートリヒ、どうした?」
トマホークでゴブリンの頭をかち割ったところで、ギルドマスターがこちらへと振り返った。
「ああ……今、連中はトロールを除けば総動員でこの村を襲撃している。なので俺は、今のうちにゴブリンの住処へ行って村の娘を救出してくる」
「そうか……だが、ここにトロールがいないということは、その住処に残っているということだぞ?」
「そうだな……その辺は、上手くやるよ」
「分かった。気をつけてな」
俺は村を回り込むようにしてゴブリンの群れの裏へと抜けると、そのままゴブリンの住処へ向けて走った。
「……やっぱりゴブリン達は、村を襲っている連中で全てのようだな」
ゴブリンの住処にたどり着いた俺は、木の陰から洞窟周辺を見回すが、ゴブリンがいる気配はない。
俺は慎重に洞窟の入口へと近づき、中を覗き込むが……。
「暗くて奥はよく分からんな……」
かといって、ここで松明を灯せば、中にいるであろうトロールに気づかれてしまう。
それに、俺のすべきことは村娘の救出。なら、この暗闇に乗じて洞窟の中に入っていくしかない。
「といってもまあ、俺にはこの程度どうってことはないが」
冒険者になってから七年間、俺は[斥候]としてあらゆる場所に潜入したんだ。
今よりも厳しい状況だって何度も経験している。
俺は息を殺しながら、慎重に洞窟の中を進んで行く。
すると。
「あああああ……いやああああ……!」
洞窟の奥から、女のか細い悲鳴が聞こえた。
「おかしい……ゴブリンは総動員でミロク村に行っているはず。今、村娘と行為に及ぶ奴はいないはずなんだが……」
首を傾げながらも、俺は悲鳴の聞こえる方角へと洞窟を進むと。
「っ!?」
それを見た瞬間、俺は洞窟の陰に身を隠して口元を押さえた。
「あ……ああ……あああ……!」
『フゴ……フゴ……!』
なんと、村娘と行為に及んでいたのは、ゴブリンではなくトロールだった。
そのおぞましくも異様な光景に、咄嗟に口元を押さえていなかったら、声を上げてしまったところだ。
だ、だが、こんなことがあり得るのか!?
ゴブリンならともかく、トロールが人族と交わるなど、聞いたことがないぞ!?
とはいえ、こんな状況では村娘を助け出すには、トロールが行為を終えるまで待ち、隙を突いて助け出すか……俺が、この機に乗じてトロールを倒すしかない。
……ここにいるのはトロールのみ。
なら、ベルにもらったあの力を使って筋肉痛で倒れても、なんとかなる……!
後ろ腰に佩いている片刃の剣を抜き、行為に夢中になっているトロールにゆっくりと近づく。
そして。
――ドクン。
あの力が発動したことを示す、激しい鼓動。
それと同時に、行為に及ぶトロールも、村娘も、全ての動きが超低速となった。
「っ! 今だッッッ!」
俺はトロールから村娘を文字通り引き抜き、その醜悪なモノを叩き斬る。
「おおおおおおおおおおおおおおおッッッ!」
座ったままのトロールを斬り刻みながら駆け上がって喉笛に剣を突き立てると、そのまま抉るように背中側へと回り込んだ。
その時……時が正常に動き出す。
『ッ!? ガ……ヒュ……』
トロールの首が半分以上切り離され、あり得ない方向に、だらん、とぶら下がった。
その口から舌と、血の泡を吹きながら。
「あぐ……う……ッ!?」
だが、俺も力を使った反動で全身が筋肉痛に襲われ、地面に転がった。
「はは……コイツばっかりは慣れない、な……」
俺は痛みで冷や汗を掻きながら苦笑し、這いずりながら地面に寝転がる村娘の傍に寄る。
「おい、しっかりしろ」
「…………………………うう」
頬を叩いて声をかけてみるが……駄目だ、気をやってしまっている……。
無理もない……あんなモンを無理やりねじ込まれたんだ、普通は耐えられるわけがない……。
「……とにかく、ここから出ないと」
俺は痛む身体を必死で動かし、村娘を抱え……っ!?
『グル……?』
チクショウ!? トロールが二匹いただと!?
洞窟の陰から、のそり、と現れたもう一体のトロールに、思わず戦慄する。
『! グオオオアアアアアアアッッッ!』
「っ!?」
こちらに気づいたトロールが、腕を振り回しながら突進してきた。
「クソッ!? こ、こんな状況じゃ逃げることも……っ!」
俺は村娘を抱え、必死になって洞窟の外へ向かおうとするが……駄目だっ! 身体が思うように動かない!
『グフフフフフ……』
そんな俺達の様子がおかしいのか、トロールは不気味に嗤う。
恐らく、俺と村娘をどう始末しようかとでも考えているんだろう……。
俺は最後の足掻きとばかりに、抱えていた村娘を降ろして片刃の剣を構えると。
『グオオオアアアアアアアッッッ!』
「っ!?」
トロールは洞窟の壁を抉りながら、俺と村娘を挟み撃ちにするかのように両腕で襲い掛かる。
その時。
――ドウンッッッ!
『グオアッッッ!?』
突然、洞窟内に衝撃音が響き、トロールの背中から炎が上がった。
「オイオイ!? ゴブリンの住処にトロールがいるなんざ聞いてねえぞ!?」
「つべこべ言わないの!」
炎に苦しむトロールの身体の隙間から、その後ろを覗くと。
「っ! お前達!」
「! ひょっとして、ディートリヒかよ!」
現れたのは、俺に“樫の木亭”を教えてくれた、ヤン達三人だった。
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