ルインとユキシロ
「くそ、なんだってんだ」
マナカン王国第五王子ルイン・マナカンは不機嫌そうに呟きながら王城の廊下を歩いていた。
五人の王子たちの中で一番美しいその顔立ちは、眉間によったシワで台無しになっていた。
もっとも、彼を支持する多くの女性たちなら、そんな苦悩に満ちた表情も美しいと評するだろうが。
ルインはレントたちと同じ魔法学園に通う第一学年の生徒である。
地水火風の四属性魔法を全て扱うことができ、天才としてAクラスに入学した彼であるが、今ではすっかりその存在が霞んでいた。
魔力測定でゼロという下方向に驚愕の結果をたたき出しCクラスに入学したレント・ファーラントがみるみるうちに頭角を現し、王都に出現したドラゴンまで倒してしまった。
その上、彼と同じCクラスの面々もメキメキと実力を高め、他クラスや上級生の指導までしている始末だ。
それはまあいい。
レントの魔法のイレギュラー性や、国の魔法制度を崩しかねない現状に関しては、父であるマナカン国王も認識し、対策が進められている。
ルナ校長が主導で、今後魔法学園の体制は大きく変わることだろう。
ルインにとっても、それで国が発展するなら文句はない。
そこまでもののわからないガキではないつもりだ。
だが、この前の事件はなんだ?
隣国ニーナリットに特使として赴いたら、ニーナリットの王城は魔族に占拠されており、魔王復活の計画が目論まれていた。
レントは魔王の魔力を宿すという魔族の少女をさらい、マナカン王国に引き渡せというルインの言葉を無視して逃走した。
かと思ったら、いつの間にか魔王が魔力を持たない形で復活してしまい、例の少女ともども魔法学園で預かることになったという。
わけがわからない。
魔法学園は魔族と戦う魔法使いを育てる機関ではなかったのか?
人類は、国を挙げて魔族を撃ち倒し、平和を勝ち取るのではなかったのか?
その先頭に、やがて天才たる自分が立つのではなかったのか?
……いやいや最後のはちょっと思考が滑った。
人類が勝利を収めるなら、活躍するのは誰でもいい。
そう、人類は魔族に勝利するのだ。
魔族は敵。
倒すべき存在。
それがこの世界の常識だったのではないか?
それがなんだ、最近はどいつもこいつも、共存共存共存共存、そればっかりだ。
それというのもレントのせいだ。
レント・ファーラント。魔王の魔力を現在所有しているビルデを唯一止められる光魔法の使い手。
あいつが魔族との共存を主張しているせいで、マナカンの王城は完全に共存という意見が多数を占めている。
はっきりと反対の意見を示しているのは、第二王子のヴァイツ兄上くらいだ。
ヴァイツ兄上は軍務大臣と結びつきが強く、魔族との戦争に向けていろいろと準備を進めていた。
戦争がないとなると、自分の発言力が弱くなるし、活躍の機会もなくなってしまう。それを嫌っているのだろう。
ルインもヴァイツほどではないが、近い立場ではある。
ルイン五人の王子の中では一番、魔法省と結びつきが強い。
魔法省は、魔法学園を抱えており、他国の魔法使い養成施設や、大陸魔法使い同盟との結びつきがあるので、戦争がなければ仕事がない、というほどではない。
しかしそれでも、魔族との戦争という名目がなくなれば、魔法使い養成関連の事業の多くが後回しにされる可能性は高い。
そうなれば、王位継承権が最下位のルインの立場は弱くなる。
「こうなったら、ヴァイツ兄上と手を結ぶか?」
ヴァイツ第二王子は気が短い。
下手をするとクーデターだのなんだの、厄介な事件を起こす可能性もあるが、軍略、戦略は天才的なので、うまく操れば心強い。
「今日は兄上たちの予定は……」
と記憶を思い起こす。
第一王子のイアスン兄上は近くの街の視察に行って不在。
第三王子のイードラ兄上は相変わらず部屋に籠っている。
第四王子のフィーア兄上は魔竜一族の訪問者と会談という話だった。
ヴァイツ兄上に接触しても邪魔は入らないだろう。
偶然を装えば、誰かに報告されても言い訳はできる。
「よし」
決意を固め、ヴァイツ兄上がいるであろう騎士団の訓練場に向かおうとするルイン。
そこで、廊下の奥の扉から人が出てくるのに気づいて足を止めた。
フィーア第四王子だ。
華美な服装に化粧を施した、女性のような格好。
それに続いて、おそらく魔竜一族なのだろう、会談相手らしい人物が姿を現す。
「…………っ!」
その女性の姿を見て、ルインは動けなくなった。
まるで氷のような佇まい。
あらゆるものを寄せ付けない孤高さを感じさせ、その白い肌と相まって、まるで周りから浮き上がり、一人別の世界にいるかのような雰囲気を漂わせていた。
「では、一族の他の方々にもよろしくお伝えくださいね。ユキシロさん」
「はい。王国の好意に感謝いたします。フィーア殿下」
そんな会話が聞こえてくる。
「ユキシロ……さん」
漏れ聞こえたその名前を、ルインはただ呟くことしかできなかった。
そのあと、彼はヴァイツ王子のところへ行くことをすっかり忘れてしまっていた。





