ダリス屋敷に帰る
『今回の仕事は意外と時間がかかってしまった』ダリスは当てはがわれた自分の研究室でふうと息をついた。研究室といってもほぼここに住んでいるようなものなのだ。奥の部屋にはベットやシャワー室があり最低限の生活ができように改装してある。もはや、あの屋敷とどっちが自分の家だか分らない状態だ。元々森に棲んでいたこともあり、故郷に似たものを感じて買い取った屋敷だが効率の問題でほとんど帰ることはない。今は、形式だけの妻の住まいとなっている。
『そういえば、昨日手紙が来ていたがあいつは普段何をしているのだろう』ふと、そんなことを考える。何を考えているかよくわからない女だ。普段の様子など全く想像がつかない。
そんなことを考えながら、椅子に腰かけダリスはゆっくり目を閉じる。大きな仕事が片付いた満足と疲労が体を支配している。
「そんなに疲れているなら、たまにはお家に帰って奥さんに癒してもらいなよ。」
不意に声を掛けられ、ダリスは不機嫌そうに眼を開ける。紅の瞳がきらりと光りドアの前に立つ人物を捉える。
「勝手に人の部屋に入ってくるな」
「一応ノックはしたよ。返事がなかったらさ。それより君、あれから一度も帰ってないんでしょ。いくら何でもそんなんじゃ奥さんに逃げられちゃうよ。新婚さんなのに」
不機嫌さを隠そうとしないダリスを気にする様子もなく、余裕の微笑みを絶やさない侵入者もといマイルスが答えた。
「関係ない」
「いや、関係大有りだね。アリア嬢は僕の奥さんの大切な妹なんだ。丁重に扱ってくれなきゃ困るよ。」
この男は痛いところを突いてくる。ダリスとて自分勝手な理由で巻き込んでしまったアリアに罪悪感がないわけではない。ただずいぶん長い間、人とまともにかかわってこなかったため、どう接していいのかわからないのが本音だ。
「そんな君に上司命令だよ。2週間の休暇を言い渡す。」
「は?」
「だから休暇だよ。新婚休暇ともいえるね。ちょうどいいタイミングでしょ。その間この仕事場にくることは一切禁止とする。いいこれは命令だからね。」
そう言い残し嵐のように上司は去っていった。
「帰るって言ってもあいつと何を話せばいい」
急に決まった結婚に割り切っていたとは言え、貴族というものに元々いい感情は抱いていない。アリアはただでさせ苦手な女でしかも自分を嫌っている「貴族」だ。
「まともな関係など築けるはずがない。」ダリスはぽつんとつぶやいた。
久しぶりの我が家はなんだか雰囲気がずいぶん違って見えた。明かりがついた玄関など何年ぶりだろうか。しかも、食堂からはいい香りがする。
『今は、夕食時か…そういえば、朝から何も食べていなかったな』マーサたちがこの時間にまだいれば、食堂に行けば何かありつけるだろう。もしかしたらそこに妻になった女もいるかもしれないが…致し方ない。そう思いダリスは食堂へ向かったが、そこはなぜか明かりが消え真っ暗であった。
『なんだ誰もいないのか?』そうして振り返れば、何故か麺棒を大きく振りかぶった女が目にはってきた。
一応言い訳をさせてもらうと、普段のダリスならばこのようなへまはしない。しかし、彼は3日間の徹夜明けで体は疲労困憊であり、大きな仕事を終えたばかりで少し気も緩んでいた。彼の名誉のためにもう一度言うが、普段のダリスならばこんな攻撃いとも簡単にかわせたはずである。すなわちこれは不幸が重なった事故であったと言える。
「おい、こんな暗いところでなにをっ…」
そういい終わらないうちに頭に次用衝撃を受け、ダリスの記憶は途絶えた。