屋敷での生活
ダリスと結婚して2週間がたった。アリアの朝は早い。起きたらマーサとともに朝食の支度をする。領地に住んでいたころは料理などほとんどしたことがなかった。母は「淑女のたしなみ」だとたびたび台所に立っていたが、不器用なアリアはあまり積極的に取り組むことはなかった。そのため、マーサから料理のいろはを教わりながら簡単な手伝いをする。
「包丁の使い方がずいぶんよくなりましたね。最初のころは危なっかしくてひやひやしましたが…」
「ありがとうマーサ。先生がいいのよ。でも、料理って意外と楽しいものなのね。この食材たちがいろんな料理になるんですもの。まるで魔法みたいだわ。」」
「うふふ…アリア様はずいぶん面白いことをおっしゃるんですね。私も教えがいがありますわ。」
朝食を終えるたら、2人が住むには無駄に大きい屋敷をマーサとヒューイ3人で午前中をかけて掃除をする。お昼は3人でとり、午後は大好きな本を読みながら木陰で休みお茶を頂く、そして夕方にマーサと一緒に食事を作る。それがここ最近のアリアの生活である。
もともと、派手な生活を好まないアリアはこのゆったりしたダリスの屋敷での生活をとても気に入っていた。料理や掃除もだんだん慣れてきてコツもつかめてきた。最初は料理を焦がしたり掃除で転びそうになったりとヒューイとマーサをひやひやさせたが…絆創膏だらけの手を見てふと微笑む。この傷が治るころにはきっと料理や掃除も今よりこなせるようになっているだろう。そうすれば、少しはダリス様に認めていただけるかもしれない。ダリスとはあの日以来一度も顔を合わせていない。最初のうちは夜帰りを待っていたのだが、夜中に過ぎても明け方になっても彼は帰ってこなかった。マーサが言うには急にふらっと帰ってくるらしい。マーサ達にも帰りは待たなくてよいと指示しているようだ。そのため、アリアも彼の帰りを待つことはあきらめて、ダリスがいつ帰ってきても不快にさせないように屋敷の管理を徹底しようと心掛けている。
「ねえマーサ以前から気になっていたのだけれど、このお屋敷少し殺風景すぎると思うの。」
アリアはお茶を飲みながらマーサに話しかける。以前から気になっていたことだ。屋敷には必要最低限のものはそろっているが本当にそれしかなく、なんとも外見と中身があっていない。
「そうですねぇ。旦那様はこちらにお住まいになってからはお屋敷に関してほとんどご指示されないので、私どもも手をこまねいていましたの」
「せっかく立派なお屋敷なのにもったいないわ。とても快適に過ごしているのだけれど…それに、お屋敷の雰囲気が変わればダリス様も帰られたときにより落ち着いて過ごせるのではないかしら?」
「それはよい考えだと思います。きっと旦那様のお喜びになります。そこまで旦那様を愛していらっしゃるなんで旦那様も幸せ者ですね」
「そんなことないわ。愛だなんて恥ずかしい///」
実際、アリアとダリスの間には「愛」なんてものは存在しない。それは、あの結婚式の日にダリスからも告げられている。アリア自身もダリスから愛されたいとは微塵も思っていない、今アリアにあるのは周囲からの期待にこたえたいという「義務感」である。ダリスに心地よく生活してもらうことがアリアに与えられた「義務」であり、それを全うしたいそれだけである。正直ダリスのことを愛するには彼のことを知らなすぎる。
「でも、どうすればよいのかしら…ダリス様に許可を取ろうにも帰っていらっしゃらないし…」
「それならば、手紙を書くのはいかがでしょうか?私共は旦那様から万が一のことがあった場合に備えて連絡手段として魔法具を渡されておりますの。」
マーサがダリスから渡された魔法具は魔力が込められた紙に手紙を書くことでタイムラグがほとんどなくダリスに直接届けられるというものらしい。アリアは初めて見るものだったが、これはダリスが作ったものだというから驚きだ。
「まあ。そうだったのね。素晴らしいわ。それではさっそくお手紙をかいてダリス様に送りましょう」
「もっと早くお伝えすべきでした。てっきりアリア様も同じものをお持ちだと思っておりましたので…」
「いいのよマーサ。ずっとダリス様に連絡を取ろうとしなかった私も悪いんだもの」
気を取り直しアリアはさっそく、町への装飾品の買い出しの許可を得るために手紙を書いた。もちろんお金はダリスの資金から出されるため、無駄遣いはせず最低限にとどめる旨も添えた。手紙を書き終えると紙は鳥の姿へと瞬く間に姿を変えて窓から飛び立っていく。初めて見る光景にアリアは目を輝かせて鳥を見つめていた。
ダリスからの返事は夕食時に届いた。マーサ達は夕方には帰ってしまうため、アリアは夜になると屋敷に一人だ。当初マーサ達は夜までいようと気を使ってくれたが、アリアは丁重にその申し出を断った。
『2人の時間まで邪魔してしまっては悪いもの』
そのため、毎晩アリアはあらかじめマーサと作っておいた夕食を一人でとりっている。『やっぱりまだまだ私の料理の腕はマーサの味には程遠いわね』そんなこと思っていると、コツコツという音が聞こえ、ふと窓のほうに目をやると先ほどダリスに送った手紙と同じ姿をした鳥が窓をくちばしでたたいていた。アリアは急いで窓を開けると鳥はアリアの目の前で手紙に姿を変えた。
「好きにしてかまわない」
そこには、達筆な字でそれだけで書いてあった。普段だけでなくお手紙まで無口だなんてダリス様らしいわね。無表情で手紙を書くダリスを想像してアリアはくすりと笑った。