ダリス・インフィードとの出会い
「はじめまして。アリヌアーヌ・フランチェスカ・カタパルフォフともうします。皆からはアリアと呼ばれております。どうぞよろしくお願い致します。」
何事も最初の挨拶が大切だ。アリアは部屋に入ってきた男に綺麗に礼をした。地味であるという自負があるからこそ、真摯に相手に向き合わなければ余計に落胆させてしまう。しかし、待てども相手からの返事はなかった。仕方なく、顔をあげてみてみれば無表情の美しい男がそこにいた。黒い髪はつやつやと輝き、彼の白い肌が紅の瞳をさらに強調しているように見えた。男の顔からは何も読み取ることができない。まるで人形のようだとアリアは思った。そして、その紅色に輝く瞳から視線を離すことができなかった。
「まるで宝石みたい。」どうやら思ったことが口に出ていたらしい。自分にはないからか美しいものかわいいものにはどうも心が惹かれてしまう。
「有名な伯爵家と聞いていたが、ずいぶん平凡だな」
決して大きい声ではなかったが、その声は低く響き渡った。アリアはそれがすぐに自分のことを言っているのだとわかった。ヘーゼルナッツの髪色は目立たず、父譲りの緑の目はおそらく国民の中で最も多い色…目の前にいる男は自分とは正反対だ。
「すべて美しかったら、意味がないのです。そうでないものがいるから美しさがわかるのですよ。」
アリアはすかさず返した。そこには一ミリも嫌味や不快感はなかった。だって彼女にとってはそれが当たり前のことであり、日常茶飯事であったのだから。目の前に立つ背の高い男を見上げてにこりと微笑んだ。
男はアリアの返事を聞いても男は表情を変えなかった。『もしかして表情筋がないのではないか』とアリアは思うくらいに何も読み取れなかった。
「…くだらない」
たった一言だった。その一言を残し男は部屋から去っていった。いや、急に消えたというほうが正しい。アリアの目の前から急にダリスは消え去ってしまった。
これが未来の夫となるダリス・インフィードとアリアの出会いであった。
「すまないね。アリア嬢。彼は気難しい男だが、決して悪いやつではないのだ。急に決まった結婚にどう向き合えばいいのかわからないだけなのだよ。どうか時間をあげてくれないか。」
あっという間の出来事にアリアがぽかんとしていると、急に話しかけられた。後ろを振り向けば今回の立会人として同席してくれたマイルス公爵でが苦笑いをしている。金色の透き通るような髪に青色とも紫ともいえる輝く瞳を持つこの男はダリスの後見人なのだという。そして、姉アリスの夫でもある。
「彼は私の部下なんだけどね。あいつは仕事はできるのだが、あの性格もあってどうも王宮では生きづらそうでね。結婚でもして家族ができれば少し気が休めるのではないかと考えたのだが…」
王都につく道すがら父から聞いた話によると。この急に出てきた結婚話はマイルス公爵の紹介であった。彼と姉のアリスはとあるパーティで出会った。まさに、マイルス公爵の一目惚れであり、彼の猛烈なアプローチを受けてあれよという間にアリスは結婚した。まさに社交界をにぎわすシンデレラストーリーであり、この一連の流れを模した恋愛小説は巷ではカルト的な人気を誇っている。ちなみに、アリアもこの本の読者でもあるのはいうまでもない。
そんなこともあり、片田舎の冴えない伯爵家であるカタパルフォフ家とカタリス王国のなかでも有数の「魔法使い」の家系である公爵家との間に繋がりができたのだ。公爵家の紹介とあれば父もこの話を断るわけにいかない。むしろ、さらに伯爵家が王宮のつながりを持つチャンスでもあるのだ。そこにアリミアではなくアリスが選ばれたのは疑問だが、父もアリミアの自由奔放さは手を焼いているため、彼とは年も同じアリア声をかけたのだろうと、アリアは考えている。
「いえ、確かに気難しい方のようでしたが、自分に正直そうな方で私は安心しました。」
アリアは心配するマイルス公爵に微笑みながらいった。この言葉には嘘などない。地味であること平凡であることは彼女の専売特許だ。逆に嘘で塗り固められたお世辞や何も言われずにいるほうがアリアにとっては苦痛である。きっと彼は自分に正直な人だ。嫌なものを嫌と言ってくれれば次から気を付けることができる。
「気に入られないまでも「不快」ではない存在にはなれるように努力しますわ。私は地味ですから。」
その言葉にマイルス公爵目は目を見開き驚いた様子を見てた。そして、
「ダリスをそう言ってくれてありがとう。これから彼をどうかよろしく頼むよ。」
優しい微笑みでそう言った。
最高の出会いとはいかなかったが、こうして伯爵家の三女アリアと稀代の魔法使いダリスの結婚が決まった。