漫才「ノーベル賞」
ありえない点が多々見受けられると思いますが、漫才の台本ということで、大目に見ていただけると有難いのですが。
この作品は、youtubeにも投稿しております。
朝の台所に、夫が入ってくる。
夫「おはよう」
妻「あら、タオルなんか持っちゃってどうしたの?」
夫「顔をね、洗ってきたんだよ」
妻「あらあら、いったいどういう風の吹き回しかしら」
夫「だってノーベル賞を貰ったんだよ、人前に出ることが多くなるだろう。すこしは小ぎれいにしておかないとね」
妻「いつまで続くことかしら」
夫「言ってくれるねえ」
妻「だってあなたはめんどくさがりやさんなんだもの」
夫「そうだったかな」
妻「忘れっぽいのもあなたの特徴よ。さ、ご飯にしましょ」
テーブルに付く。
夫「おー、イチゴがあるぞ。デザートというやつだな」
妻「そうよ、びっくりした?」
夫「うん、驚いたー、豪勢だなあ」
妻「ご褒美よ」
夫「うれしいけど、こんなに贅沢しちゃって、家計は大丈夫なの?」
妻「ノーベル賞を受賞したんですもの、あなたの時給だって上げてもらえるんでしょ」
夫「まあ、二十円アップは固いところだろうな」
妻「何言ってるのよ、ノーベル賞なのよ。思い切って百円くらいお願いしてみなさいよ」
夫「それは欲張りというものだろう」
妻「だってこんな時じゃないとねえ。こっちからはなかなか言える機会がないじゃない」
夫「まあ、考えておくよ」
妻「お願いしますよ。さあ、召し上がれ」
夫「いただきまーす」
二人が食事を始める。
妻「研究生活、長かったわねえ」
夫「そうだなあ、今年で八十年になるかあ」
妻「嘘、五十年でしょ」
夫「幸いなことに苦労が報われた形になったけど、思い起こせば随分と失敗もしてきたなあ」
妻「計算間違いが多かったわね。数学は得意なくせに、算数が苦手なんだもの」
夫「理科はさっぱりだったのに、物理と化学は得意だったなあ」
妻「不思議よねえ。あ、あなた、お箸がさかさまよ。おっちょこちょいは治らないしねえ」
夫「おっちょこちょいを悪者扱いしなさんなって。僕が実験室を間違えたおかげで、ノーベル賞に繋がったんだからな」
妻「ほんと、何が幸いするか、解らないものねえ」
夫「無事に暮らしてこられただけでもラッキーだと思っていたのになあ」
妻「そうそう。毎日何かしらやらかしてきましたからねえ」
夫「今日は何をしでかすことやら、と思って一日が始まっていたからなあ」
妻「そんな一日が今日も始まるんですね。それで、スケジュールは?」
夫「挨拶周りをしておこうと思うんだ」
妻「だったら、まずは両隣のお宅からにしてください。受賞のご報告と、来客が増えて騒がしくなるから、前もってご挨拶をしておかないと」
夫「そうだな。それから総理大臣官邸にも行かんとなあ」
妻「総理のところに行くのなら、町会長さんのところにも寄って行ってくださいね」
夫「ああ。わかった。あとは班長さんのところにも行っておいたほうがいいな」
妻「だったら学会の会長さんにもお会いしておかなきゃ。それと文房具屋さんのところにもお礼を言っておいてくださいね」
夫「そうだそうだ。随分と世話になったものなあ」
妻「今までに使った消しゴムの量は、おそらく世界一でしょうからね」
夫「一日二個だもの。いまだに毎日文房具屋に行っているからなあ」
妻「これからもよろしくってお願いしておかなくちゃ」
夫「今日はそんなところかな」
妻「ふう、いろいろと大変ねえ。それで、授賞式はどうなさるの?」
夫「せっかくだから行っておきたいね」
妻「大丈夫なの? 飛行機乗れる?」
夫「何を言っているんだい。船を使うさ」
妻「やっぱり飛行機はダメなの?」
夫「あんな巨大なものが空を飛ぶのはおかしいだろう。みんな騙されているんだ。私は騙されないぞ、絶対に乗るもんか」
妻「ほんとに分からず屋なんだから」
夫「飛行機と電子レンジは信用できん」
妻「これが学者の口から出てくる言葉かしら」
夫「船と電車を乗り継いで行くからね」
妻「一か月かかってしまうわよ」
夫「仕方ないさ」
妻「この歳になると長旅はきついわよ。ノーベル賞、受けるのは今回だけにしてくださいね」
夫「確かに毎年じゃあたまらんな。二回も三回も貰うもんじゃあないか」
妻「そうですよ、一回で充分」
夫「よし、次回からは辞退することにするよ」
妻「約束ですよ。忘れないでくださいね」
夫「そう言われると、自信がなくなるなあ。念のためにメモしておくか。メモ帳は?」
妻「はいどうぞ」
夫「ありがとう。はて? 私は何をメモするつもりだったんだっけ?」
読んでいただき、ありがとうございました。