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調査

「私は意識を失ったんだと思う。そこから先は覚えてない」


 そのあと気が付いたときには病院にいて、あとから噂通りの状態で見つかったのだと聞かされたとワンは話を終えた。

 しばらくの間、ルイスも高良も何も言うことが出来なかった。ワンにかけるべき言葉が見つからなかった。ワンはそんな二人の動揺に気付いていないのか、あえて知らないふりをしているのか、とくに何も変化を見せずにストローに口をつけている。店内の喧騒がやけに大きく聞こえた。


「え、っと……話してくれてありがとう」

「いいの。そういう話だったでしょ」

「質問してもいいかな」

「どうぞ」

「血だらけで見つかったって聞いた」

「らしいわね」

「その血は君のものじゃなかったの? それとも別の誰かの?」

「詳しくは教えてもらえなかったけど、人の血じゃなかったそうよ。意識のない間に動物の血をかけたんだろうって、担当医がこっそりと教えてくれた」


 ワンが手中のストローでグラスの氷を弄ぶ。

 かろん、こらん。グラスの中で氷が踊る。いつの間にか氷が溶けだして、ジュースは薄くなり出していた。


「ってことは、わざわざ犯人は動物の血を採ってきて、君に浴びせたってことになるのか……、でもそんなことをする理由なんて……」

「おおい、ルイス」


 唇に手を当て考え出したルイスへと高良が呼びかける。


「考えるだけじゃ、埒があかねえよ。行こうぜ」

「行くって、どこに」


 高良が鞄を持ち、立ち上がる。ルイスの問いかけににっと口の端を持ち上げた。


「日本には一見は百聞に如かずってことわざがあるんだよ。現場百篇とも言うだろう?」


 ワンに案内をされて、ルイスと高良は事件の現場になった自然公園へとやってきた。黄色のテープが茂みの一部に張られている。問うまでもなく、そこで事件が起きたのだと教えてくれる。

 事件の関係か、自然公園にはあまり人気がない。それどころか警察もいない。


「ここか」

「見た限り、血の跡なんかは残ってないな」

「あら、本当。土が吸ってしまったのかもね」

「それか雨で流れたかだが、事件の後に雨は一度も降っていないか」


 事件現場を見下ろすルイスとワンとは対照的に高良が空を見上げる。灰色の分厚い雲が空を覆っている。グリフィスの地は今日も曇りだ。


「目撃者とかはいなかったのかな」

「さあ……いなかったんじゃない? 誰ともすれ違わなかったって言ったでしょ」

「流石にこの辺りは警察が調べ尽くしてるか、何もねえな」

「むうん……近所の人とは顔見知りなんだっけ?」

「ええ、といっても朝にたまに会うだけだから、全員ではないわよ」

「話を聞きに行こう。目撃はしてなくても、何か不審な音とか、怪しい人を見た人がいるかもしれない」


 自然公園の道路を挟んだ目の前には閑静な住宅地が存在する。小学校が終わったのかタイミングよく少年たちが駆けていくのが目に入る。その少年たちに高良が声をかけた。


「なに? お兄さんたち」

「最近、公園で事件が起きたのを知ってるか?」

「知ってるよ、ママが心配してたし、学校で先生も言ってた」

「出歩いていいのか?」

「だって遊びたいもん、それにさ」

「ね、吸血鬼は夜にしか動けないもんね、昼間なら平気だよ」


 ねー、と少年たちは顔を見合わせ頷き合う。吸血鬼という名が出てきたことで高良の背後に隠されているルイスのこめかみがひくついた。その様子にワンは気が付き、思わず苦笑してしまう。


「それじゃあ最近、何か変わったことはなかった? 事件の前でもあとでも構わないから教えて欲しいな」

「え~、何かあったっけ?」

「ん~、思いつかないよ」

「本当に何でもいいよ。変だな~って思ったこと、何でもいいから教えてね」


 少年たちにワンが食い下がる。再び顔を見合わせる少年たち。


「あ、そういやマリーが」

「マリーって?」

「同じクラスの子。近所に住んでるんだ」

「うん、マリーのペットの犬がいなくなっちゃったんだって」

「そういやじいちゃんも、庭に鳥が来なくなったって言ってたけど……これくらいでいい? お姉さん」


 ワンの必死さに気が付いたのか少年たちはウンウンと悩みながらもそれだけ教えてくれた。少年たちと別れ、三人は再び公園内の事件現場へと戻った。


「犬がいなくなったって」

「鳥も、な」

「それだけじゃあ、まだなんとも言えないが……今回の事件と関係しているのだろうか?」


 向かい合い、会議が始まる。ちなみに聞き込みをするあいだルイスが隠れていたのは、グリフィスの街でルイスの名はそれなりに知られているからだ。無駄な警戒をされて話を聞けなくなるのを防ぐためだった。

 ルイスの脳裏にワンの話していた鳥の声が聞こえなかったというものが浮かぶ。普段はいる犬の散歩をする人ともすれ違わなかったとも。


(では、犯人は周辺の動物をあらかじめ、……? でもそうすることに一体、何の意味が……いや、飼い犬を逃がすというのは分かる。公園での人気を減らすためだ、ん? ということは犯人の狙いは……?)


「そういや、ワン。日課のジョギングっていっても走る距離は適当なんだろ? それは日課って言わなくないか?」

「なんで? 距離は適当でも毎日ちゃんと走ってるのよ。日課で合ってる」

「日課って毎日、同じコース同じ距離を同じ時間に走ることなんじゃねえの」

「いつも一緒じゃ飽きるじゃない」

「いつもこの公園で走ってるなら景色はそう変わらねえだろ」

「ま、何も知らないのね、君って」

「あん?」


 考え込むルイスを尻目に高良とワンが話し始める。わざとらしく目を瞠り、口元を押さえたワンに高良の目が鋭く光る。体格の良さからそれだけでかなりの圧があるのだが、とくに怖がる風もなくワンは微笑む。


「自然のなかに同じ景色なんて一瞬たりともないのよ。雲の形、風の強さ、朝焼けの色……空だけでも毎日、毎秒、全く違う景色を見せてくれる。もちろん動物たちもね、私はそういうのが全部見たくて、ジョギングをしてるのかも。……わかる?」

「いや、わからん。ジョギングのコースはまちまちなんだろ? やってることと違うぞ」

「えへ。だって私が同じ行動してると飽きちゃうんだもん」


 飽き性なのよね、と笑うワンに高良は呆れかえる。二人の会話を聞きながら、ルイスは何かに気が付いたような感覚がするのだが、その気づきを掴む前にルイスへ高良が声をかける。


「ルイス、そろそろ寮に戻ろうぜ。日が沈んで、吸血鬼の時間になっちまう」

「そういうのやめろ! 高良のアホ!バカ!」

「ふふっ、君らって仲がいいのねえ」


 分厚い雲の隙間から夕焼けの赤い光が垣間見えている。そうして並んで寮に帰っていく三人を物陰から見つめる影があった。


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