第1話 ナイトハルト再誕!
翌朝、目が覚めた。
朝に起きるのは数年ぶりだろうか。
深夜までDFOばかりしていて、起きるのは昼過ぎというのが俺の日常だった。
しかし、昨日はDFOも永久利用停止でプレイできなくなってしまったので早寝をした。
「眩しい。カーテン開けたままだったっけ……ってあれ!?」
いつも見ていた部屋の天井じゃない。そこには青空が広がっていた。
俺はあわてて体を起こした。
「どこだここ……、いや、見覚えがある」
目の前に広がっていたのは見慣れた世界。
俺が数千時間を費やして冒険をしてきたDFOの世界だった。
あまりにも突然の出来事に俺はしばらく放心状態になっていた。
「DFOのやりすぎで夢でもみているのか?」
ふと昨日のGMの言葉が頭をよぎった。
「君自身がこの世界に来ればいい」
そのままの意味じゃねーか。アニメじゃねーんだぞ。
混乱をしつつも俺はワクワクしていた。
もう30歳無職という最底辺のリアルと向き合う必要はない。
そもそも向き合ってないだろ、とかいうツッコミは無視をさせてもらう。
「フフッ、いよいよリアルの俺も強者か」
思わずニヤけてしまうのも無理はない。きっとすごく気持ち悪い顔で笑っていることだろう。
DFOの世界は俺の庭みたいなものだ。
今いる場所もゲームで何度も周回しているし、冒険をしている。
敵の配置、種類、弱点も完璧に把握済みだ。
「せっかくだ。探索でもしてみるか」
俺は本当にここがDFOの世界なのかどうかを確かめるために探索をすることにした。
「グギャ、ゴブゴブ!」
「ゴミが湧いてきやがったな、雑魚が」
目の前に姿を現したのはゴブリンと呼ばれるモンスターだ。DFOで最も弱いモンスターである。
「ちょうどいい。腕試しだ。いくぞ!」
俺は意気揚々とゴブリンに殴りかかった。ただの雑魚モンスターだ。
DFOでナイトハルトとして強者だった俺が負けるはずもなく……
――ボコッ(ゴブリンパンチ)
一瞬なにが起きたのかわからなかった。
ゴブリンの拳が俺の腹にめりこんでいる。とても痛い。
「オエェ……」
俺は吐いてしまった。DFO最弱モンスターであるゴブリンのパンチ1発で。
こんなはずじゃない、なにかの間違いだ。俺はナイトハルトだぞ。
そんなことを考えている間にゴブリンは容赦なく2発目の攻撃を繰り出そうとしていた。
「ひええっ、ま、まってくれぇえ! 俺が悪かった! 命だけは見逃してくれ」
自分でもびっくりするくらい情けない声がでていた。プライドもクソもないダイナミック土下座も体が勝手にキメていた。
最弱モンスターとバカにしていたゴブリンに泣きべそをかきながら命乞いをしているのである。
ナイトハルトとはなんだったのか。
「グギャア、ゴブゴブ」
話が通じるはずもない。むしろ、ゴブリンが笑っているようにもみえた。
ゴブリンが2回目の攻撃を俺にしようと飛び掛ってきた。
「ギャアアア、ゴブッ」
やられる!もうダメだ!
そう思った瞬間。
――グチャッ
「ゴブゥ……」
目の前でゴブリンが肉片となって飛び散っていた。
「……大丈夫?」
そう俺に声をかけてきたのは鎧に身を包んだ金髪碧眼の美女。
「あ、あぁ」
ありがとう、の一言も俺は言うことができずにいた。
今までの人生、他人の悪態をつくばかりで他人への感謝を口にしたことがなさすぎたのだ。
小学生ですら礼なんていえる。30歳無職イキリオタクの俺はそんな当たり前のこともできないのだ。
プライドだけは高い俺は女性に格好悪いとこをみられてしまったことが恥ずかしくて仕方なかった。
逃げるように立ち上がって、その場を立ち去ろうとした。
ゴブリンに殴られた腹がとても痛い。
「まだ動いちゃダメ。あなた、初心者さん?」
金髪の美女がついてくる。
DFOの世界で初心者扱いをされたことでプライドの塊の俺は無性に腹が立った。
リアルでクズと思われることには慣れているが、DFOの世界で弱者扱いされることには耐えられなかったのだ。
俺はナイトハルトだぞ。かつては日本人トップギルドのホワイトナイトにもいたことがあるんだ。この女バカにしやがって!
「うるせぇな。どっかいけよ。俺のことはほっといてくれ」
美女はしつこくついてくる。どうやら俺のプライドをずたずたにしたいらしい。
「私、リーシャっていうの。職業は戦士。あなたは?」
「……」
そういえば俺はこの世界では名前はなんなのだろう。職業はなにをしているのか。
自分のことがわからない。
そもそも見た目は30歳無職のおっさん、現実の俺そのものなのだ。
結局、以前遊んでいたキャラクターのナイトハルトを名乗ることにした。
「俺はナイトハルト。……職業は無職だ」
30歳無職のナイトハルト誕生の瞬間である。
「やっぱり初心者じゃん! まだ職業も取得してないじゃない。
この辺は魔物もでるから近くの村まで案内するわよ」
リーシャという美女は無職と聞いてバカにすることもなく、道案内をしてくれるというのだ。
DFOのフィールド自体は知っているが、さっきみたいにモンスターと遭遇したらたまったもんじゃない。
おとなしく護衛してもらうことにしよう。
いや、護衛ではない。断じて護衛ではないのだ。
この女が手伝いたそうにしているから手伝わせてやるだけだ。
どのMMORPGにも存在する。頼んでもいないのに初心者支援や手助けをしたがる連中だ。
――コクッ
俺は無言で頷いた。
俺がリーシャの立場だったら弱者など助けることもしなかっただろう。
初心者を助けても自分になにかメリットがあるとはとても思えないからだ。
むしろ、ツイッターで、
「ゴブリンに負けてる奴いるんだがwww」
などとツイートして、親父のビールを片手に爆笑していたに違いない。
そんなことを考えながらリーシャについていくのだった。