第0話 なんとこの男、30歳無職イキリオタクだというのだ
カタカタカタ……
「こいつマジで地雷。ブラックリスト登録」
薄暗い部屋で大好きなオンラインゲームをプレイしながら、俺はそう呟いた。
すでに深夜2時をまわっていた。明日は平日である。
しかし、そんな事は俺には関係ない。
なぜなら俺は無職だからだ。
しかも、生まれてから働いたことがない職歴無しパターン。
無職の中でもトップ層といえるだろう。
自慢じゃないが俺は生まれてから30年、まともに働いたことがない筋金入りのエリート無職。
自慢じゃないがな。
起きる、ゲームをする、ネットサーフィン、寝る、これの繰り返し。
目標もなく、変化もない。自堕落な毎日を過ごしていた。
俺は『ドラゴンファンタジーオンライン』(通称、DFO)というMMORPGに没頭していた。
基本的にMMORPGというゲームジャンルは時間がある者が有利であり、強者になる。
つまり、俺みたいな学校も仕事もない30歳無職が最も有利なジャンルなのだ。
「こんな装備でパーティー参加すんなよ! バカタレが!」
弱い装備、ヘタクソなプレイヤースキルの連中をバカにすることも多々あった。
リアルでは俺のことをバカにしている連中がいるのだ。ゲームで弱者をバカにするのも当然の権利だ。
地雷や未クリア者には人権無しと息巻き、下手糞プレイヤーはツイッターで晒して拡散。
匿名なのを利用して、ネットではやりたい放題であった。
他人なんてどうでもいい、俺さえ優越感に浸れれば満足だ。
俗にいうイキリオタクというやつなのだろう。
昔のオタクは見た目はキモいが心は綺麗、なにかに一筋、一途。そんなイメージをテレビが植えつけていただろう。
だがしかし、現在のオタクは違う。
ツイッターなどといったSNSの発展のおかげで俺みたいな性格クズのオタ連中も発言をできるようになった。
「ミッションコンプリート!」
冷蔵庫から親父のビールを調達してきた。
匿名掲示板やツイッターを見ながら、親が仕事にいってる間や寝てる間にこっそりビールを嗜む。
「かぁ~! うめぇ!」
仕事上がりのビールは美味いというが、俺からしたら働かずに飲むビールも十分美味いのだ。
社会のクズである。
「さて、そろそろナイトハルトに戻るか」
ナイトハルトとは俺のDFOにおけるプレイヤーネームだ。
痛々しい、とか言いやがったやつは全員許さん。絶対にだ。
そして、いつものようにDFOを起動する。
これが俺の日常だ。
しかし、こんな俺でもパソコンを起動し、DFOの世界に入り込めば強者だ。
バカにされる側からバカにする側になれるのだ。これほど気分のいいものはない。
そりゃリアルで俺みたいな負け組をバカにする奴らもいるよな……と納得だった。
「自分より下の人間をみて安心する、優越感を得るのは人間の本能なんだな」
そんなある日。
いつものように俺はDFOをプレイしていた。
最難関バトルコンテンツ『パンデモニウム』
半年ほど前に実装されたDFOのコンテンツだ。
半年前に実装されたにも関わらず、全世界のプレイヤーでもクリアパーティーはトップギルド【glim】の1つしかないといわれている。
匿名掲示板や攻略サイト、SNSの普及により最近のゲームは攻略情報が出回るのも早い。
パンデモニウムもクリアパーティーがでたことで攻略情報がでてくればクリアラッシュになると誰もが思っていた。
ちなみに俺もクリアすることができていない1人だった。
しかし、クリアギルドのglimが沈黙を決め込んだのだ。
これにより攻略情報が一切でない状態が再び続いていた。
DFOは基本的に5人パーティーで遊ぶことがほとんどだ。
つまり、全世界で5人しかクリア者がいないということになる。
日本トップギルドの【ホワイトナイト】も挑戦していたが、クリアはできずにいた。
ちなみに俺はホワイトナイトに所属していたことがある。ちょっとした自慢だ。
わけあって今は所属していないのだが……。
そんなわけで今日も俺は懲りずにパンデモニウム攻略のためにパーティー募集に参加した。
しかし、パーティーには有名な地雷プレイヤーが参加していた。
「うわ、こいついるのかよ……」
他に募集もないので、そのまま参加することにした。
パーティー募集が少ないのも無理はなかった。
大半のプレイヤーはパンデモニウム攻略を諦めてしまっているし、攻略情報がでるまで挑戦すらしないプレイヤーが大半だった。
攻略情報、攻略動画をみてからコンテンツに挑戦することは、たしかに時間効率は物凄く良い。動画の動きを真似すればいいだけなのだから。
しかし、攻略情報がでるということはクリア者が増えるということだ。
とにかくイキリたい、自慢したい俺は攻略情報がなく、クリア者が少ないパンデモニウムこそクリアする価値があると考えていた。
そういう意味ではglimが攻略情報をださないままでいてくれたことはラッキーだった。
「おし、集まったな」
パンデモニウムに挑戦したいメンバーを集めるだけでも一苦労だ。
しかし、地雷プレイヤーが足を引っ張り、パーティーはあっさり全滅。
長時間、募集を待ち、ようやく出発できたパーティーだったのに。
俺はたまらずチャットをした。
「パーティー抜けろよ、下手糞」
「ナイトハルトさん、暴言はやめましょう」
パーティーリーダーが俺を窘める。
俺が発言したことでパーティーの空気は最悪になった。
結局、そのパーティーは解散。
「はぁ、今日もクリアできなかった。俺が5人いれば絶対クリアできるのに」
俺はパーティーメンバーのことを共に戦う仲間と思っていなかった。
ただの足を引っ張る邪魔者、パーティーメンバーこそ最大の敵、そう思うことさえあった。
しかし、パーティーを組まなければ挑戦すらできないのがパンデモニウムだ。
だから仕方なくパーティーを組んでいた。
――数時間後
俺はDFOで見たこともないフィールドにワープした。
DFOを数千時間プレイしてきた俺でも知らないフィールド。
監獄のような場所だった。
「ここはどこだ……?」
そこにはゲームマスター(通称、GM)と呼ばれる開発側のキャラクターがいた。
「ここに呼ばれた理由はわかるかい?」
心当たりはあった。
おそらく昼間にパーティーを組んだ地雷が俺の発言を通報したのであろう。
GMは俺のキャラクターを指差した。
「キャラクターの永久利用停止処分を行う」
一発永久BAN。
信じられなかった。
目の前が真っ暗になった。
今までの人生の大半の時間を費やしたキャラクターなのだ。
このキャラクターがいなくなれば、俺はただの30歳無職というリアルに直面することになる。
「すいません。二度としないので永久利用停止だけはなんとか……」
GMに無様に必死に泣きついた。
ツイッターや匿名掲示板でイキリ散らしていた俺の姿はそこにはない。
パンデモニウムをクリアできないままDFOを終わることなど俺の中では有り得なかった。
当然、要求は却下された。
救いはない。
終わった。
そんなことを思っていると、GMが笑いながら信じられないことを提案してきた。
「そのキャラクターを永久利用停止にするだけだ。君自身がこの世界に来ればいい。
今のままの君ではパンデモニウムはクリアできないと思うがね、フフッ」
なにわけわからないことを言ってんだ。アニメじゃねーんだぞ。
挙句の果てには煽りやがって。こんなGMがいていいのかよ。
「クソが!」
絶望とイライラの中、俺は眠ることにした。