後編。ガスマスクさんの正体と、初めての戦闘。
「……あ。プレイヤーネーム、言わないと」
そっち?
「ってことで、改めまして。U - H Iで『ゆーひ』、そのまんまだよ。よろしく」
「ほんと、そのまんま」
吹き出しちゃって言うと、
「名前考えるのめんどくさいんだもん」
ってプイっと顔を横にそむけた。
ーーか……かわいい。
「わかるなぁ、それ」
ニヤニヤするのを隠すため、のびするふりして顔を一瞬隠す。
「あ、わかってくれる? 友達は似たような感覚なのかなーやっぱり」
クスクス笑うU-HIさんに、そうでもないんじゃないかな と言うマジレスが喉から出かかったけど、なんとか消滅させた。
「じゃ、そっち。名前、教えて」
「あ、うん。K R Hでくれは、ぼくもそのまんまです。よろしく」
「いいなぁ、そのまんまプレイヤーネームにしてるのにかっこいいの」
「そんな、U-HIさんだってかっこいいじゃない」
「「……あ」」
気が付いてしまった。お互いにお互いの名前を褒めていると言うことに。顔が熱い……TPSにこんな要素いらないって言うのになぁ。
まあ熱いものはしかたがないよね。てれを反映させるサバゲーって、いったいなに狙いだよ……。
と。ゲームの文句でてれをなんとかしたところで、U-HIさんにはひとこと言わないといけないってことに思い至った。
「その」
深呼吸。「ん?」って言うU-HIさん。今回は不快度はなかった。
「ありがとう。助けてくれて」
吐き出すように、なんとか言えた。また頭を下げる。
「あはは、こんなのほんとに助けたことにはならないでしょ」
「でも、自爆から助けてくれた。毎回あれ怖いんだよ」
「そうなんだ」
「うん。まあ、今回は後が怖いんだけどね」
苦笑い。「あ、そうだよね」とU-HIさんも苦笑い声だ。
「でもさ。せめてこの試合の間だけでも暴れてみたらどう?」
そう言って、U-HIさんは左の腰から銃を引き抜いてこっちに差し出した。
「え、でも……」
「いいのいいの。こっち、アイテムスロットいっぱい持ってるから後二つあるし」
「いや、あの、そういうことじゃな……」
差し出したままで動こうとしないU-HIさん。
「……わかりましたよ」
根負けしたぼくは、やけくそのように言ってそれを受け取った。
「よし、なにげない振りして戻ろう。お互いデスらないようにしようね」
きっと笑顔のU-HIさんに、ぼくはうんと大きく頷いた。
試合時計を確認。後十分。うまく生き残れるかなぁ。まともに戦うのなんて、初めてだからなぁ。U-HIさん以外、B D E Fチームが敵だし。
ーー多すぎだろ! しかもなんだよその余計な九人は!
「じゃ、散開ね。健闘を祈る」
ある程度、スタート地点の近所まで戻って来たところで、そう言ってU-HIさんは小走りで近場のビルの隙間に消えて行った。さりげなく合流するためだろうな。
うん、って言うぼくの返事がはたして聞こえたのか。敵同士で応援し合う違和感がとれなくて、なんて答えればいいのかわかんなくって、無難に頷くことしかできなかったんだよね、それも少し間があって。
「ぼくもルートを考えなきゃな」
いなくなったU-HIさんの走ってった方を見て、ぼくは考える。
Bチームに戻ったところで、今武器を持ってるぼくはなにを言われるかわかんないし、元より爆弾がなくなったぼくにいじめっこは存在を求めない。
ーーそれなら、他の AかCチームの加勢に行こう。どこまで役に立てるかわかんないけど。
こっちの残り人数は150、相手の人数は175、残り時間は7分。あまりのんびり考えてもいられないか。
今の位置だと近いのはAチーム。Dチームとバラけながら交戦中、か。
よし、いこう。動きが大してなくて、Deathを量産するBチームはいつものことだし、加勢したらしたで文句言われるし。せっかくいじめっこから自由な今ぐらいNPCじゃなくてプレイヤーでいよう。
***
「おっと」
試合時間残り一分、BGMが流れ始めたのと同時にロックされた音を聞いて反射的にしゃがむ。
頭の上を銃弾が通り過ぎる。射手が見えた、よけられたことに驚いてるのか銃を取り落としそうになってる。
ならこの状態からでもっ!
カチャリ、構えて 少し上に銃身を向けて引き金を引いた。ドンっと言う衝撃が両腕に重みとなって叩きつけられる。「ぐわっ」って言う敵の声。『Nice Shot!』の声が聞こえる。
これはたしかヘッドショットが成功し、相手を仕留めた時に鳴る音声だったはず。ぼく……どうやら、ヘッドショットできたみたいだ。
ヘッドショットはなかなかに難易度が高いって話だけど、ぼくは勿論狙ってヘッドショットできるほど武器を使ったことがない。
言ってしまえば一度も武器を打ったことがない、ここでもリアルでも。
ただ、このまま銃身をまっすぐに向けても足にしか銃弾は飛んで行かないから少し角度をつけただけだ。正直、やれてびっくりしてる。
ビギナーズラックだと思うけど、やっぱりできたことはびっくりだ。
なにはともあれここでしゃがんでるのはまずい。早く離れないと的だ。急いで立ち上がって人気のない方に走り出す。
試合開始時と同じカウントダウンの音が聞こえ始めた。残り30秒からカウントが始まるのがこのゲーム。
慌ただしい足音? あの方向はBチーム……。
「ククク」
右往左往してるさまを思い浮かべたら、自然と笑いが漏れた。いい気味だ。
……こうやって陰口みたいに、こっそりせせら笑うぐらいしか、彼等への抵抗ができないのが、我ながらいやになる。
これじゃあぼく、すごいいやな奴じゃないか。
と、自己嫌悪に陥ってるところで、試合終了のブザーが戦場に響き渡った。
「……あれ。ぼく、結局……倒されてないや」
驚くべきことに。ぼくは戦場にいながら0Deathを達成してしまった。試合時間の半分ぐらいはU-HIさんと話し込んでたとはいえ、これは快挙だ。
「あ」
手にしてたU-HIさんの武器が手元から消えた。それから一秒ぐらい後、視界がブラックアウトする。
「やっぱり、テレポート。慣れないなぁ」
最初にいた部屋に転送されたぼくは、ふぅと疲労の溜息を吐く。
「3Kill。ぼく……もしかして、うまい?」
ディスプレイに表示されてるリザルトを見て、そんな己惚れが口から出ていた。
「うわ、一斉にあいつらログアウトしてく……荒れてるんだろうなぁ」
苦笑いしか出なかった。
「ぼくも、ログアウトしよう」
操作してログアウトにイエスを選択。するとスーっと、まるで夢から覚めるように意識が闇へと落ちて行った。
***
「ん、ぁぁ。戻って来たのか」
目の前に現れたパソコンのモニターを見て、帰って来たことを認識した。両手からガントレット型VRダイブ用ツールを外す。
「さて」
チェックするのはフレンド申請が届いているかどうか。
「早いなぁ、もう申請してるよ」
苦笑いが出た。照山さん、どんだけフレンド申請したかったんだよ。勿論了承する。
「そういえば、メアドくれるとか言ってたよなぁ。流石にゲームからはくれないと思うし。どうするつもりなんだろ?」
聞いてみるか、フレンド同士のプライベートメッセージのやりとりもあることだし。
カタカタとキーボードを叩きながら、自然とニヤける自分がいて、でもそれは悪くない。
……見られさえしなければ。
「よし、送信っと」
何度も見直して、ようやく送信した。何度も見直すような長さじゃないのに。
早くしろよ 早くしたいよと、かっこ悪い文章を送るわけにはいかない自分と、早くメッセージを送りたい自分とがせめぎ合った。
結局勝ったのは推敲したい自分で、ほっとするやら呆れるやら。
「ほら、相手さんすぐ返して来たよ」
苦笑いのはずだけど、笑い顔はニヤニヤしている。そういう口の形なのがはっきりわかる。
「なるほど。明日の放課後 保健室で。って……なんで保健室? たしかにぼくたちの出会いの場所だけど」
突っ込みいれつつ了解のメッセージを返す。送信完了を確認してから、ゲームを閉じた。
「ぶはーっ」
ベッドに倒れ込みながら、柄にもなくこんな息みたいな声を吐き出した。
なんだろう。ニヤニヤが止まらない。
「……今日。眠れそうにないなぁ」
また、ニヤニヤしたまま苦笑いするぼくなのだった。
ーーこの学年になってから初めて、学校に行くのが楽しみな夜になるな。
END