中編。自爆王、謎のガスマスクを友にする。
「9Killゲットー!」
陽気な声が白い閃光の黒いシルエットから聞こえた。
「自爆王、連中がリスポーンする前に安全地帯つれてってあげる。ついて来て」
くるりと振り返った、明らかに女子な口調のガスマスクさん。閃光が消える直前で、まだ周りには知られてないみたい。無防備なぼくたち、打たれてないのは幸いか。
「え、あの。え??」
展開についていけず、ぼくは困惑するばっかりで。
どうして敵のはずのぼくを安全地帯につれていこうとするのか。どうしてぼくを自爆王なんて呼ぶのか。
そもそもこの親し気な雰囲気はなんなのか。この人はいったい誰なのか。まるでぼくの事情を知ってるかのようなのはどうしてなのか……。
聞きたいことが芋づる式だ。でも、もうなんか 流れに押し切られるように、ガスマスクさんについていってるぼく。二人ともダッシュだ。
「A Cチームは、Bチームを気にする様子なし。徐々に散り始めたわね。自爆王、ついて来てる?」
「え、あの、はい。その、なんなんですか?」
いろんな意味を含めてしまった「なんですか」だった。と、言ってから気が付いて。
でもどれに対する問いなのかは、言い直す余裕がない。見失わないようにするのがやっとだ。
少し奥まったところにあるビルに入り込んだ。どうやらここが安全地帯らしく、三階までノンストップで走った後で、ようやくガスマスクさんは動きを緩めた。
このゲーム、スタミナのシステムがないのでいつまででも走ることができる。正直このリアルとの乖離具合は気持ち悪い。けど、いっぺんに動くにはすごく楽で、その辺は折り合いをつけるしかないのかな?
「ここ、安全なんですか?」
「うん。初心者はこんな奥まで探しに来ないし、一人ぐらいいなくなったところで 自分のことで手いっぱいになるから気にしてる余裕がないしね。
狙撃ポイントだって開始地点近くのビルまでで充分。倒されるのがいやなプレイ経験のある人なら、初心者戦だとこうやって隠れてたりする場合もあるらしいよ」
「そうなんですか。やっぱり、それなりにやりこんでるんですね」
「あれ、わかった?」
「プレイスコア見ればだいたいは」
「そっか。流石の自爆王、だてに出るたんびに10Kill叩き出してないね」
「からかってるんですか?」
思わず不機嫌に返してしまった。
「ごめんごめん、少しは緊張が和らぐと思って」
ガスマスク越しだって言うのに、この人の感情は実に素直に伝わって来る。今のは苦笑いしている、でも 楽しそうだ。
「なんなんですか、そんな気安く」
この人のことが読めない。だから、どうしても緊張する。
「さて、なんでだろうね」
思わせぶりに言う声は、ニヤリと含みのある笑みだ。声だけで表情までわかるって、どんだけ天真爛漫なんだこの人……。
「さて。一息ついたところで質問タイムといきましょっか」
「え……?」
「わたしの行動 不可解極まるでしょ?」
「わかっててやったんですか?」
「遭遇できた今しかないと思ったからね」
「どういうことですか?」
「それはも少し後で。まずは軽くプレイヤーネームでも名乗っておきましょ。会話するんで自爆王って言い続けるのも失礼だし」
「散々呼んでおいて……一期一会でしょうから、いいですよ ぼくはその自爆王って言うので。ぼくもガスマスクさんって呼ぶんで」
「冷たいんだ」
ちょっといじけた風で。ほんと……気安いな、この人。
「んー、ま いっか。そっちが親しくしたいなって思えたら名乗ることにしましょう。じゃあ、最初に。自爆王、なにが聞きたい?」
「その自爆王って言うの、いったいどこから出たんですか?」
しょっぱなに戸惑いをぼくに与えたのはこの自爆王って言う、ぼくのあだなみたいな物。
「どこから、ねぇ。出処はわかんないけど、有名よ 初心者狩りの自爆王、って」
「え……ぼくが、初心者狩りしてる扱いなんですか?」
「そりゃそうでしょう。あんな奇襲自爆、初見殺しでわからん殺しだもん。初心者ぐらいにしか通用しないって。そもそもあなたの個人スコア見たら、いやでも警戒するじゃない?」
初見殺しに、わからん殺し。この人、確実にゲーマーだ。
「ま、まあ。そうですよね、10Kill1Death必ず増える。今や330Kill30Death。チートでも使ってるんじゃないかって思われてそうです」
「それはないわね」
きっぱりと言い切ったその自信たっぷりな声に、ぼくは二の句が継げない。
「いくら30VS30ったって、10Killも取ってるのに1Deathしかもらってないなんて、むちゃくちゃうまい人って思うわよ 普通。特に1Death」
「そういうものなんですね」
力説するガスマスクさんに、呆けた相槌を打つしかない。
「うん。数字だけ見たら神レベルよ神レベル」
「そんな、バカな?」
半笑いになって答えた。ありえるわけがない、こんな自爆しかさせてもらえないぼくなんかが神レベルだなんて。
「で、実情を知ったプレイヤーが誰からともなく呼び出した。自爆王、ってね」
「そうだったんですか。いつのまにか、そんなことになってたんですね」
他のプレイヤーのコミュニティになんて興味がなかったから知る由もなかった。だってこのゲームは、ぼくが自爆して相手チームが吹っ飛ぶのを見て、いじめっこたちが悦に入るためだけにやらされてるんだから。
「で、ガスマスクさん」
「ん?」
呼ばれ方が気に食わないらしく、むっとしたような相槌だ。
「なんでぼくと話をしたかったんですか?」
こうしてこんな人の来ない場所にまでぼくを連れ出したのは、ぼくと話がしたかったからだ。それはわかったから、そこに対しては問い方を変えた。
「君が、わたしの思う人だか確認したかったから。遭遇しなくちゃできないでしょ、そんなこと」
「やっぱり。あなた、ぼくの事情を?」
「うすうすはね」
やっぱりわからない。この人は、いったい誰なんだ? 明らかにぼくのゲームの外を知っている。
「なにものですか、あなた」
「わかんないかなぁ、こんだけヒント出してるのに」
溜息交じりに言う悩ましげな声。あれ……似たような声、つい最近聞いた気がする。
「ま、むりもないか、それこそ一期一会だったし」
明らかにしょんぼりしている。
「じゃ、答えをあげよう」
もったいぶった言い回しで、ガスマスクさんはなぜかサムズアップした。
「こんな間接的な方法でしか、しかえしできなくてごめんね、秋野君」
「な……照山さん……なのか?」
驚かざるをえまい。今ぺこりと頭を下げたガスマスクさんが、あの……あの照山さんだなんて。
「ゲームの外でなにかできればいいんだけど……君としか接点ないのに、いきなりしゃしゃり出るわけにはいかないから。クラス違うしさ」
「なんてことだ……」
「やだなぁ。そんな絶望したような顔しないでよ」
笑いながらそう言う照山さん(プレイヤーネーム不明)。
「いや、ぼく 絶望したんじゃなくてただ表情が固まっただけで」
「あれ、そうなんだ」
「うん。あの……」
思ったこと。思いついた、ぼくにしては思い切ったこと。一昨日あれだけ溜めが必要だったようなことを、もう一度言おうとしている。
「フレンド申請させてください、それこそ一期一会だし」
けど、ゲーム云々とは関係なく、ラストチャンスかもしれないと思ったら、スルっと言葉が出て来た。ぼく、実は案外緊張しない人?
「ん? メアド? いいよ、こないだは言いそびれたしね」
「え、あ、いや、その……」
ぼくはゲームでのフレンド申請、お気に入りユーザー登録を言ったんだけど、どうやら相手はそうとらえなかったらしい。
ーーけど、このチャンス。利用しない手はないっ。
「……おねがいします」
自分でわかるほどにぎこちなくお辞儀するぼく。そんなぼくを見て、おおげさだなーってまた笑った。