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白雪姫はりんごが苦手

作者:黒湖クロコ
「おいしいりんごをあげよう」
 老婆から手渡されたりんごをジッと見つめた白雪姫だったが、その表情はさえない。渋い顔で見つめるだけで口をつける事はなかった。
「どうしたんだい? 毒なんてないよ。なんなら、毒見をしようかね?」
 老婆がりんごへ手を伸ばすが、白雪姫は首を横に振った。
「そうではなくて……りんごを食べるぐらいなら、いっそ死んだ方がいいわ」
「は?」
「何でこの世にこんなものがあるのかしら。滅びればいいのに。むしろ、今からでも撲滅したい」
 薄暗い表情でつぶやく白雪姫のとんでもないりんご嫌い発言を受け、老婆は愕然とする。
 それはここまで綿密に計画を立てた完全犯罪を覆しかねない情報だったからだ。
(えっ、マジで? そんなの初めて聞いたわよ?!)
 さてどうするべきか。
(何か、何か方法はないの?)
 そもそもこんな事になるまでに、色々あった老婆は、これまでの事を思い返した。

◇◆◇◆◇◆ 



 とある国に、白雪姫と呼ばれる、王女様がいた。雪のように白い肌、夜空を写したような漆黒の髪、血のように赤い唇。それは魔性と呼んでも差し支えがない、恐ろしいまでの美貌。
 王女という地位に加え、誰からも愛される美貌を持っていたが、彼女は決して何もかもを持っているわけではない。彼女の実母は彼女が生まれた時に、息を引き取っていたのだ。
 王である父は、王妃だった女性と不利二つである白雪姫を大層可愛がった。
 しかし王妃不在の状況というのは、国にとってはよいものではない。王妃というのは、ただの飾りではなく、貴族をまとめ上げる一端を担っているからだ。白雪姫がもう少し大きければ、王妃の代わりもできただろうが、乳幼児ではどうにもならない。
 更に美しい白雪姫だが、女性という性別も良くなかった。一時的に白雪姫が女王として即位し、彼女が産む王子に王位を譲るという方法もあるが、そこで男児が生まれなかった場合、この国はどうなってしまうのかと不安になる貴族は多かった。また白雪姫しか子供がいないというのも良くなかった。まだ乳幼児である彼女が無事成人まで生きられる保証はないのだ。

 かくして、王は白雪姫が五歳を迎える前に、彼女の継母となる女性と再婚する事となった。
「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰?」
「それは、カタリーナ様でございます」
 白い髪、赤い瞳という、特殊な色彩を持った美女であるカタリーナは、目の前にいる、『鏡』と呼んでいる男に質問をした。鏡はカタリーナと同じ白髪に赤い瞳を持った女顔をしており、彩色だけを見れば瓜二つだ。背丈は若干鏡の方が高いが、髪の長さは同じで、肩甲骨に届く長さだ。あまりに珍しい色彩の二人が一緒に居るのは偶然ではない。鏡はカタリーナの影武者であり、諜報員であり、護衛であった。
 高貴な出のカタリーナは、幼い時に鏡を奴隷商から買った。神の子ではないかともてはやされたカタリーナと、不吉だと実の親に売られた鏡。似た外見であるにも関わらず、正反対の境遇で育った二人だったが、主従関係を結んでからは、ずっと一緒だった。そしてそれは、カタリーナが王に嫁ぐ事になってからも変わらない。

「……今の所、まだ私の方が美しいと世間からは思われているのね」
「はい。白雪姫はまだ蕾。可愛らしいと評判ですが、美しいという評価はなされていません」
 その言葉を聞いて、カタリーナは深いため息をついた。安堵とも憂鬱ともとりにくい微妙な表所をした彼女を鏡はじっと見つめる。
「そう。でも、時間の問題ね。……王が白雪姫を見る目は、日に日におかしくなってきているわ。この国には近親相関を禁ずる法もないし」
「王が白雪姫と結ばれる事を望まれたら、どうなさるか決められましたか?」
「……あの子は……普通に父と慕っているにすぎないのよ」
 王は精神的な病なのか、それとも元々そういう性癖だったのか、白雪姫に対して邪な感情を持っている。初めは愛した女性の忘れ形見として、大切にしていたに過ぎなかった。しかし白雪姫は王妃と瓜二つ過ぎたのだ。徐々に彼の娘に対する愛は変質していった。
 しかしそんなもの、幼い娘には分からない。ただ彼女は父親に愛されている。

「王は白雪姫を王妃にと望むでしょう」
「……ええ。そうね。だから、私を抱かないのだもの。子が出来ては離縁や相続が面倒になるから。でも王妃を空白にしたら、貴族から色々言われる。だから仕事だけしてくれる王妃が欲しくて私を迎えた」
 カタリーナは隣国の貴族の娘だった。ただし王族との血は濃い。それゆえに、白羽の矢が立った。立ってしまった。
 嫁いですぐ、カタリーナは王に言われた。前王妃を忘れられない。だから、貴方を抱くことはできない。その代り仕事さえこなしてくれれば、数年後には離縁し、国に貸した借金も帳消しとすると。何なら、カタリーナの結婚相手も探してもいいとまで言った。
 カタリーナの女性としてのプライドはズタズタだが、借金の帳消しは大きい。だからカタリーナは、甘んじた。それに悪くはない、むしろ紳士な対応とも言えよう。
 しかしカタリーナは、白雪姫と出会い、暮らすうちに悩むようになった。

「ならば、仕事に徹すればいいのでは? 貴方が悩むことではない。王の周りの者が、何とかするべき問題です。血が濃い事で不都合が出るのは、この国なのだから」
 冷静に意見する鏡に、カタリーナは唇を噛んだ。同じ環境で育ったカタリーナは鏡と思考が似ている所もある。だから、そういう答えも理解できる。
 でも彼女は、鏡とは違い、王妃としてこの国にやって来たのだ。
「私は他人である私を母と慕ってくれる白雪姫が地獄に向かっているのに、見てみぬふりをするのはできないわ」
「逃げていいですよ。僕は最期までお供します」
 鏡の言葉に、彼女は苦笑する。彼の言葉は、彼女の本心を本当に鏡のように映しているかのようだ。でもその気持ちは彼女の一部に過ぎない。
「私は、あの子を助けたい。だから、私は……魔女になるわ」

カタリーナの言葉に鏡は眉をひそめた。彼女の言葉の意味が分からないからではない。解るからこそだ。大人しくしていれば、数年で自由となるのにあえて破滅へ向かう。
 それでも、一度決めたカタリーナの意志は曲げられない。曲げられないから、今彼女はこの国に居るのだ。彼女を愛する多くの者が反対したにも関わらず。
「分かりました」
 その決断に鏡はただ一言そう伝えた。


◇◆◇◆◇◆



「あの子は、王を誑かす魔性の娘よ。森で殺してしまいなさい」
 カタリーナは猟師に、冷たい命令をした。
 猟師は膝を付き、顔を下に向けてている。だからお互い表情は見えない。それでもカタリーナは、義理とはいえ子供を殺せと命令する自分を侮蔑しているだろうと考えていた。
 人から冷たい目を向けられるのは嬉しい事ではない。それでも悪となる事を決めた彼女は痛む胸の内を隠す。
「そうね。死んだら、娘の内臓を持っていらっしゃい」
「……首ではないのですか?」
「顔も見たくないの。獣に食べられていたと言えばいいわ」
 そもそも猟師に首を持ってきてもらっては困る。カタリーナは本気で白雪姫を殺そうと思っているのではないのだ。

 そして、この猟師なら白雪姫を逃がすだろうと分かった上で命令を出していた。猟師と白雪姫は顔見知りで、猟師は一方的に彼女に好意を持っていた。
 更に猟師の性格は純朴で、たとえ二人きりになっても白雪姫に手は出さないと踏んでいる。
「さあ行きなさい。貴方の家族の借金は既に私が肩代わりしたのだから」
 王妃が使用していいお金の一部で猟師の家族の借金を返済したカタリーナは、傲慢な態度で行くように伝える。のろのろとした動きで猟師が出て行ったのを見送った所で、彼女は深くため息をついた。

「……鏡、胃薬ちょうだい」
「飲めばいいというものではないですよ」
 過度のストレスで、カタリーナは最近ずっと胃薬を常用し、さらに鏡に携帯させていた。そうしなければやっていられないのだ。
「でも、痛いんだもの」
「悪役なんてなれない事をするからです」
「仕方がないじゃない。白雪姫を守るには、これしかないもの。真正面から王とやりあって、王が思い余って白雪姫の純潔が汚されたら泣くに泣けないわ。彼女の中の王は、素敵なお父様のままにしないと」
 白雪姫の問題は繊細だ。下手に突っ突いた事で、王が強硬に出るとも限らない。この国で、王に逆らえる者はいないのだ。
 だから、カタリーナは白雪姫をまずはこの城から逃がす事にした。
「貴方が恨まれてもですか?」
「そうよ。私はあくまで他人ですもの」
 彼女は苦々しい顔で言いきる。それを鏡は複雑そうな顔で見つめた。
 カタリーナは嫌われる事になれていない。だから、些細な事でも不調をきたす。その結果が今なのだ。
「とにかく、胃薬よ。胃薬」
 そう言って、カタリーナは鏡に手を出すが、その手を鏡はぺちりと叩く。
「馬鹿ですね。胃薬ではなく、ホットミルクで我慢しなさい」
 そう言い、幼子にするように彼女の白い髪を撫でた。


◇◆◇◆◇◆


 とある日の昼下がり。カタリーナは書面を読みながら形のよい爪を噛んでいた。
 その様子に、鏡はぺちりと彼女の手を叩く。叩かれてた手をさすりながら、彼女は剣呑な目で鏡を睨んだ。
「胃薬よこしなさい」
「当たり前のように要求しないで下さい」
 そう言いつつ、鏡は隣にミルクティーを置く。これで我慢しろと言わんばかりの態度に彼女は口をへの字にした。
「だって中々上手くいかないんだもの」
 鏡が持ってきた情報を見ながら、カタリーナは白い眉をひそめる。

 白雪姫は、無事森の奥へと逃げ延びた。猟師はカタリーナの思惑通り、適当な獣を殺し内臓を持ってきたのだ。その臓物が、何故か鍋料理となってカタリーナの食卓に並んだのは予想外だったが。これは嫌がらせからなのか、それとも魔女だと思われているからなのか。分からないが、彼女は残さず食べた。食べなければ獣に申し訳ないからだ。
 これで猟師には完璧に魔女認定されたかしらと思ったカタリーナだったが、そのあたりの悪評は想定内だ。

 ただ問題は、王が白雪姫が生きているという情報を掴み探している事だ。今は森へ散歩に出かけられた時の不幸な事故となっているのでカタリーナに疑惑の目は向けられていない。それでも、見つかれば牢屋行はまのがれず、また白雪姫も二度と逃げ出す事は出来ないだろう。
 それと、この国が一枚岩ではないのも問題だった。誰からも愛されてると思った白雪姫だったが、彼女の存在を邪魔に思っている者はいるようだ。おかげで、先日殺人未遂が起こった。幸いにも、白雪姫をかくまっている七人の男たちが撃退してくれたが、次も上手くいくとは限らない。早めに、この国から外に出してしまった方がいいだろう。

「どうなされますか?」
「私の母国に頼めば、白雪姫を受け入れてくれるとは思うけれど……彼女に理由は話したくないし……」
「貴方の父親は変態です。今すぐ国外へ逃げなさい。さもないと、近親相関な上に監禁というハードプレイが貴方を襲いますと言った方が、逆に決心もつくと思いますが」
「私の娘に、なんて言葉聞かせる気よ!! ああ、考えたら、胃薬飲みたくなったわ」
 鏡の言葉に、カタリーナは目を吊り上げた。
「駄目です。さっき飲んだばかりでしょうが。……白雪姫はカマトトぶっているだけで、実際は結構色々知っていると思いますけどね」
「何を言ってるの。彼女は純粋無垢なのよ」
「純粋無垢な子が、知らない男達と一緒に突然住めますかね。貞操の危機に陥らないように、でも守ってもらえるよう、彼らのアイドルとして君臨してみえますよ」
 鏡の言葉に、カタリーナは耳を塞いだ。
「あーあー、聞こえないわー。あっ、そうだわ。白雪姫には一度死体になってもらって、母国に行ってもらいましょ」
「は?」
 いい考えが浮かんだと、カタリーナはポンと手を打つ。
「死体って? まさか本気で白雪姫を殺す気になりました。分かりました。今すぐ殺しましょう。その方が憂いもなく、僕もすっきりです」
「殺さないわよ。何で殺す事で生き生きしてるのよ。止めてよ、私の娘なんだから。そうじゃなくて、うちの国に、飲むと死体と間違えるような深い眠りにつく薬があるの知ってるでしょ? ほら、死んだと思って恋人が後追いしちゃう悲恋にも使われた薬よ」
「あー、ありますね」
「あれを使って眠らせて、国境を超えさせるの。この国は死者を怖がる風習があるから、死体を通す場合、あまりしっかり検疫もされないし。何なら、問答無用で通れる、王子辺りをお使いに出してもいいわね」
 カタリーナは完璧だわと頷く。

「確かに死体なら通りやすいですが、薬は誰が飲ませる事にするのですか? もしも、バレた時、一番の被害を受けますよ」
「勿論、私よ」
「は?」
「この白髪、利用しない手はないわ。老婆に変装して行うの。きっと上手く行くわ」
「馬鹿ですか? 馬鹿なんですね。胃薬飲み過ぎて、脳が退化したんですね!」
 よしっと握りこぶしを作ってカタリーナの肩を鏡は強く握りガタガタとゆすった。
「退化してないわよ。というか、最近、私の扱いが雑じゃない?」
 少し前までは、もう少ししんみりしていたのにと口を尖らせれば、鏡は深いため息をついた。
「いえ、馬鹿なんだなと最近改めて思ったので、対応変える事にしたんです」
「何よそれ」
「とにかく、一国の女王が老婆に変装して眠り薬を盛に行くなんて聞いたことありません。そもそも貴方、顔バレしてるじゃないですか」
「そこは私の演技力とメイク技術よ。私なら、完全犯罪できるわ。それにいいじゃない。どうせいつかは女王ではなくなるのだし」
 真顔で答える為、冗談ではないのだと鏡も悟る。
「それに、誰かにやってもらうより、ずっと気分的にもいいわ。何より、胃薬を飲む量が減ると思うの」
「減るではなく、我慢して下さい」
 そういいつつ、鏡は説得を諦めた様に肩を落とす。彼女はここで何を言っても止まらないだろうと考えて。

「せめて危険な事はしないで下さい」
「分かってるわ。私はまだ死んだりはしないから安心して」
 カタリーナは、自信満々に微笑んだ。


◇◆◇◆◇◆


 カタリーナは祖国に、現状とお願い事をし、薬を分けてもらうと、早速白雪姫の元へ向かった。薬は独特の匂いがあり、りんごだと分かりにくいという事もあり、りんごに塗った。
 準備万端。
 カタリーナは完璧な変装をし、もしもりんごに対して毒を疑われたら毒見をしようと、毒は半面のみに塗った。
 これで完璧。完全犯罪だと意気揚々としていた彼女だったが――。
 その結果が、冒頭に戻るわけである。

「いつから、そんなりんご嫌いになったんだい?」
 そんな情報は知らない。今まで一緒に住んでいたにも関わらず、まったく聞いた事がなかったため、カタリーナは焦った。
「りんごは体に良いんだよ。胃腸の働きを良くするし……」
 最近の胃薬事情もあり、胃腸にいいりんごを彼女は素晴らしい食べ物だと思っていた。

「……今よ。見たくもないわ」
(えっ。何、その我儘。どうして? 育て方を間違えたかしら)
 白雪姫はそんな弱い者いじめをするような性格ではなかったとカタリーナは思う。むしろ、老婆や子供など、弱い者の味方。突然それが嫌いになったなんて難癖をつけるような子ではなかった。
(育ての親が命を狙ったという事が彼女を歪ませてしまったというの?)
 あんなに可愛かった白雪姫が……と、幼い頃の彼女を思い返したカタリーナは、心の中で滂沱の涙を流した。
(いえ、大丈夫よ。私の甥にあたる王子なら、傷ついた白雪姫を癒し、再び素直で可愛い彼女に戻してくれるわ――)
「だけど、そういうわけにもいかないのも分かるわ」
「えっ?」
「食べて欲しいのでしょ?」
「ぜ、是非。本当にりんごは体に良いんだよ。疲れをとったりもするしね」
 りんごにこだわらなくてもいいのかもしれないが、薬はこのりんごで使い切ってしまっていた。なので、次に決行する為に薬を取り寄せていると時間がかかる。
 王の事がある為、カタリーナ的には今回のりんごで何とかなって欲しかった。
「なら、一緒にりんご料理をつくって克服するのを手伝ってくれない?」
 にっこりと可愛らしく笑う白雪姫に、彼女は深く考える事なく頷いた。
(ああ。まだ私の天使は生きていたわ)
「勿論喜んで」


◇◆◇◆◇◆


 白雪姫との料理教室は楽しかった。
 カタリーナは料理なんてした事がなかったが、白雪姫に言われるままに手伝いをし、沢山の料理がテーブルに並ぶ。あの幼子がこんなに立派に料理もできるようになるなんてと、彼女的には感動モノの親子教室だ。
 しかしりんごジャム、りんごパイ、りんごのコンポート、りんごのパウンドケーキなどなど並ぶテーブルを見て彼女は固まった。
(これ、何てロシアンルーレット)

 りんごが嫌いだというのに、なぜか白雪姫が住んでいる場所にはりんごがあった。白雪姫以外の住人がそうだというわけではないのだから、おかしくはない。そしてカタリーナが持ってきたカモフラージュ用のりんごも追加し、大量のりんごで料理は作られた。
 毒りんごがどこで使われたかは、料理の主導権を白雪姫にとられたカタリーナには既に分からない。
(熱が加わっても大丈夫だとは聞いているけど……どれが毒入り料理?)
 嫌な汗が伝う。

「あ、あの。白雪姫?」
「さあ、全部試食してみましょ。一つぐらい口に合うものがあると思うわ」
「えっと、その」
「私一人では食べられないんだもの。付き合ってくれるわよね?」
 イエス以外の返事は許さないという空気に、カタリーナは席につく。
「じゃあ、私はコンポートを食べてみるから、貴方はパウンドケーキを食べてみて」
「えっ」
 白雪姫が食べたものを食べようと作戦を練っていた矢先に更に盛り付けられてしまい、カタリーナは固まる。
 しかし、カタリーナの様子など気にすることなく、白雪姫はコンポートをひょいと食べた。
「悪くないわね。パウンドケーキはどう?」
(わ、分かってやってるんじゃないわよね? いいえ。白雪姫はそんな子じゃないわ)
 カタリーナは迷ったが、こうなったらままよと、パウンドケーキを口に放り込む。咀嚼し、目を見開いた。
「うっ」
「どうしたの?」
「おいしすぎる」
(何これ。うちの子の才能が怖い)
 美味しすぎるケーキに、彼女は目を見開いた。感動の涙を流さんばかりである。

「それはよかったわ。なら私も食べてみようかしら。ああ、お婆さんはアップルパイをどうぞ」
 白雪姫には安全と分かった料理、カタリーナには新しい料理が盛り付けられた。それを見て、彼女は思う。
考えていたのと逆だと。
彼女は迷ったものの、意を決して食べてみるが、日頃の行いがよかったらしくセーフだった。
(よ、良かった。だけど。胃薬。胃薬を頂戴っ!!)
 既に彼女の胃は限界だった。鏡を連れてこなかった事を悔やみながら、お腹のあたりをさする。

「よろしければ、りんごジュースをどうぞ。胃に優しいですよ」
「ありがとう」
 胃の不調に悩んでいたカタリーナは差し出されたりんごジュースを何も考えず飲み干した。次の瞬間唐突な目まいを感じ机にうつ伏せになる。
(えっ? なんで? そもそもりんごのジュースは、料理の時に作ってはいなかったはず)
 そう思うも、カタリーナの体は動かず、意識が刈り取られていく。
「さようなら。義母様」
 沈黙する部屋の中、ポツリと白雪姫がそうつぶやいた。


◇◆◇◆◇◆



 カタリーナが次に目覚めたのは、見知らぬ宿だった。
 痛む頭を押さえながら、体を起こす。
「いたたたたっ……。一体、何なの?」
「何なのて、どう考えても、白雪姫に嵌められた以外ないでしょうよ」
 独り言をつぶやいたつもりだったが、想像と違い返事が返って来る。声の方を見れば、椅子に座った鏡が肩をすくめていた。
「えっ? 嵌められ?」
「薬を飲まされたんでしょ? 白雪姫に飲ませる予定だったものを」
「……まって。何で鏡が知っているの? そもそも、ここはどこで、どうして貴方がいるの?」
 状況だけ見れば、鏡の話は理解できなくはない。しかしカタリーナの中には疑問ばかりが沸き起こる。そもそも、何故白雪姫に嵌められなければいけないのか。

「そりゃ、僕が白雪姫と組んでいたからですね」
「何ですって?!」
 ガバリと布団をはぎ、ベッドから降りるが、足に力が入らず、そのまま崩れ落ちる。それを見た鏡が慌ててカタリーナを支えた。
「何やっているんですか。まだ、薬が抜けきっていないのですから、大人しくして下さい」
「誰の所為だと……」
 カタリーナは歯噛みするが、実際歩くこともままならないので、もう一度ベッドに腰を下ろす。
「それで、なんでこんな事したの?」
「分からないですか?」
「……分からないから聞いてるのよ」

 真顔で聞き返され、カタリーナは怯んだが、それでもわかったふりなどできなかった。
「あの子が幸せになる為に、やらなくてはいけなかったのに」
「本当に、そう思うならやっぱり貴方は大馬鹿ですよ。誰も、貴方の犠牲なんて望んでいない。白雪姫も、僕も。僕はね、貴方が最終的に魔女として処刑されるなんてまっぴらなんです。だからあの薬はすり替えて、白雪姫に渡させていただきました」
「……魔女になるって言った時、分かりましたって納得したじゃない」
「納得したのではなく、貴方の意志は分かったと伝えただけです」
 カタリーナは初めから、魔女として裁かれる気でいた。魔女として裁かれれば、残酷な処刑しか待っていないというにも関わらず。
「僕を共犯にしないためですよね? 魔女と決まれば、全ての罪を一人で被る事ができるから」
 魔女裁判はそういうものだ。絶対一人ではできない事でも悪魔と契約したのならばできるなどという大雑把な推理をされ、ろくな調べもされずに魔女と決められた者を処刑して全てを終わらせてしまう。

「私は十分幸せだったもの。だから、白雪姫は幸せになるべきだし、鏡は私から解放されるべきなのよ」
「誰がそんな事を望んだって言うんですか。初めから言いましたよね。白雪姫は、自力で幸せになれるんですよ。まあ、貴方が手配してくれた王子に協力をして貰う事で楽にクーデターを成功させたみたいですけど」
「えっ。クーデター?」
「貴方が寝ている間に、終わりましたよ。この国の王は白雪姫に変わり、白雪姫はクーデターに協力をしてくれた王子と婚約しました」
 カタリーナは鏡の言葉が現実には思えなかった。しかし真面目な顔に、それが真実だと悟り、肩を落とす。

「……あの子に実の親を追い落とす真似、させたくなかったのに」
「彼女は貴方の前でいい子ぶっているだけですよ。王の性癖も、貴方の愛も全部分かっていて、行動力もあった。ただ、それだけです」
 鏡の言葉にカタリーナは深くため息をつく。
「結局、私がやった事は無駄だったという事ね」
「そうですと言いたいところですが、貴方が動いたことが結果的に彼女を助けたのは事実です。王子が白雪姫に協力しなければ、クーデターは中々上手くいかなかったでしょうし。それに貴方が身を挺して守ろうとしてくれたから、踏ん切りもついたのでしょう」
 鏡は苦笑いをしていた。本当はこんな無茶をした事なんて肯定したくないという顔をしている。それでも彼は正直に答えた。それが役目だから。

「それで、ここは何処で、鏡は何故ここにいるの?」
 色々聞いて混乱していたカタリーナだったが、一通り白雪姫の現状を聞いたところで、最初の質問へと戻った。
「ここは国の国境近くにある宿で、僕は白雪姫に協力をしたから、ここにいる事を許されています」
「どういう意味?」
「白雪姫は貴方が幸せになれる道を選んでほしいと言いました。母国に戻ってもよし、このまま魔女として処刑された事にして新しい人生を生きてもいいと。ただこの国の城には戻るべきではないと。だからここに宿をとり、僕は貴方の世話をしていました」
(意識がなくなる前に聞いた言葉は、本当の意味での別れの言葉だったのね……)
 確かに白雪姫が即位するなら、前王が隠居された今、その妻も表舞台に戻るべきではない。しかも、カタリーナと王は愛しあっていたわけではなく、利害関係で結ばれただけの仲だ。仲良く幽閉されても何も良い事などない。

「なら私は死んだという事にして頂戴。これでようやく、貴方を自由にできるわ」
「本当に、それでいいんですか?」
「ええ。鏡が居てくれたおかげで、私は楽しかったわ。だから、貴方にも幸せになってもらいたいの。もう私の影武者をする必要なんてないわ」
 この国へ嫁ぐ時、鏡を影武者として付けたのは、彼女の母国だ。だから、戻ればまた同じことが繰り返される。
 カタリーナはそんな彼を解放したかった。だから魔女となる事にためらいがなかったのだ。もっとも、魔女として処刑されず、生き残ってしまったのだけれど。

「分かりました。なら、貴方の従者はもう止めます」
「ええ。今まで、ありがとう」
 カタリーナの頭に、鏡と出会った頃からの想いでが巡る。出会ったばかりの鏡は、栄養失調ぎみで、カタリーナよりずっと華奢だった。この世に味方などないというような無表情の彼が、いつしか笑うようになり、自分にも軽口を言うようになり、カタリーナは嬉しかった。
 心細い異国へついて来てくれた。それだけでもカタリーナは本当に有難かったのだ。だからこそ、鏡にも幸せになってもらいたかった。
(だから、ちゃんとさようならをしなければ……)
 頭では理解している。それでも最後のその言葉は、喉が震えるばかりで口から出てこない。
「だからこれからは遠慮なく、口説かせてもらいます」
「さよ……へ? く、口説く?」
「はい。今は、カタリーナ様は平民で、私も奴隷ではなく平民なんですよね?」

 国を捨てたのだから、カタリーナはもう貴族ではない。そして鏡もカタリーナが解放したのっだから奴隷ではない。
「お得ですよ。僕? カタリーナ様の好みは大概知ってますし、平民の暮らし方もばっちり分かるので、ちゃんとお教えできます」
「へ? いや。えっ?」
「だいたい、カタリーナ様一人でいきなり平民になるなんて無理ですよ。僕と一緒なら別ですけど」
「いや。別って言うか……。私に気を使わなくてもいいのよ? もう鏡は自由なのだから」
「だから、自由に口説かせてもらいます」
 何故そうなる。
 カタリーナは、鏡をギョッとした表情で見つめた。
「誰が人以下だった僕を人間にしたと思ってるんです。 で、とりあえず、何処に行きましょう。この国と貴方の母国ははずした方が無難だとは思うんですけど」
 なんてことないように笑う鏡に、カタリーナは結局諦めた様に笑った。
「そうね。貴方が居てくれれば、何処でもいいわ。鏡は何処がいいと思う?」


◇◆◇◆◇◆


 昔ある所に白雪姫と呼ばれるお姫様が居ました。
 彼女は継母である魔女に殺されかけますが、王子の愛で助かり、魔女は処刑されてしまいました。
 そして魔女が持っていたとされる魔法の鏡。その鏡は、魔女が処刑されたと同時に消えてなくなり、魔女の死体もまたどこかへ消えてしまったそうです。
 果たして、本当に魔女は死んだのか? それは誰にも分かりませんが、白雪姫は女王として幸せに暮らしましたと。
 めでたし、めでたし。

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