11 《浮遊島》攻略
【本体の視点】
11月6日(水) 16:05 大学の講義室
授業が終わるとすぐ、わたしは机に広げていた教科書や資料を手早く鞄へしまって、席を立った。
「え……由美、どうしたの?」
「ごめん、京。ちょっと急用ができた!」
そう言い残して、速やかに講義室を出る。転移するために、人目の無い場所というと……やっぱり、便所の個室か。
荷物を置くために一旦アパートへ寄ってから、《浮遊島》に対処するためにゼルク・メリスへ。
レギウス王国の先王フォーデル。天使である彼を殺せる……少なくとも管理者権限は無効化できるであろう可能性に賭けて、わたしが思いついた1つの方法。それを実行するのは、分体だけでは不可能だった。
灰の者の《次元を操る》という能力で、次元の狭間に仮想空間を作る。ここにフォーデルを閉じ込めて仮想空間ごとゼルク・メリスの《根底の流れ》から切り離し、《世界》から隔離する。
これを、実際にフォーデルと対峙する前に、まずは仮想空間の生成だけで成功するかどうか、試してみたのだ。
その結果は。
仮想空間の生成だけなら、分体能力を得る前から本体だけでできていたから問題は無かった。しかし、それを《世界》から切り離して入れ子的に《わたしの世界》として構築するには、分体だけでは脳の処理が追いつかなかった。
このことをフォスティアに報告し、分体は、本体の授業が終わるまで待つことにした。……その待っている間に、レギウスの王都アントバードは壊滅し、黒龍たちにもいくらかの被害が出た。
◆ ◆ ◆
【分体の視点】
16:15 《浮遊島》から1kmほど離れた上空
次元の狭間で仮想空間を展開するのは本体が、フォーデルをそこへ連れ込むのと、《世界》からの隔離は分体が担当する。
本体と合流した直後に、改めて仮想空間の実験をしてみたら、生成した仮想空間を《世界》から隔離すること自体は、それほど難しくなかった。
後は、フォーデルをどうやって仮想空間へ連れ込むか。
わたしは、高度2km付近の空中に浮かびつつ、どうやってフォーデルに接触するかを考えていた。フォーデルを仮想空間へ閉じ込めるには、まず、奴を連れて次元の狭間へ出なければならない。そのためには、わたしが奴に直接触れる必要があるからだ。
……ところで、この高さを維持して飛行するのに、《浮遊島》と同じく《重力制御》と《風結界》を使ってみたら、《加速》で上方向のGを加え続けるよりずっと楽だった。機動性では劣るが、消費魔力はこちらのほうが少ない。
さて。
ここから《浮遊島》とそれに群がる黒龍たちの様子を見ると、《浮遊島》の周辺は、SFアニメの《艦砲射撃で連鎖爆発が起きているところを遠目に眺めているシーン》みたいになっている。
転移した瞬間に直撃を食らって蒸発しないことを祈りつつ、わたしは次元の狭間へ飛び込んだ。
●
フォーデルがどこに居るのかは分からないから、とりあえず適当な区画に転移……の前に、まずは無人の区画に転移しよう。
誰も居ない倉庫のような場所に転移して少し後、思っていたとおり、黒龍の1人が、わたしに通信魔法で話しかけてきた。どうやら、《光壁》で守られている中と外とでも通信はできるようだ。
『我らに近い魂を持つ者よ、どうやって入ったのだ?』
話しかけてきたのは、わたしとは面識の無い黒龍だった。
『後で話すわ。それより、わたしが中から島を壊すかもしれないけど、それは問題無い?』
わたしがそう聞くと、黒龍は少し考えるような沈黙の後、答えた。
『そうだな、外からではまるで攻撃が効いている様子が無いが、中からなら有効かもしれん。殴っても壊れない玩具にも飽きてきたところだし、そろそろ始末してくれ。同胞にも伝えておく』
『了解』
通信を終えて、ふと思う。
人間にとって、この《浮遊島》はおそらく、抗えぬ滅びをもたらす存在なのだろう。この世界有数の都市、レギウスの王都が1時間足らずで壊滅させられたことからも、それは想像に難くない。
だが、そんなモノが黒龍にとっては《殴っても壊れない玩具》程度の認識でしかない。シェルキスも《自分たちの生活を脅かしかねない武器》だと言っていた。
恐るべきは龍の強大さか、そんな龍をも脅かしかねない兵器を作った人間か……それとも、そんな兵器に1人で立ち向かえるわたし自身か。
●
16:30 《浮遊島》 どこかの区画
黒龍との通信を終えた後、わたしは改めて適当な区画に転移した。
おそらく、フォーデルに賛同したり、付き従う者たちの居住区も併設されているのだろう。明らかに戦闘員ではないと思われる人々が数百人規模で暮らしているらしい区画があった。
わたしが転移したのは、そんな区画の1つだ。
『***!? ******!』
公園のような場所、その噴水のそばで談笑していた数人のうち、最初にわたしに気づいた身なりの良い男性が、叫んで尻餅をつく。
「悪いけど、共通語で喋ってくれるかしら? わたし、レギウス語は分からないのよね」
わたしは傲然と言い放った。一応、翻訳魔法は使えるが、《根底の流れ》に頼れない、意識をある程度奪われる魔法を敵の本拠地で使うのは危険だ。
男性は転んだ姿勢のまま後ずさりして、言う。
「おま、おまえは、りゅ、《龍殺し》……!?」
最初に男性が声を上げた時点で、この区画に居た人々はその声に反応して一斉にこちらを向いている。
映像も伝えられるこの世界の通信魔法のおかげで、わたしの顔は彼らにも知られているようだ。そうでないとしても、何も無い空間にいきなり人が現れれば、どうしても注目を浴びるだろう。
「ご名答。こんなでっかい玩具を作ったからといって、わたしから逃げられるとは思わないことね。さあ、あんたたちの王の所へ案内しなさい」
「ひ、ひい……! 無理ですよ。お、王に謁見できるのは、貴族の中でも一部の方々だけで──」
「謁見させろなんて言ってないわ。わたしは、《案内しろ》と言ったの。どこに居るかぐらいは知ってるんでしょ?」
「わ、分かりましたぁっ!」
男性は怯えた様子ながらも立ち上がり、歩き始めた。
とりあえず、最初の問題は突破できた。
わたしは最初、彼らにも抽出魔法による何らかの武器が与えられていることを──今みたいに、脅して何かをさせようとしたら反撃されることを──懸念していたが、どうやらその心配は不要だったようだ。
もっとも、力で支配しようとするフォーデルが、その支配される側の人間に武器を与えるというのは考えにくいことではあるが。
それにしても、公園、か。
頭上を見上げさえしなければ、今、この《浮遊島》が黒龍たちと撃ち合いをしているだなんて、とても信じられない。それほどに、この場所は穏やかな空気に包まれていた。
●
17:00 《浮遊島》 中枢区画の手前
「こ、この扉の向こうに、フォーデル様がいらっしゃるはずです」
いかにも王の間です、と言わんばかりの扉の前で、男性はそう言った。
もちろん、ここへ来るまでに遭遇した近衛兵だの親衛騎士団だとのいった連中は、全てわたしが返り討ちにしてきた。
「案内ありがとう。じゃあ、あんたはもう帰っていいわよ」
「えっ!? こ、こんな……いえ、何も」
男性は何か言いたそうだったが、結局何も言わずに、わたしに背を向けて歩きだした。
……《浮遊島》にはフォーデルの賛同者しか居ないはずなのに、フォーデルに謁見できるのは一部の貴族だけ。そんな訳の分からない身分制がある中、彼1人でここから帰すことに若干の危険は感じるが。まあ、わたしが心配することでもないか。
そう思い直すと、わたしは、目の前の扉をゆっくりと押し開けた。
 




