10 決戦開始
【分体の視点】
11月6日(水) 14:00 ディナリウス家別荘 応接室
既に抽出魔法が兵器として実用できる段階まで完成されていたのは予想外だった。……だが、それはディナリウス卿も同じだったようで、彼はフォスティアが映し出した映像を食い入るように見詰めている。
「これは……まさか王都アントバード……!?」
映像から目を逸さずに呟く彼。
それに応えるように、フォスティアが言う。
「そ。んで、この《浮遊島》が浮いてるのは、王都の西門から街道へ出て、さらに西へ10アルケトルほどの所だよ。島の大きさは、直径3アルケトルくらいのほぼ半球形だね」
言い終えると同時に、映像が《浮遊島》を空撮したようなアングルに切り替わる。
島というより、これは要塞だ。そして、半球形というのはもちろん、下に凸の形状だ。平らになっている上側が艤装されているのははっきりと分かるが、おそらく、下部にも何らかの……例えば空爆用の装備なんかが組み込まれているはずだ。
さらに、フォスティアが言うには、この《浮遊島》は時速30アルケトルほどで北東に向かって移動しているとのこと。もし、その目的地がここだったとしたら、たぶん、明日の今頃には着く、とも。
抽出魔法で無尽蔵に魔力を取り出せる《浮遊島》に、レギウスやビザインの軍はもちろん、わたしでさえ、足止めができるかどう……ん?
それなら、なぜ白龍たちはアレに向かっていった?
なぜフォスティアやシェルキスが管理者権限で対処しない?
わたしがふと顔を上げると、フォスティアは意味ありげに目を合わせてきた。……なるほど。
「そういう訳だから、ディナリウス卿。一旦、わたしは失礼させてもらうわ。……今回とは別件で、後であなたに聞きたいことがあるんだけど、また面会の場を設けてもらえるかしら?」
わたしはできるだけ無感情にそう言って、ソファから立ち上がる。ディナリウス卿はしばしの沈黙の後、
「……我々が生きていれば、いつでも」
と、青い顔で答えた。……これは、暗にわたしたちに《浮遊島》の対処をしろ、と命じているというより、文字どおりの意味と受け取ったほうがいいだろうか。
とにかく、わたしはソファを離れて、フォスティアの方へ歩きだそうとした。このままでも転移はできるのだが、《これからここを去る》ということを明確に彼らに伝えたほうが……今更な気もするが、余計な混乱を招かずに済むだろう。そう思った時。
「ま、待ってくれ、竜之宮!」
日本語で、ウィストがわたしを引き留めた。
わたしは足を止め、彼の方を向く。
「何?」
「いや、その……俺、いや、あたしたちが高校生の時は、その……」
そこでウィストの言葉は跡切れる。しかし、それだけで。
わたしは、彼が、橘海亜が何を言いたいのかを理解してしまった。だから、
「……昔のことよ」
その一言だけを返して、わたしは彼に背中を向けた。そして、フォスティアと共に次元の狭間へ入った。
この後、シェルキスと合流する前に、わたしは転移でベイスニールを彼の母親の下へ連れていった。そこで2人には簡単に事情を説明したのだが……まあ、うん。
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14:40 どこかの山中
「……おい、由美」
白龍シェルキスが呆れた目をわたしたちに向ける。わたしと、黒龍ディアーズライド、ベイスニールの母子に。
そして、そんなシェルキスにわたしが何かを言うより早く、ディアーズライドが口を開く。
『人間共のアレが完成していたのなら、黒龍が静観を続ける理由は無い。白龍たちは人間共の、アレに関する施設だけを破壊すれば満足なのだろう? だったら、《浮遊島》の破壊は我らに任せるがよい』
暴れられる楽しみを前に高ぶる彼女の口調。
ベイスニールを連れていった時に事情を説明したら、2人揃って《連れていけ》と言われた。だから、わたしは彼らをここへ連れてきた。
一昨日、シェルキスはわたしに《犬や猫が人間の生活を脅かしかねない武器を作り出したら、人間はそれを完成まで待って戦うか、それとも事前に奪うか》という喩え話をした。
シェルキスを含む一部の白龍は後者、そして、ディアーズライドの言葉を聞くに、黒龍はどうやら前者だったようだ。
たぶん、言っても無駄だろうなとは思いつつ、それでも、わたしはディアーズライドに聞いてみる。
『ちょっと待って。相手は無尽蔵に魔力を取り出せる抽出魔法なのよ。いくら黒龍で──』
『だからこそ面白いのではないか。我らがその生涯において、本気で暴れられる機会に恵まれることはまず無いと、おまえも知っていよう?』
全部言い終わる前に返された。
『それはそうだけど……』
『ならば、我らの楽しみを奪うでない。既に我が同胞にも、宴の始まりを告げてある。……ふふっ、感謝するぞ、我が夫の生まれ変わりよ。このような機会を我らに与えてくれたことをな!』
そして、ディアーズライドは一際高く咆哮すると、息子共々、この地を猛々しく飛び立っていった。……間一髪、わたしは、黒龍の本気の羽ばたきを避けるために、次元の狭間へ逃げ込むことができた。
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14:50
再びフォスティアが《浮遊島》の映像を見せてくれた時、その中で、《浮遊島》は移動経路上にある町、レギウスの王都アントバードを空爆していた。
フォスティアと、たぶんシェルキスも驚いていたようだが、なんとなく、わたしには予感があった。《浮遊島》は……先王フォーデルは王都を襲うだろう、と。
ディナリウス卿の話からの推測だが、おそらく、今のレギウス王はこの計画に反対だったのだろう。
だが、相手は先王。様々な問題なんかが絡み合って、はっきりと反対の態度を示せなかったのではないか。
その結果が、これだ。先王が、自分に反対する勢力の筆頭を放置しておくはずが無い。
「……それで、フォスティア。何か、わたしに言うことがあったんじゃないの?」
極力、わたしは王都を意識しないようにして、フォスティアに聞いた。目の前で出ている被害を食い止める力がわたしには無い、というのもあるが、ディナリウス家の別荘でフォスティアがわたしに送った視線のことが気になったからだ。
「あ、う、うん。えっとね──」
言いにくそうに始めた、フォスティアの説明によると。
まず、別荘でフォスティアが口にした《今回の件で、白龍はもう動きだした》というのは半分が嘘。確かに白龍たちはシェルキスの指示で動き始めたが、それはレギウス国内各地にある抽出魔法の施設を壊すためで、《浮遊島》の破壊には向かっていない。
抽出魔法を嫌う白龍たちが、なぜ、抽出魔法の最大の成果である《浮遊島》を放置するのか。なぜ、《浮遊島》をフォスティアやシェルキスが管理者権限で対処しないのか。
「実は、フォーデルも天使みたいなんだよねー。あはは……」
苦笑しつつ、フォスティアはそう言った。
……え? 天使? フォーデルが?
さすがに、それはわたしにも予想外だった。
フォスティアは言う。天使が使用できる管理者権限は、天使同士では対等だ、と。
つまり、例えば聖桜地区の魔物騒ぎの時、聖桜高校には《損傷無効》をかけていた。これに、同じく《損傷無効》の影響下にある武器で攻撃を加えた場合、双方とも傷付くことは無い。
だが、そんなことより。
「……それってさ、今回の抽出魔法の件、絶対に解決できないってことじゃない?」
わたしは言った。もし、フォーデルが《浮遊島》に《損傷無効》をかけていたら、《浮遊島》は絶対に破壊できない。そうでなくても……もし、《浮遊島》を含め抽出魔法の関連施設を無事に破壊できたとしても、その元凶であるフォーデルを殺すことはできない。
天使は、自殺以外の要因で死ぬことは無いから。
ディナリウス卿の言葉が真実ではない──《浮遊島》の首謀者はフォーデルではない──可能性も、あるにはある。だが、今、わたしたちの目の前には《浮遊島》が存在していて、それが王都アントバードを空爆しているという現実がある。
《浮遊島》を動かしているのが誰であれ、それがフォーデルではなかったとしても、《目の前の事態》は解決しなければならない。
「うん。だから、シェル君とあたしは、由美ちゃんに最後の望みを託すことにしたんだよ。イアス・ラクアと同格の別の管理者を滅ぼした由美ちゃんなら、天使を殺すこともできるんじゃないかな、って」
フォスティアはそう言ったし、わたしも最初から殺す気でいたが、フォーデルが抽出魔法を、というか、大陸制覇を諦めてくれれば、殺す必要は無い。しかし、ここまでの行動に出ておいて、今更諦めてくれるとも思えない。
だから、フォーデルを止めるには殺すしかない……のだが。
わたしがピュリフィアを滅ぼせたのは、おそらく、あいつがまだ世界の構築に不慣れで、バグを残してしまっていたから。だから、世界の内側から管理者領域への直接攻撃ができた訳で……待てよ、もしかして。
1つ、試してみたいことを思いついた。だが、その前に確認すべきことがある。
「分かったわ、フォスティア。なんとかやってみる」
「……! ありがとう、由美ちゃん!」
不安げだった顔から一転、弾むような声を出すフォスティア。そんな彼女に、わたしは続けて聞いてみた。
「それで、なんだけどさ。フォーデルって、灰の者じゃないわよね?」
「んー……ごめん、それはあたしにも分かんないよ。でも、あたしが知る限りじゃ、自力で世界を行き来できるのは由美ちゃんが初めてだよ?」
フォスティアはそこでシェルキスに目を向けたが、
「俺も前例は知らん」
彼の答えも同様だった。
もし、フォーデルが灰の者だったら、わたしが思いついた方法の成功率はかなり下がる、いや、ほぼゼロになると言ってもいい。……そうならないことを祈ろう。
「……分かった。それじゃあ2人とも、わたしが成功するように祈ってて」
それだけを言い残し、わたしは、そろそろ黒龍たちが集まり始めた《浮遊島》を目標に転移した。
1アルケトル=0.8キロメートル




